光の巫女
雪桃
第1章 出会い
第1話 空腹の少女
果てしない草原。
私はここであなたと出会った。
あなたは私に緑色に光る石をくれた。
あなたは私に微笑んでどこかへ消えていった。
私の10歳の誕生日。
夢でもらったあの石は、私の手の中に残っていた。
千花の手には別々のパンが握られている。商品名の欄には『チョコデニッシュ』と『焼きそばパン』と記載されている。
千花の様子を見て、購買部の店員が溜息を吐く。
「そんなに悩むくらいなら両方買いなさい」
「そんなことしたらお小遣いが100円減るんだよおばちゃん。他にも欲しいものがあるんだから」
こう言って30分はここに滞在している。いい加減教室に帰ってほしいと思う店員がそこにいた。
そんな時間にも終止符が打たれる。
「決めた! カツサンドにしよっ」
2択に入っていないものが選ばれたが、店員はそれで満足した。
千花の気が変わらないうちに素早くレジに通す。
買われた商品を千花に渡したと同時に予鈴が鳴った。
「え!? 早くない!?」
(30分も悩んでたから当たり前じゃない)
焦る千花はカツサンドを大事に抱えながら自分の教室に戻っていった。
その慌てぶりに苦笑しながら店員は後ろ姿を見送る。
千花が教室に戻ってきたのは授業が始まる1分前だった。
「おかえり千花。ギリギリ間に合ったじゃん」
「でもご飯は食べられないね」
「いや、食べる」
友人2人と会話をしながら千花は封を切ってカツサンドに齧りついていく。
「え、もうすぐ先生来るよ。怒られるよ」
友人に諭されても千花の食欲は止まらない。ノートを立てて前から自分の姿が見えないようにしながら食べていく。
友人はその姿に呆れながらも前でカモフラージュになってくれている。
そうこうしているうちに授業のチャイムが鳴った。
「お前ら静かにしろ。今日は東京から臨時で講師に来てもらってるからな」
千花は長野出身だ。
東京には中学入学後すぐの遠足くらいでしか行ったことがない。
千花が隠れて食べることに夢中になっていると臨時講師が入ってきたらしい。
途端に女子生徒がざわつき始める。
「ち、ちょっとやばいよ千花。超イケメンだよ」
「ん? いへめん?」
カツサンドを口にしながら千花は目線を上げる。
入ってきた講師は栗色の髪と優しそうな目を持つ若そうな男だ。
確かに美男だが、今の千花には食べることの方が重要らしい。
「はじめまして皆さん。東京の墨丘すみおか高校から来ました。
邦彦は計30人の生徒を順番に見ながら話を続けていく。
「中学までは義務教育として皆さんは決められた学校、科目を受けてきました。しかし高校からは全てが自分の身に委ねられる。簡単なところで言えば文系理系のようなものですね」
イケメンの講師が来たことで色めきたつ女子や、それを面白くないように見る男子の中で邦彦はわかりやすく一つ一つ区切って説明する。
そんな中、最後のカツサンドを口に頬張る千花が顔を上げたところで偶然邦彦と目が合った。
邦彦は千花に優しく微笑む。
「そこで重要になってくるのが自分の学力を見直すことです。簡単すぎれば向上心を持つことはできませんが、分不相応な所へ行けばついていけずに落ちる。まあどれだけ頭が良くても授業中に食事はどこでも禁止ですが」
「んぐっ!?」
千花はまだ口に含んでいたカツサンドを喉に詰まらせて噎せる。
クラスメイトの視線が一気に千花に向く。
「窒息は危険です。どうぞ水を飲んでください」
邦彦に促されて千花は急いで水筒の中にあるお茶を飲む。
そのまま息を整え、落ち着くと邦彦の方に顔を向ける。
「大丈夫です! もう終わりましたから!」
邦彦は必死に弁解する千花に無言で笑う。
前に座っている友人が「千花……」と呆れたような声を出す。
「田上。後で職員室に来い」
「は、はい……」
お怒りの担任を前に千花は気弱な返事しかできなかった。
邦彦の特別講義が終わり、その後終礼を行った。
後は帰宅すればいいが。
「春子、雪奈、ごめん。先に帰ってて」
