ちよこれいと大作戦 Ⅲ
当該ブースは、まあまあの混みようであった。
シルヴィ曰く、最近界隈で話題の店らしく、「わたしが運営なら、もっといい場所を用意するわ」とのことらしい。
四、五組ほどの列の先では、ひとりの小柄な女性がせっせと接客していた。
そばかすまじりの頬と三つ編みにしたツインテールが、彼女のあどけない印象を強めていた。
「彼女が店長よ」と、並びながら小声でシルヴィ。「たしか、もとはお菓子工場で働いていて、何店ものレストランで修業を積んでから自分でも開業したみたい」
このひとの記憶容量はどれだけ多いんだよ、とテオリは思った。
「ふほー! どれもおいしそーでありますよー!」
ショーケースを眺めなて、ライラがきゃーきゃーと騒いだ。
「おまえはまだ食えるのかよ……。さっき試食をあれだけ荒らしていたくせに」
「今は腹0.1分目といったところであります!」
「化け物が……!」
「『ノクターン』は、どうやら生鮮スイーツを多く持ってきているようね。たしかにどれも美しい成型、盛り付けだけれど……」
ふむ、と探偵のように顎に触れるシルヴィ。なんだか疑惑の目つきで、ケーキの一覧を眺めていた。
「お待たせいたしましたー! どちらにいたしますか?」
自分たちの番が来た。
ショーケースの上にあるアクリル板には、新作と銘打ったチョコレート菓子が三種類載っていた。
財布を開いて、シルヴィが答える。
「こちらの新作のショコラクチュールを、すべていただけますか」
小柄な店長は、その素顔に少しばかりの動揺の色を浮かべた。周囲をほんの一瞬だけ気にしてから、小声で聞いてくる。
「あの、おたずねしますが、レイチェルさんのクイズで来られたのでしょうか」
「ええ、そうです」とシルヴィも小声で返す。「もっとも、もとからチェックしていたお店なので、おみやげを買っていくつもりではありましたが」
「あ、ありがとうございます! レイチェルさんからは、新作をすべて試していったお客さんの答えを聞いて、それが合っていたら、こちらの紙を渡すように言われているんです」
なるほど、とテオリは合点がいった。ここからどうクイズを展開していくかと思ったら、お店のひとを協力者としていたようだ。
「ちなみに、俺らで何組目かって教えてもらえたりします?」
「ええと、三組目です!」
テオリとシルヴィは、横目でコンタクトした。
やはり同様にライバルがいて、しかも自分たちよりもはやく動けているようだ。
もっとも、ここのクイズに正解していったのかはわからないが……。
「こちら、『冬を彩るためのザ・ショコラクチュール』三種でございます! その、ご、ご健闘ください……?」
店長が、三つの紙皿、三つの紅茶が載った盆を渡してくれた。
支払いを済ませて脇によると、シルヴィは新作スイーツに、注意深く目線を落とした。添えられた紙に、それぞれの特徴が記されている。
ふたつは、いわゆるチョコレートサンドであるようだ。ひとつめは、色合いが少々ばかり変わっている。ヘーゼルナッツクリームとストロベリーをあわせた二種類の味のアソートで、クッキー生地にはわずかにスパイスを混ぜてあるらしい。
ふたつめは、ラズベリーソースをミルクチョコレートでコーティングしたもの。こちらはピスタチオのクッキーを使用しており、全体に緑がかっていた。
最後のみっつめは――見た目には、あまり特徴がなかった。ただのチョコレートケーキであるように、テオリには見える。説明にも、いちじくを練りこんだオリジナルのショコラケーキであるとしか書かれていなかった。
「このなかで、もっとも特徴があってうまいものを当てろ、か……」
あらためてどんな問題だよ、とテオリは思った。
「シルヴィ先輩! 自分、席をとってくるでありますよ!」
ライラが手を挙げて言った。この会場は、イートインのスペースを取れる店はほとんどないため、中央にある飲食スペースで食事を取るようになっていた。
が、シルヴィは首を振った。
「だいじょうぶよ。ひとくちサイズだし、このまま店先で試食というかたちにしましょう。時間も、どれだけ猶予があるのかわからないもの」
「そうでありますか? ではさっそく食べるでありますー!」
ライラは自分のぶんを取ると、まずひとつめを口に放りこみ、飲みこんで、次を食べて、飲みこんで、最後にケーキをさっくりと食べた。
およそ五秒ほどのできごとであった。
「んー、どれもおいしーであります!!」
「おまえ、問題文のことを忘れたかよ? んなバクバク食いやがって、そんなんで違いがわかるわけねぇだろ」
「違い? 違いは……うー、むずかしいでありますね」
「勘でいいわよ。とくに理由がなくても」
シルヴィの問いに、ライラは腕を組んで考えた。
「んー。それなら、なんとなく、みっつめが答えな気がするであります!」
