第10話 再戦
「きゃああああ!!」
「うわああああ!!」
「!?」
激しい地割れと人々の悲鳴に千花はようやく我に返る。
急いで後ろを振り返るが、春子と雪奈は崖の向こうで今にも落ちそうになっている。
「何これ。雪奈! 春子!」
千花が声を張り上げるが、逃げ惑う人や悲鳴で掻き消される。
「うわっ!」
千花のすぐ近くでスーツを着た男性が足を引っかけ倒れる。
千花がそちらに目を向けた瞬間、その男性の体がみるみるうちに異形の姿に変わっていった。
「──っ!」
「いやああああ!!」
「化け物だ!!」
異形の生物を目の当たりにした民衆はとにかく四方八方に逃げ惑う。
しかし異形の生物は人間が考えられないスピードで飛びつき、人間を同じ姿に変えていく。
その光景を呆然と眺める千花は小さく声を出す。
「あれ、あの時と同じ……」
ガーゴイルのような見た目をした、額に赤い石を埋め込んだ悪魔。
あの日、体育館で千花達を襲ってきた悪魔と同じだ。
(ということは、このままだとここにいる人達皆悪魔に)
最悪の未来を想像し、千花は血の気を引かせる。
ここ一帯にいる人間だけでも千花達の高校の倍はいる。
これが東京全体に拡がれば崩壊は免れない。
「絶対そんなことさせない!」
千花は筆箱の中からカッターを取り出すと悪魔に向かって突進する。
確かあの赤い石を砕くと倒せるのだと教わった。
千花は恐怖を堪え、悪魔の中へ入っていく。
「うりゃあああ!!」
千花は叫びながらカッターを振り回していく。
そんな千花を瞬時に敵とみなし、悪魔は千花を取り囲む。
その数は優に百を超えている。
(ど、どうしよう。このままじゃ先に私が殺される……あっ)
千花は以前自分が使った力を思い出す。
確かあれで悪魔を一掃したことがあった。
確か唱えた呪文は。
「イミルエルド!」
千花が叫びながら両手を勢いよく前へ出すと、そこを中心に光が広がっていく。
悪魔は光に包まれ、浄化されていく。
「や、やった! 上手くいった」
こういう時は大体失敗することが多いが、千花の力はそのまま使用可能だった。
千花は安心して顔を上げる。
しかしそこに待っていたのは絶望だった。
「あれ? 悪魔が、減ってない」
目の前の悪魔は一向に減少していない。それどころか、数がどんどん増している。
「だって私、力を使って」
正確に使えたはずの悪魔を倒す力は目の前で発動したはずだ。
なぜそれが無効になっているのか。
「ヴヴヴ……」
「もう1回! イミルエルド!」
千花が言葉を唱えると、やはり光は悪魔に向かって放たれる。
そして悪魔も目の前で浄化されている。
「もう1回! もう1回! もう、いっかい……」
何度も呪文を唱えているうちに千花は目眩を覚える。
足が段々覚束なくなり、立つこともままならない状態だ。
「どうして。私、力を使えたはず」
体力が取り柄だったはずの千花は既に立つこともできなくなり、悪魔に囲まれながらその場に座り込んでしまう。
「ヴヴヴ……」
「あっ!」
逃げ道を探そうにも千花の足は鉛のように動かない。
その間にも悪魔はじりじりと千花に近づいていく。
(このままだとまた悪魔が増えて……私も殺される)
千花の頭に最悪の未来が過ぎった瞬間、悪魔がその鋭く大きな鈎爪を千花に向かって振り上げる。
「ひっ!」
千花は何の抵抗もできずに腕で自分を庇おうとする。
悪魔が躊躇なく千花の腕を切り裂こうとしたその寸前。
「頭を下げなさい!」
どこかから誰かが声を張り上げているのが聞こえた。
千花はその言葉通りに反射的に頭を地面まで下げる。
直後、千花の頭上を銃弾が通り過ぎ、悪魔の額を直撃した。
「え?」
「お怪我はありませんか」
「は、はい。安城先生」
千花を庇いながら悪魔に銃口を向けているのは千花の探していた邦彦そのものだった。
邦彦は千花に怪我がないことがわかると、彼女の手を引っ張って立たせる。
「ここは危険です。早く逃げなさい」
