第19話 本懐
カフェにやってきた
店長の
「そら?」
店長が呼びかけた名前に、新川景子が反応する。驚きのあまり、新川を見詰めたまま立ち尽くす天の胸には、”
「そらちゃん?」
「はい…」
二人の反応に、店長も、
天と新川は、店の奥にある席に向かい合って座っていた。背の高い観葉樹で区切られ、他の席からは二人の様子が良く分からない。
天の様子から、何か訳ありと感じた店長が気を利かせ、二人だけで話せるように休憩時間を与えたのだった。
「テンちゃんと新川景子って知り合いなのかな? あとでサイン書いて貰えないだろうか」
吉野は小声で六ッ川に言ったつもりだったが、隣の席にいた新川のマネージャーである年配の女性に聞こえていた。
「あとで本人に聞いてあげますよ。でも、ここで会ったことはご内密にお願いします」と、彼女は吉野に伝えた。
天が所属事務所宛てに送ったメールは、マネージャーも目を通していた。本来なら一笑に付すような内容だったものの、新川の子供の頃の談話と酷似している部分があり、新川本人にも見せることにした。
この
新川景子は撮影のために、天たちが通う大学へ向かう途中だった。時間が少しばかり早かったので、このカフェに立ち寄ったところ、偶然にもここで天が働いていた。
「大人っぽくなったわね、そらちゃん」
「この春から大学生です」
「うん。メールは読んだの。だから今の状況は知ってる。御免ね、返事をしてあげられなくて」
「大丈夫ですよ。信じてもらえるかも分からなかったし」
お姉さん―—新川景子は綺麗な目をして見詰めてくる。
幼少の頃から周りの皆は「テン」と呼ぶが、お姉さんだけは「そら」と呼んでくれた。瞳の奥に昔の思い出が甦ってくる。
男のままの天として再会したのなら、昔話に花が咲いたのだろう。しかし事情は違い、今回は時間もなく、これまでの経緯と現状の生活について概括的に話した。
お姉さんがあまり驚かなかったのは、幼少時の天に対し、男女の区別を感じずに接していたからだと言っていた。幼い頃は押し並べて可愛いものだ。さらに、目の前の天があまり慌てているという様子がないのも理由のひとつで、「以前から女の子だった」としても何ら違和感がない、と。
「そらちゃんはどうしたいの?」
傍から見れば普通の女子大生と遜色はない。むしろ元は男だったとカミングアウトしたところで、体は完全な女であるため、医者であろうと信じてくれないだろう。
お姉さんは現状の天の本意を探っていた。
「男の子に戻りたい?」
「えっ…」
天は言葉に詰まった。
確かに、体が入れ替わってしまった時には、そう思っていたはずだ。だけど、この姿で大学生活を送らなければならないと孤軍奮闘してきた結果、誰もが天を女性と認めている。
今更それはできない。
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