「わかんねえけど、そりゃないんじゃねぇの。問いは、『特徴を感じてうまいものを答えろ』だろ? このケーキ、ドシンプルもいいところじゃねぇか」
「むむ! 自分は、あくまで正直に答えただけでありますよ!」
「まあべつにいいけどよ。俺も、これにかんしちゃ自信ねえし……」
「ひとに文句言ってないで、テオも食べて考えるでありますよ!」
それはそのとおりだ。
テオリは、三種類をそれぞれ慎重に食べてみた。
「んー……」
「どうでありますか?」
「んー………」
なにもわからない。
まあ……うまくはある。この手の菓子にしては、自分でも食えるほうだ。
とはいえ、甘さを控えた漉し餡の和菓子と緑茶のほうが、自分には数段うまく感じる。手の込んだ高級菓子だっていうのは、なんとなく伝わってくるけども……。
それ以上の感想は、とくになかった。
「んー…………」
「先輩、テオは役立たずであります。なんかうまいこと言おうと思ってなにも言えないときのやつになっているであります!」
うるせえと怒鳴りたいところだったが、図星なので黙るほかなかった。
結局、頼りの綱はシルヴィだけだ。
「では、わたしも失礼して」
レースの手袋をはずすと、シルヴィは小ぶりな菓子を口に運んだ。顔の下半分を手で隠しながら、目をつむって静かに咀嚼する。
口直しに紅茶をひとくち。
ふたつめも同様に食す。
ふたたび、紅茶をひとくち。
最後――プラスチックのフォークを使い、ショコラケーキを切り分けると、全体をよく眺めてから、ようやく実食に至った。
最後に、細い喉が嚥下で膨らむところまで観察してしまっていたテオリに向けて、
「——べつにいいけれど、食べているところをそこまでじっとみられていると、ちょっと居心地が悪いわね」
「サ、サーセン!」
テオリは平謝りをした。気まずくなり、急いで話を振る。
「そ、それよりどうでした? 先輩。この問題、俺はけっこう気に食わないっすけど」
「あら、そうなの」
「だって、ものがうまいかどうかなんて、結局主観じゃないっすか。ドクターがどういうふうに感じたのか当てなきゃいけないってのが、どうもひっかかるっつーか」
「それはきっと、間違った感想ではないわね。たしかに、味のこのみは千差万別。おおよその傾向はあるけれど、絶対値は測れないものだわ。だからこそ、ドクターのように自分の味覚に絶対の自信がある人間は、自分に近い感性を持った人間にこそ、自分のお菓子を食べてほしいと思っているのだと思うわ」
それともうひとつ、とシルヴィが言う。
「この問題が『特徴』を問いかけているのは、ある種の救済措置といえるかもしれないわね。ここに着目して客観的に問題を解こうとするなら、正答できるようになっているはず」
テオリは、今いちど問題文に目を落とした。
「なるほど。今の先輩の説明を踏まえるなら、ひとつめかふたつめってことになるんでしょうけど……」
「鞍馬くんはそう思う?」
「ええ、まあ。だって、なんかこっちのほうが、色味とかも凝っているし。味もなんつーか、複雑だったし……」
「それなら、鞍馬くんがもっともおいしいと感じたのは?」
テオリは動揺した。自分にはそこまで特別においしいとは感じなかったから、消極的な選び方になってしまう。
「でもそれ、俺のこのみの話になるっすよ……」
「いいのよ、それで。答えてみて」
「はい! 自分は、このケーキでありました!」
関係ないところで、ライラが元気よく答えた。
同じ答えなのは癪だったが、テオリもそれには同意する。
「お、俺もっす……」
「そう。ならいいわ、この件はわたしに預けてもらえる?」
もちろん、ふたりに異論はなかった。
くいっと紅茶を飲み干すと、シルヴィは盆を持って『ノクターン』のブースへと戻っていった。
「こちら、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
「は、はい! ありがとうございます!」
ちょうど手があいていたらしい店長が応対してくれる。
「ついでに、ドクター・レイチェルのクイズの回答もよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「わたしの答えは、こちらのいちじくのコンフィを使ったショコラケーキです――いかがですか?」
シルヴィの自信満々の横顔は、彼女が取調室で罪状グレーの犯罪者を問い詰めるときの表情と似ていた。
そのせいか、どことなく委縮した雰囲気の店長。
——ほんとうに、答えはあのケーキなのか……?
手に汗を握って顛末を待つテオリは、べつにそんなにシリアスになる必要がない場面だということに気づいていなかった。
ライラはというと、またべつのサンプルを配っている場所を発見して、そちらに向かっていた。
果たして、その答えは。
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