下総千葉郡千葉妙見社・本堂、炎上するの事

「なめた口を、なめた口をきくなあ小娘!ならばこの『鬼』の力、とくと味わうが良い!!」



巨大な骸骨兵がしゃどくろの姿となった平忠常たいらのただつねが手にした大振りの骨刀を振り回す。頼義はその一撃を軽々とかわし、金平たちの元に戻ってくる。



「おいお前ら、いい加減目ぇ覚ましやがれコラ。ったく日頃から欲の皮突っ張った生き方してやがるからこんなくだらねえコトにひっかりやがるんだよボケ」



碓井貞光うすいのさだみつがまだ黄金の奪い合いを続けている部下たちの頭を一人一人ゴツンと叩いて回る。ついでに八束小脛やつかこはぎの異形の姿にも平等に鉄拳を食らわして行く。貞光ので正気を取り戻した連中は、人間も八束小脛も関係無く、キョトンとした様子で互いの顔を見合わせる。



「オラ、なまに戻ったやつはさっさと戦闘に加われ!ヒトも小脛も関係ねえ、このクソッタレなバケモンをぶっ倒して、こんなくだらねえ争いにケリつけちゃれい!!」



人間も八束小脛も、我に返りこそしたものの未だ状況がよく掴めてていなかったが、貞光の激を耳にし、今目の前にいる巨大な骸骨の魔物を見て、本能的に


(コイツは倒さねば……!)


と感じた者たちが次々と武器を手に取って大髑髏に群がって行く。



「ウジ虫どもが……!調子に乗りおって!!」



骸骨の巨人が剥き出しの歯をカタカタとカチ合わせて吠える。突風のように振り回される骨刀の一撃で何人かの兵士や小脛が吹き飛んでいく。だがその隙に金平や頼義、貞光といった「鬼狩り」の手練れが容赦無く忠常の纏う骨片をその斬撃によって削り取って行く。



「な……!?」


「貞光どの、これ以上のご加勢は無用、どうか皆を下がらせてくださいっ!」



頼義が貞光に声を飛ばす。貞光はその声に応え号令をかけると配下の武士たちはすぐさま一目散に散って行った。この辺りの機敏さはさすがにここまで敵地で生き延びてきた古参の強者たちらしいぶりだった。その間にも穂多流ほたるとびの「残雪」が骸骨の骨の指をへし折り、大宅光圀おおやけのみつくにが抜き打ちに左脛を両断し、坂田金平がその剣鉾で丸見えになっている肋骨を叩き折った。



「弱い、弱いぞテメエはあっ!この程度で俺たち『紅蓮隊』に立ち向かおうなんざ百年千年一万年早えやな、大江山の鬼どもに比べたら屁でもねえ、千葉小次郎ちばのこじろうの方がよっぽど手強かったぜえっ!!」



金平がここぞとばかりにあらん限りの暴言で忠常を挑発する。平素ならば軽く受け流していたであろう忠常も、戦闘で熱くなっていたのか、それとも分身たる千葉小次郎を引き合いに出されて誇りを傷つけられたのか、骸骨の身体中から忿怒の黒い煙を吹いて激昂した。



「おのれえっ……貴様ら……源氏の小盗人風情がこの私を……!!私はあっ、新たな時代の『新皇』であるぞっ……!!私が、私こそがこの坂東を……」


「ああもういいからよう、そういうのは」


「な……」



金平の呆れ返ったような言い草に骸骨の忠常は一瞬言葉を詰まらせ、さらに怒りを爆発させる。その攻撃は狂ったように激しく、重く、になって行った。



「わた、私は……っ。この坂東の、新しい……神だあっ!!」



骸骨の巨人が渾身の一撃を振り下ろす。その一刀も頼義たちにあっけなくかわされ、地面に深くめり込んだ骨刀がバラバラと解れて元の骨片に戻って行く。



「なぜだ、なぜ当たらんっ……!?私の、私の力は、神の……」


「貴様ごときが『神』をかたるな下郎めが」


「!?」



骸骨が巨体を振り向かせる。その先には青白い光を放った瞳で忠常を真っ直ぐに見据えた「八幡神」、源頼義が立っていた。



「その程度の小賢しい手品てづまごときが貴様の言う『神』の力か?まったく、くだらん、実にくだらない。何を勘違いした?どこで道を踏み誤った?貴様ごときが人の世の覇を望むなど、ましてや『神』の座を欲するとは思い上がりも甚だしい」


「ぼん、ぞく……?この私をと言うかあ!?私は、あの桓武かんむ帝の流れをくむ平家の一族だぞ!!その高貴な血筋である私を凡俗などとは……!」


「ああ、。初めから歪んでいたのだな貴様は。ならば致し方あるまい。なに安心しろ殺しはせぬよ。貴様は、


「な……!?なんだ、と……!?」



骸骨の巨人がまだ何か言いたそうであったが、頼義は容赦無く「七星剣」の光の龍を放ち、忠常のその骸骨の巨体に向かって飛ばした。七色の光龍は螺旋を描きながら一まとまりの光弾となり、呆気なく骸骨の巨体を足元から脳天まで貫いた。



「え……、あれ……?」



ひどく間抜けな声を発して骸骨が大の字のまま仰向けに倒れこんだ。その先には炎上した妙見堂の本堂がその火勢も衰える事なく煌々と燃え盛っていた。


どう、という激しい音と共に骸骨の巨人が妙見堂に倒れこむ。骸骨は焼けて燃え落ちた屋根の梁を突き抜け、床板を押し破り、そこに安置されていた身代わりの「妙見像」を跡形もなく押し潰した。


崩れ落ちた巨体があっという間にバラバラの骨の欠片へと戻り、それも次の一瞬でみな真っ黒な炭の粉となって炎の中に消えて行った。



「!?」



金平は一瞬燃え盛る本堂の炎の中に、わずかに動く人影のようなものを見た気がした。その影が、



「みょうけん、みょうけん……くろがねみょうけんは、ここに、あるぞ……こい、……こい、こい!私を、私を……おおおお!!!」



と言う声を聞いた。金平はその声の主の向こう、紅蓮に燃え立つ火炎の中に、もう一人の人影を見た。その直後、自重を支えきれなくなった梁と柱が轟音を立てて崩落し、その人影を覆い隠してしまった。もはや人影も、その声ももう届かない。


炎に追い立てられた鳥たちが一斉に羽ばたいて逃げて行く。大宅光圀はその鳥たちが



「うとう、うとう……」



と鳴くのを確かに聞いた。



「…………」



金平は頼義の方を向く。彼女は今の人影の「声」を聞いたのだろうか?頼義の手にした「七星剣」はすでにその輝きを失い、元の細身の直刀に戻っている。と同時に頼義は膝の力が抜けて糸が切れたように崩れて倒れた。



「おっと」



金平がすかさず駆け寄って彼女を支える。もう二度と彼女を一人で倒れさせはしない。それは金平がかつて一人で勝手に決めた秘密の「誓い」だったが、どうやら今回もなんとかそれを守ることができたようだ。



「大丈夫だってば……、もう、ホントに心配性なんだから……」



そう言って笑った頼義は、そのまま金平に体を預けて深い眠りについた。

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