下総千葉郡千葉妙見社・平忠常、牙を剥くの事

「やった……のか?」



炎に包まれた妙見堂を前にして仁王立ちする頼義に、金平が背中から語りかける。



「……いや、今消えたのは『千葉小次郎ちばのこじろう』……平良門たいらのよしかどの怨霊を宿した分身の『鬼』……!真こやつが『平忠常たいらのただつね』であったならば、鬼ならざる忠常の死体はこのように炭の粉となって散るはずがない……!」



その言葉を言い切ると同時に頼義が金平の方へ振り向いた。正しくは金平の向こう、さらにその後ろにいる男、隻眼の「千葉小次郎」に向かって。



「な……!?」



金平も慌てて後ろを振り向く。そこには抜刀の構えを崩さずに構えている大宅光圀おおやけのみつくにと、口を歪ませて薄気味悪いにやけ顔を浮かべている「千葉小次郎」の姿があった。



「さてもさても、も、死に臨んで外道に魂を売ってまで手に入れた魔性の力、せっかくのその力をあたら無駄に散らしたものよなあ。ふふ、あれだけの『鬼』となっても最期はどちらもあっけないものよ。まったく……



千葉小次郎が吐き捨てるように消えて行った「仲間」たちへの惜別の言葉を送る。これ以上ないくらいに侮蔑を込めた別れの言葉だった。



「テメエ、まさかテメエが、テメエのほうが……『平忠常』だったって事かよお!?」



金平の問いに小次郎は答えず、ただ血まみれの顔に薄気味悪いにやけ笑いを浮かべたままでいる。



「ふん、怨霊だか『七星転生』だか知らんが、『鬼』を名乗るにしては生ぬるい事であったぞこの男のなす事は。この『鉄妙見』を使う事にも、最低限に止めるようにしつこく言い寄ってきてうるさい事この上なかったわ。ふふ、『私』ならもっと上手くやる。初めから『私』一人に任せておけば良いものをなあ」



頼義は一言も語らず「小次郎」の言葉に耳を傾ける。金平はいまだに(信じられぬ……)といった顔だった。



「私も最初に平良門を名乗る怨霊から語りかけられた時はそれは驚いたものさ。。それに気付いた時の恐怖と混乱といったらなかったぞ。だが私は己の中にいる『モノ』の存在を理解し、共存し……利用した。これほどの力だ。使わない手はあるまい?ああ、良い、実に良いぞ鬼の力は……。何を成すにしても己が望むままに自由に振る舞える。人を殺すことも、食らうことも……くく、


「!?」


「ははは、良門の奴は最後まで気づかなんだったな。もうその時点で既に己の身体の所有権も、その鬼の力の使い主も、とっくに『私』の手に渡っていた事にな。まあ奴はよく働いてくれたよ。その事には感謝している。光圀、お前さんと同じ程度にはな」


「…………」



炎上する妙見堂の炎の光に炙られて片目の小次郎……まことの「平忠常」の顔が怪しく、赤く染まる。



「これが……それがお前の本性か忠常?都にて頼信様にお仕えしていた時も、俺に小夜を引き合わせた時も。それでも、俺はお前に友誼を感じていたというのに……!」


「はっ、良く言うわこの鼠めが!貴様は薄々疑っていたはずだ、私との間に築かれた友情に、常日頃疑問を感じていただろう?全く、お前と頼信の大殿だけだったよ、私をはなっから信用していなかった者は。これも世渡り、処世術よと割り切って凡庸に徹して来たるべき時を待ち望んで雌伏の時と耐え忍んでいた。いつかは必ず『新皇将門しんのうまさかど』の末裔として桓武平氏の復興を我が身で成すのだと心に誓ってな!!だいたいなあ、お前ごとき田舎貴族の出の人間がこの私と肩を並べて友人を気取るのがおこがましいというものだ。私は桓武平氏だぞ!世が世ならば内裏だいりに座してこの国を統治するべき立場であるはずの私とお前とでは生まれが違うんだよ生まれが!!」


「…………」



忠常が悲痛な叫び声でそこまでを言い切ると、周囲に散らばっていた骸骨兵がしゃどくろの骨片が再びカタカタと音を立てて動き出した。



「さて、では続きと参ろうか。源氏の子よ。流石にアレを三発も打つにはあたうまい?残りの雑魚ども、羊太夫ひつじだゆうの残りカス共々この坂東から消え去ってもらおうか!」



忠常の元に散らばっていた骨のかけらが集まって行く。その一片一片が次々と忠常の身体に張り付き、組み合わさり、形を作って互いに連結し、やがてそれはガシャガシャと大きな音を立てて立ち上がった。



「……!?」



金平も、穂多流ほたる碓井貞光うすいのさだみつも、そこにいた全員が立ち上がった巨大な一体の「骸骨兵がしゃどくろ」に目を奪われた。



「死ね、死ね!源氏の子、鬼狩りの郎等ども、坂東に寄生するウジ虫ども、この忠常の覇道の前にその供物となれい!!」



巨大なとなった忠常が勝ち誇ったように吠える。



それを耳にした頼義は、あろう事か大口を開けてをして答えた。



「!?」



その、あまりにも傍若無人な応答に金平も忠常も含めその場にいた全員が一瞬の間、絶句した。



「ん、戯れ言は終わったか?つまらん。つまらん奴だなお前、忠常よ。なんだその巫山戯ふざけ姿なりは。まさかそんなものが『鬼』の力だと思っているのか?そのような小物であったとは笑止千万。桓武平氏の再興だなんだともっともらしい事をぬかすが、所詮貴様は他人から与えられた鬼の力に寄生してその力を己のものと履き違えているだけのよ。それだけの力を己の矮小な自己満足のためにしか使えぬとは心底救われぬやつ」


「なん……だと?」


「殺す?この我らを殺すと?貴様が?笑わせるでない、貴様のその浮ついた傲慢増長、今ここでこの頼義が消し飛ばしてくれる。金平、穂多流、光圀、貞光どの、遠慮する事は無い、『鬼狩り』の実力、存分に振るわれるが良い!!」



頼義の煽り言葉に、金平も貞光も我が意を得たりといった表情で口を大きく曲げて笑い顔を見せる。光圀も穂多流も「やれやれ」といった顔でそれぞれに愛用の武器を構えた。



「鬼狩り紅蓮隊、突撃せよ!!」

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