45話 憧れのなつめさんと……

(こはく、いったいどこなの?)


 途中でこはくを見失ってしまったアキナは、焦っていた。

 自分のお守りを首から下げているので、モンスターに襲われる心配はない。

 だが、2階層には湿地帯特有の危険な地形が多数ある。

 気づかずにそんなものにはまってしまったら命が危ない。


(なんであの時、転移魔法を使わなかったのかしら)


 こはくがオフ会会場から走っていく時に空間転移魔法を使っていれば間違いなく追いついて止めることはできたはずだ。

 だが、我が子である、こはくの思わぬ行動に気が動転してしまい、その選択が完全に頭から抜けていた。


(まだ、間に合うわよね)


 必死に気を落ち着かせながら、探知魔法を使う。だが、ダンジョンでの探索、戦闘をやった事のない、一般人である、こはくの魔力は非常に微弱で分かりづらい。


(焦っちゃダメ。ちゃんと人の反応を探るの)


 自分に強く言い聞かせながら、アキナは全神経を集中させた。



「はあ、はあ……」


 あの場にいる事が耐えられなくなり逃げてきたが、ここはどこだろうか?

今いるのは危険なダンジョン。自分はたった一人、身を守るための力も知識もない。


「はあ、はあ……」


 走り疲れたこはくは強い恐怖と不安に駆られながら、あてもなく歩いた。


「え?」


一歩踏み出した瞬間、足が柔らかく、粘性のあるものに取り囲まれる感触に驚いた。

足元を見る。どうやら底なし沼にはまってしまったようだ。

即座に足を引き上げようとしたが、それが難しくなるほど沼は足を吸い込んでいく。


「ああ……」


足首、ひざ、そして太ももと、こはくはどんどんと沼に取り込まれていく。足を引き抜こうと必死に足を動かしても、沼はさらに彼女を中へと引き込むかのように動いていた。


「た、助けて……!」


必死に周囲の地面を求めたが、手の届く範囲には頼りになるものは何もなかった。底なし沼は腰まできた。泥と水が衣服に染み込み、重さを増していった。


「誰か……お願い、助けて……」


目には涙があふれ、恐怖の中で声を絞り出した。

もうダメなのかと思い激しい絶望と恐怖にかられる中、突如目の前に沢山の光の粒が表れ人の形になり始めた。


「捕まって!」


 人の形をした光は、こはくに手を差し伸べてきた。

 こはくは、慌てて手を掴む。


「あの、その、ありがとうございます」


 この宙に浮いた人の形をした光に警戒心と恐怖を頂きながらも、助けてくれたお礼をつぶやいた。


「え!?」


 光は徐々に薄れてきて、人の姿が見えてきた。


「な、なつめさん!? ……え? え? その? え?」


 憧れの人に命を助けられ、触れていることが信じられず、こはくは混乱した。



「はい、飲んで落ち着いて」


 こはくを助け出したアキナは、清流の川岸に行き近くにあった木から大きな葉をちぎり、水をくんだ。

 それを渡すと、こはくはゴクゴクと水を飲みほし始めた。


「急にオフ会を抜けて、走り出したから、どうしちゃったのかなって思って」

「あの……私を見てたんですか?」

「ええ。皆が楽しんでる時にお嬢ちゃん1人だけ離れたところにいたじゃない。だから気になってたの」


 なつめさん=母親、という事を気づかれない様に、平静を装いながら言葉を返す。


(これ心臓に悪いわ)


 内心はビクビクして気が気でない。


「いったいなにがあったの?」


 アキナの問いに、こはくは重そうに口を開いた。


「……オフ会に参加してる、他の子達はその……皆垢ぬけてて……お金持ちそうで……でも、ウチは母子家庭でおカネが無いから、私が、ここにいるのが違うような気がして」


 こはくの声は震えていた。

 変な劣等感を、自分が不甲斐ないばかり抱かせてしまっていたようだ。口座のおカネを勝手におろしたり、クレジットカードを勝手に使った事もそこから来ていたのだろうか?


「いる理由なんて私のファンだって言うだけで十分よ」

「え? でも?」

「私のファンには、色々な人がいるから。むしろ私は、こはくちゃんみたいなファンの子と近くで交流したかったな」


 アキナは笑顔を精一杯つくってこはくに向けた。


「ありがとうございます……なつめさん、あかしろ魔法少女ってハンドルネーム覚えてくれてますよね?」

「ええ、大変熱心なファンの子よね。こはくちゃんも何回か私の配信を見てくれたから気づいて……」

「あれ私なんです」

「え?」

「私が、あかしろ魔法少女なんです」


(ええーー!)


