ちよこれいと大作戦 Ⅱ


 ——すっげぇ広い。


 会場を一望して、テオリは若干だけ引いた。

 思い出したのは、地元にある大型バザール、世界商店の年始のセールだった。

 ただし、あれは様々なものが入用となる時期の特別な商機。

 まさかチョコレート関連のものしか販売していないイベント会場が、あれに迫るだけの人混みになろうとは、さしものテオリも予想していないことだった。


「すんごい人だかりであります! すんごい甘いにおいであります!」

「ライラさん、あまりひとりで遠くに行って迷わないようにね」


 同行するのは、この前のボーナスで買ったというもこもこのコートを着るライラと、ホワイトカラーのチェスターコートがばっちり決まったシルヴィである。

 チョコレートフェス当日。

 三人揃って有給を申告し、上官のめがねをずらしにずらして得た、たまの休みの日である。


 場所は二番街。

 都市第一公園を挟み、偉大都市会館と正反対の位置にある、連盟企業御用達のイベントホールが会場となっていた。


 入り口で来場客を出迎えているのは、バフォメ社のマスコットキャラクターたちだった。いつも思うが、このペンギンのぬいぐるみのほうはいいとして、そのとなりで手を振っている、おせじにもかわいいとは言えない岩石モチーフの着ぐるみが、テオリにはどうしてもふしぎだった

 広大なホールを満たしているのは、ずらずらと無数に並ぶブースの川。

 ちいさなところはたんにディスプレイが置かれるのみだが、もうひと回り大きなところになると、簡易的な調理台があり、その場でなにかを――十中八九チョコレートを――作っていた。

 中央のステージでは、なにかのデモンストレーションをおこなっている。こどものころから嫌というほどみてきたバフォメ社のロゴで、どうやら新商品のプロモーションをしているようだった。

 鼻の利くライラでなくとも、この会場を包み込んでいる甘ったるいにおいからは逃れられないだろう。


「はー。なんつーか、まだまだ知らない世界ってあるんすね……」


 正直、テオリからすると、奇怪な祭りにしかみえなかった。


「テオ、偉大都市育ちなのに知らなかったのでありますか? 遅れているでありますか~?」

「はん。遊郭にはこんなけったいな風習はねえんだよ」

「まあ、鞍馬くんの場合はとくに目に入りづらいのかもね。でも、規模感はやっぱり成長しているわ。今年の合計出典店舗数は102店で、バフォメ社の運営している製菓調理専門学校の生徒たちが出しているブースが95個。人気投票のコンテストまでやっているみたいだから、開催期間ちゅうにすべてを食べるのは不可能と言っていいくらいね」


 いったい何基の排塵機が稼働しているのか、屋内はマスクの取り外しが可能で、なんだか目をぎらつかせた女性客たちが、走らないまでも最適解といえる動作で、おのおのの目的地へと向かっていた。

 すでに大量の紙袋を両手に提げているひとも多い。

 観察していると、テオリはやけに自分が視線を集めていることに気がついた。


「……ひょっとしなくても俺、場違いっすかね」

「そうとは言わないけれど、ちょっとめずらしいというのは否定できないかもしれないわね。ほら、鞍馬くん、ただでさえ目立つから」


 テオリは、いそいそとマスクを装着し直した。

 先輩、俺帰りたいっす。

 そのひとことを言わずに飲みこんだのは、日ごろの恩を返そうという殊勝な心持によるものだった。


「で、肝心なのはこれっすね」


 テオリは、折り畳んで持っていた紙を開いた。

 さきほど、入場料を支払う際に係員にもらった一枚の紙。

『第8回チョコレートフェス特別企画 ドクターを探せ――!』

 そう題字が書かれた紙には、先日シルヴィから聞いた説明が、より手短に書いてあった。要約するとこうだ。

 会場に隠れているドクターを探すと、限定商品が手に入る。会場内を回りながらピースを集めて、ぜひ以下の暗号を解きましょう!


 TAKE TWO WORDS

   (2語を取れ)


     ①

 ―――――――———

  N C D O E

 ―――――――———


     ②


   ?????


     ③


   ?????


問い1.この俺様が今もっとも注目しているあの新星の店の新作で、いちばん特徴があってうめぇチョコレートはどれだ!!

問い2.本物のチョコレートをそのまま食ったら、うまいか!うまくないか!どっちか、バフォメ社のブースで答えろ!


―この時点で、おまえらはヒントをすべて持っていることになる!―


問い3.ビフィーチョコレートは、偉いか!偉くないか!どっちか、俺様に答えろ!




「……んんんん」

「(ムシャムシャッ!)な、なんのことだかさっぱりでありますよぉ~!(モグモグモグモグッ!!!!)」

「想像よりもきっちりとクイズ形式できたわね。ドクター、こういうのが好きなのかしら」


 それぞれ紙面に目線を落として、おのおのの反応であった。

 ——思ったよりも難解だ。

 さっさと解くつもりでいたテオリは、出鼻をくじかれるかたちとなっていた。


「むむぅ、このNCDOEとはいったいなんのことでありますかね……。ムシャムシャ、ごくん」

「てめぇはさっきからなにを食ってんだ……?」

「テオ、ここすごいでありますよ! 買わずともチョコレートの試供品をたくさん配っているのであります! 考えるには甘いものがいちばん、もっかいもらってくるであります!」


 ライラが風のように消えていった。

 いくら糖分を採っても頭がよくなるわけではないとテオリは思ったが、うるさいのが消えるのはアドのため、別段止めなかった。

 ちいさな顎先を指でつまみ、紙面をみつめているシルヴィに話しかける。


「先輩。この、上のアルファベットの文字列は、これだけで考えても現状意味がなさそうっすよね。そもそも、こいつは①って振られていて、②と③については隠されているわけだし」

「そうね。意味がわかるところから着手するべきだわ」

「となると……」


 まずは、下の問題文からか。


「『この俺様が今もっとも注目しているあの新星の店の新作で、いちばん特徴があってうめぇチョコレートはどれだ!!』……か。言っている意味はわかるっすけど、これ困りますよね。ドクター・レイチェルがいちばん注目している店って言われても、んなこと……」

「『ノクターン』ね。去年オープンした、七番街のスイーツ専門店の」

「って、先輩わかるんすか!?」

「ええ。先月の雑誌のインタビューで答えていたわ。もっとも、あれはグルメ雑誌ではなくファッション誌で、ドクター・レイチェルにモデルを頼んだついでの記事だったけれど。けっこうコアに彼女を追っていないとわからないことかもしれないわね」


 テオリは閉口した。さすがに詳しい。


「もちろん、このフェスにも出店しているわ。とにかく向かってみましょう」


 会場マップを開くと、シルヴィは先導していった。道中で、チョコレートを配っているキャンペーンガールたちに囲まれているライラを拾い(食べ方がかわいいとやらで、なにやら餌付けされていた)、『ノクターン』のブースへと向かった。


 限定チョコレート確保のための作戦の開始だった。

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