第6話そうですね……

武藤喜兵衛「……そうですね……。」


私(武田勝頼)「酒の席の事だ。咎めたりなどせぬ。」




 それが信用出来ないんですよ。




武藤喜兵衛「殿の目の前で諫言された事でありますし、聞いていて腑に落ちる所もありました。もっと言えば、それを殿が忘れてしまっている事の方が問題なのかもしれません。」


私(武田勝頼)「すまん。教えてくれ。」


武藤喜兵衛「内藤(昌豊)様が高坂(昌信)様と共に殿の所に来まして……。」




 内藤昌豊は武田勝頼の祖父信虎に仕えた工藤家で出。一時出奔するも父信玄の代に帰参。その後、上野の箕輪城代に就任。箕輪城は対上杉、対北条の最前線。そこで上杉北条との折衝並びに西上野の内政。更には関東の国衆との取次を担う人物。




 高坂昌信は甲斐石和の土豪春日家の出。遺産争いに敗れた昌信は信玄の奥近習として採用されると同時に信濃攻略にも従軍。その後、対上杉最前線で激戦地でもあった川中島一帯を任され、北信濃の国衆の取次を託される人物。




 共に重臣中の重臣。




私(武田勝頼)「そこで彼らは何と申したのだ?」


武藤喜兵衛「本当に覚えていないのですね……。まさか私から報告された事にして、彼らを亡き者にしようとのお考えではありませんよね?」


私(武田勝頼)「そのような事は絶対にせぬ。本当に忘れてしまったのだ。」


武藤喜兵衛「内藤様と高坂様は私の父幸隆と共に信濃上野で戦って来た間柄でありますし、今も私の兄2人が世話になっています。もし彼らを罰せようものなら御館様と言えども承知しませぬ。」


私(武田勝頼)「何故そこまで警戒しているのだ?」


武藤喜兵衛「それは……。」


私(武田勝頼)「心配せぬとも良い。申してみよ。」


武藤喜兵衛「内藤様と高坂様。そして馬場(信春)様に山県(昌景)と、跡部(勝資)様並びに長坂(釣閑斎)様との関係が芳しいものでは無いからであります。」




 馬場信春は甲斐巨摩の教来石家の出。信玄による信濃攻略で功績を挙げた人物。今は深志城の城代として筑摩郡を統括すると共に信濃の国衆との取次。越中飛騨の外交を託されている人物。




 山県昌景は武田家家老飯富家の出。武田軍の一番槍として活躍を続けた昌景は現在駿河江尻城の城代を務め、駿河の内政に携わると共に対織田徳川の最前線で最も危険な遠江三河。そして美濃の外交軍事を託される人物。




 一方の跡部、長坂は信玄の時代より武田家政全般に携わって来た重鎮で勝頼も引き続き重用している人物。それだけ影響力の強い両者と対立する内藤と高坂が勝頼の前で発した言葉。それは……。

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