第21話 視線

 梅雨の季節。

 雨が多く、蒸し暑い日が続いているが、そらは持ち前の探求心で季節に見合った服選びを怠らない。

 服装が少し薄着になっても、紫外線対策として過度な露出は控えるなど、すっかりを上げている。

 同年代の女性を真似るというよりは、お姉さん―—新川景子をオマージュしている、といったところだろうか。


 みなみは相変わらずアイドル顔負けの服装で、肩や脚、時にはへそまで見える露出の多い服を着ている。

 コーディネートの多彩さも女性ならではの楽しみなのかもしれないけど。

 「悪い男に誘われないように気を付けなよ」と、娘を心配する父親みたいなことを言いたくなってしまう。




☆   ☆   ☆


 朝からの雨は憂鬱な気分にさせる。雨だから憂鬱というのは、ただの気の所為だとは言うものの…。

 講義が始まってすぐに、隣の席に座った南が唐突に話しかけてきた。

 「テンちゃん、髪伸ばしてるの?」


 さすが女子というものは変化に敏感だ。

 「うん。ちょっとだけね」


 このショートヘアー(ショートボブというらしい)は、割と気に入っている。男だった頃とあまり変わらぬ感じで、洗髪も楽で良い。逆に当時はよく女の子に間違われたのに、今は男の子に間違われることがないのが不思議なくらいだ。

 飛鳥あすかのポニーテールや、エレンのようなロングヘアも憧れるのだけれど、それなりに手入れが大変だと聞く。髪はショートのままでいいかなと思う反面、もう少し長めの方がヘアアレンジができそう、と思いを馳せているところだ。


 「南はテンのことよく見てるな。もう付き合っちゃえば?」

 と後ろにいた飛鳥が揶揄からかう。


 「いいね、そうする?」と言いながら、腕を絡めて頭を肩に乗せてくる。

 女子同士ってこういうこと好きだよな…。




☆   ☆   ☆


 「2限目は6号館か…」

 地下道か渡り廊下でも作ってくれれば濡れずに済むのに。


 傘を差し、別の校舎へと移動の最中——。

 どこからか誰かの視線を感じた。

 明確に目が合ったという訳でもないのに、何故だろう? ジッと見詰められていたような…。

 周りには多くの学生が行き交っており、たまたまこちらを向いていただけなのかもしれない。或いは…、また南の視線か? と思って振り向いたが、南は違う選択科目を受けるため、別の方向へ向かったはず。


 気の所為か…。


 あまり深く気に留めずにその場を後にした天だが、その姿を目で追う人物がいた。




☆   ☆   ☆


 この日の講義が終わる頃には雨は止み、途切れ途切れの雨雲がオレンジ色の夕陽に照らされている。

 天のアルバイト先——カフェCielには同じクラスの六ッ川むつかわが来店していた。普段なら吉野よしのと一緒に行動しているのに、最近は講義終わりに一人で来ることが多い。


 本を読んでいるように見える六ッ川だが、働く天の姿を目で追う時間の方が多いように感じる。

 店長の宮元みやもと澄玲すみれは、そんな六ッ川の様子を見て「ふふっ」と顔を綻ばせる。




 分かり易い六ッ川の行動は、他の女子たちからも「完全に気がある」と捉えられているようで、またしても飛鳥から「付き合っちゃえ」と揶揄われる。

 人から興味を持たれることに悪い気はしないが、まだ異性オトコに恋愛感情を持てない。

 時々、女子同士の戯れ合いで抱き付いたりしているけれど、慣れてきた今でも胸の当たる感触にドキッとすることがある。ふと我に返って、まだ中身は男なんだな、と実感してしまうのだ。


 「なになに、何の噂話?」

 話に入ってこようとする吉野。その少し後ろから、こちらの様子を窺う六ッ川が目に入った。


 「な、なんでもな…」


 「テンちゃんは渡さない!」

 エレンが抱き付いてくる。


 「ああっ、テンちゃんは私のもの!」

 南も抱き付いてくる。


 「いいなあ、私も」

 飛鳥まで抱き付いてくる。


 「重い…。いい加減にしてくれ」

 押し潰されそうになりながらも、茶番のおかげで変な噂話が広まることは防げた。




 女子たちの「テン」という言葉に反応し、少し離れた場所から目を留めていた男が天を見詰めて薄笑いを浮かべる。





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