 熱心なファンが自分の娘。とんでもないカミングアウトを受けたアキナは、激しく混乱した。


(ダ、ダメ……落ち着くのよ、アキ)


 動揺している事がバレれば自分が母親だと気づいてしまうかも知れない。引き続き平静を必死に装いながら微笑みかけた。


「そう。いつも応援アリガト」


 アキナの笑顔をチラリと見て、こはくは再び話し始めた。


「私、不登校の引きこもりなんです。でも、なつめさんの動画を見てるとなんだか勇気が湧いてきて、それで最近は少しづつだけど外に出れる様になってきて……」

(え、えええええ!)


 急場のお金稼ぎで始めた事が、娘にそんな影響を与えていた事に、アキナは大きく驚いた。


「そ、それは嬉しいことを聞いたわ」

「それで、もっと元気を貰いたくて、なつめさんへのスパチャやグッズを買いたくなって、でも私そんなおカネ持ってないから、お母さんの銀行通帳やクレジットカードを……」

「勝手に使っちゃったのね」


 おカネを使い込んでいる原因は分かった。だが、なつめさんである今の自分は、いや変装をといた母としての自分もどんな風に、こはくと接するべきなのだろうか。

アキナが悩む中、こはくは更に話をつづける。


「元々、不登校の引きこもりで、迷惑をかけているのに、それ以上のことをしてしまって……。でも、止められなくて、どうしようもなくて。私が弱いから、なつめさんみたいに魔法が使えれば」

「もしかして魔法が使えれば、自分は強くなれると思ってるの? ……私みたいに」

「なつめさん! 私に魔法を教えてください!」


 こはくは、泣きながら訴えてきた。外に出る元気が出たのは良いことだが、甘ったれた事を言い過ぎである。

 親として説教をしたくなった。

 だが、今の自分は、こはくの母のアキナではなく、憧れの配信者のなつめさんである。それに相応しい言葉を選びながら慎重に返す。


「そんな便利な魔法は使えないわ。私が使えるのは治癒、補助、結界の魔法だけ」

「でもなにか魔法が使えるようになれば、きっと私も……」

「それだけじゃ強くなんて慣れないわ」

「で、でも……」

「どうして私は、魔法が使えると思う?」

「わ、分からないです」

「こはくちゃん位の時かな。私は聖女として異世界に転移したことがあるの。少しだけ練習したら、すぐ色んな魔法が使えるようになったけど、怖くて仕方なかったわ」

「異世界に、転移?」

 こはくの目が驚きで広がった。

 この事は死ぬまで、こはくには言わないつもりだった。

 だが、今の自分はなつめさんである。

 そう思えば話す事も苦に感じなかった。


「それでも、なつめさんは異世界で生き抜けたんですよね?」

「ええ。良い仲間に恵まれて、そこから自分を信じる事ができて、私はやっと少しだけ強くなれたの。魔法が使えるだけじゃ強くなんてなれない。それに、こはくちゃんが欲しい強さに、魔法は関係ないんじゃないかな」


(ああ、私なに言ってんのかしら……)


 くさい事を偉そうに言ってる事に、恥ずかしさと自己嫌悪を覚えながら、こはくを見る。

 こはくの瞳は潤み、涙が滴り落ちている。

 なんとか、気持ちが伝わったようだ。


「あの、本当に強くなるためにはどうすればいいんですか?」

「そうね。先ずはお母さんに謝る事から始めましょ」


 この言葉を聞き、こはくは委縮した。


「怖い?」


 こはくが恐る恐る首を縦に振る。


「大丈夫。すごく怒られるかも知れないけど、死ぬことなんて絶対ないだろうし。それに強さって、そういうことを乗り越える勇気から生まれるものよ」


 何かを決断したような表情になったこはくにアキナは笑みを浮かべる。

 ここで、こはくは何かをふと思い出したような表情になった。


「ところで、なつめさんは、どうして私の名前を知ってたんですか?」

「そ、そ、それは……もう、こはくちゃんが自分から私に名前を教えてくれたんじゃない」

「そうなんですね! 全然記憶になんですけど、なつめさんがそう言ってるなら、私が知らないうちに名前を言ってたんだと思います!」


(ほ、ホントに大丈夫なのかしら……)


 天然な反応に、アキナは娘の将来が心配でならなかった。



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