千花は目の前に立っているクラスメイトに両手を合わせて謝る。
春子と呼ばれた髪の短いボーイッシュな少女は溜息を吐く。
「だからやめた方がいいって言ったのに」
「特別講義じゃなかったら」
「そういう問題じゃない」
千花と春子の会話に雪奈と呼ばれた髪の長いおしとやかな少女は時計を見ながら間に入ってきた。
「春子ちゃん、早く帰らないとドラマの再放送が始まるよ」
「嘘!? じゃあね千花。ドラマは録画しとくから」
「友達よりドラマか!」
無情にも帰宅してしまった友人とは別方向に千花は歩く。行き先は勿論職員室だ。
「たーがーみー? お前これで何回目だぁ?」
入室するや否や千花に降りかかったのは担任の目だけ笑っていない笑顔と冗談のこもっていない言葉だった。
「お、遅弁は初めてです!」
「早弁は?」
「じ、10回は超えてないと」
「俺の記憶では11回だった気がするが」
担任に言及され、千花は乾いた笑いしか起こせない。
今まで反省文を書いては提出を繰り返してきた千花だが、この様子だと流石にそろそろ無理かもしれないということを実感しているのだ。
(退学まではいかないとしても、確実に家に連絡は行くかも)
千花のそんな思いに気づいたのか、担任は重く溜息を吐くと、引き出しからA4サイズの白い紙を1枚出した。
「あのな田上。いつも言ってるだろ。お前は今成長期なんだから食っても食っても腹が減るのは仕方ないんだ。だから弁当の量を増やしてもらえって」
「で、でも」
「そりゃお前に付き合ってたら食費は馬鹿にならないが、それでお前が勉学に集中できるならそれに越したことはない」
担任の諭すような言い方に千花は納得したような耳にタコができたような複雑な顔を見せる。
「でも私、お小遣いもらってるし、大学まで出してもらうって約束してるし、勉強道具とか色々揃えてもらってるのに、更にもっとお弁当を多めにしてほしいなんて、あまりにもおこがましいでしょ」
「だからって小遣いから出してたらキリがないだろ。残金は?」
「……500円」
小遣い日まで後1週間あるが、毎日何かしら食べ物を買っている千花からすればそれはもう随分少ない残金だ。
「とにかく明日までに反省文書いてこい。次また授業中に食ってたら今度こそ家に電話するからな」
「はい。ごめんなさい。失礼します」
注意されてしょんぼりとしながら千花は職員室を出ていく。
「全く」
「失礼します先生。明日もまたよろしくお願いします」
千花と入れ替わりで入ってきた邦彦は担任の元へ足を運び、会釈をする。
「はい、こちらこそ。それより先ほどの女子生徒が気になったのですが」
「田上ですか? すみませんね先生、あいつ本当に食に関してはどうしようもなくて」
「いえ、食べ盛りでいいとは思いますが。それにしては不思議ですね」
「はい?」
「大学まで出費をもらうにせよ、それは親にとって普通のことでは? 何をあそこまで恐縮する必要があるんでしょう」
「あー、えっとですね。田上は少し特殊な家庭でして」
「特殊?」
首を傾げる邦彦に罰が悪そうに担任は後頭部を掻く。
しばらくして誰にも聞こえないように小さく担任は言葉を零す。
「あいつ、養子なんです」
「養子?」
「赤ん坊の頃に近くの林に捨てられていて、田上夫妻に拾われた子なんです。あいつは。個人情報なんであまりベラベラ話しちゃいけないんですけど」
「なるほど」
邦彦が何かを考えるような素振りをしたため、担任ははっとして言葉を続ける。
「だ、だからって田上が問題児ってわけじゃないですよ。いや、問題児か? 授業中に飯食うし成績もほぼ下の方だし。あ、でも元気はあるし性格も明るいし、普通の子と変わらないっていうか」
「……」
「まあ、彼女も気にしないようにはしてるんですが、この歳になると色々気まずくなるんでしょうね」
担任の言いように、邦彦はこっそりと、含みのある笑みを浮かべた。
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