「でもこのままじゃ悪魔が増え続けて。それにあの悪魔を倒す力を使ってもこの有様だし。何回も使ったら動けなくなって」
千花の言葉に邦彦は心底驚いたとでも言うように目を丸くしながら硬直する。
「使ったんですか。巫女の力を」
「はい。先週できたので今日もできるかと。でもこんなことになりましたけど」
千花の状況が理解できていない呑気な言葉に邦彦は信じられないというような表情から段々焦りと怒りを含んだ表情に変わっていく。
「何を馬鹿なことをしているんですか! あなた、自分が何をしたかわかっているのですか!?」
邦彦が初めて耳元で怒鳴るため、千花は体を大きく震わせ、縮こまるように強張らせる。
「だ、だって早く悪魔を倒さないと皆が」
「そういうことでは……いえ、今はどうしようもありません。歩けないのですね。すぐそこに車があるので向かいましょう」
「でもここは」
「それよりこちらが優先です」
千花が引き留めようとするのを無理矢理引っ張り、邦彦は道路に無造作に停めていた車に乗り込む。
千花は助手席に乗せられる。
邦彦の車に乗るのはこれで2回目だが、今回ばかりは何故乗せられているのか、どこに向かうのかわからないまままるで誘拐された子どもの気持ちと同じ感情を抱く。
「安城先生! 春子達がまだあっちに取り残されてるんです!」
「わかってます。だからこれから大元を叩きに行くんです」
「大元?」
千花が反芻して聞き返すが、邦彦は未だ逃げ続ける民衆を避けて運転しているため、あまり言葉を返す暇はない。
その中でも千花の意図を汲み取ったのか邦彦は前を見ながら話す。
「わかりやすく言うと親分です。体育館にもあったでしょう。一際黒い塊が。あれから派生して悪魔は無限に増殖し続けます」
千花は悪魔と初めて対峙した時を思い出す。
あの時は目の前の悪魔に夢中で全体を見ることは難しかったが、よく思い出せばステージの方にブラックホールのような、蠢いている黒い何かがあった気がする。
「じゃあそれを倒さないと悪魔は消えないんですか!?」
「そうです。あなたが何度力を使っても悪魔が消えなかったのはそのせいです」
やはり自分は力を使えていたと安堵した一方で、千花は更に希望を見出す。
「ということは私がまたその塊に力をぶつければ皆戻りますよね。だから今こうして車に乗ってるんですか?」
千花がまるで新発見をしたとでも言うように嬉々として邦彦に問う。
その質問に邦彦は完全に肯定できないとでも言いたげな表情でゆっくり頷く。
「そう上手くいけばいいですが。田上さん、あなた巫女の力を何度使いました?」
「えっと、4回?」
「次で5回目。これは、一刻の猶予も残せませんか」
「何か問題が?」
「大ありです。あなた、巫女の力を使ってからまともに体も動かないでしょう。以前お話しましたが光の巫女は我々の国では神と崇められる存在です。それを何も知らない依代の娘が使いたいだけ発動していればその分体への負担も大きくなります。本当は週に1回使うだけでも倒れるというのに、あなたは短時間で4回使ってもまだ話せるなんて、どんな体力ですか」
「だって、教わらなかったから」
「僕は言ったはずです。僕が話したことも悪魔のことも全て忘れろと」
「はいそうですかって納得できるほど馬鹿じゃありません」
「いいえ愚かです。僕は謝罪もし、もう関わらないようにと念を押しました。まあいいかと諦めればあなたはわざわざ死ぬ心配もせず、友達や家族と平穏に暮らせていたんですよ」
邦彦が怒りというよりも子どもの戯言を咎めるように低く静かに千花へ告げる。
「とは言え気になるのも仕方ありません。悪魔を倒しきった後、しっかりと光の巫女や僕達の世界について説明しましょう。それから戻るといい」
「……」
邦彦の言葉に千花ははいともいいえとも答えることはできず、悲鳴が轟く街中を進んでいった。
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