下総千葉郡千葉妙見社・千葉小次郎、鬼狩り紅蓮隊と対峙するの事

その場にいた全員が氷の塊を飲み込んだかのような重い感情に押し潰されて行った。金平がこの寒空に脂汗を流しながらゴクリと唾を飲み込む。今、この男は何と言った?


犯した?犯したと言ったのか?実の姉を?その手で?



「くくく、この身は我が甥の身体、かの身は遠き縁類の身体、肉体的な繋がりは他人のでもその内奥は実の姉弟である事に変わりは無い。姉はもちろん俺をなじり、罵り、抵抗した。それでも俺は委細かまわず姉の身体をなぶり尽くした。そうせずにはいられなかった。姉は泣いて、叫んで、呪って憎んで……終いにはその全ての感情に飲み込まれて共に悦楽の声を上げていたぞ。くふふふ、はははははは!!」


「…………!!」



頼義は顔をしかめる。穂多流は顔を青くして口元を押さえた。まだ年若いこの子にとって、今の小次郎の話は半分もその意味は通じていないかも知れない。それであるならばまだいくらか救われようものだが、それでも今この男が語ったことがどれほどおぞましく悲惨な事であるかはこの年端もいかぬ少年にも十分に理解できた。



「俺は理解した。自分が人間としてのあらゆるくびきから解放されたことを。姉も理解した。今の自分に聖邪を分かつ制約なぞ欠片かけらほどの意味も無い事を。俺たちは肉体を通じて魂のより深く、より遠くで強く結びつき、復讐に向けて一つの『鬼』と相成った。この恨み、この力。その全てを!我が父の誇りを貶めた朝廷と貴族ども、そして源氏のウジ虫どもを一匹残らずこの地上から殺し尽くすために捧げようぞ!!これが、新皇将門しんのうまさかど、新たなる新皇子良門しんのうじよしかどの覇道よ!!」



自らの言葉に奮い立ったのか、上気した顔を震わせて恍惚とした表情を見せる小次郎に対して、頼義の態度は意外なほどにだった。



「哀れな……まことに、哀れなヤツ」


「……なに?」



頼義の言葉に小次郎が色めき立つ。今の言葉を侮蔑と取ったか、小次郎の目に怒りの炎が宿るのが見える。頼義はその小次郎の忿怒の表情に面と向かって静かに言葉を続けた。



「そこまで己の心を真っ黒に塗りつぶさねば、お前は鬼になり切れなかったのか。悩み、泣き、苦しみ、無限の懊悩おうのうの果てに、自らの魂を罪悪に穢れ尽くし切らなければ無情の鬼になれなんだか良門公。それは貴殿の望むところではなかったろうに……」


「貴様……!!俺を、この俺を愚弄するか!!この俺に人間としての情なぞもはや無い、いや、そもそも初めから持ってなどはおらぬわ!!この身を復讐に捧げた時、すでに俺は『鬼』となったのだ!!全てを喰らい、全てを犯し、全てを殺し尽くす、第六天の魔王になあ!!」


「ならば来い、鬼よ。その怨念、我ら『鬼狩り紅蓮隊』が貰い受ける……!!」


「やってみろ人間!!源氏の子よ!!」



小次郎が忿怒ふんぬの形相のまま己の太刀を地面に突き刺す。一瞬の沈黙の後、カタカタと小さな音から始まって次第に地面が揺れだした。同時に、先程小次郎が踏みつけてバラバラに散らばった滝夜叉姫たきやしゃひめの骨のかけらが青い光を放ちながら地面の中に潜り込んで行った。



「…………!?」



次の瞬間現れたモノに、金平も穂多流も驚きの声を上げた。



「貴様らの相手なぞこれにて十分、さあどもよ、存分に奴らの血肉を味わうが良い!!」



小次郎の声に呼応するかのようにして地面から這い出してきたのは、何十体もの人骨の兵士たちだった。それらは一様に錆びた刀を手に引っさげ、見た目に反して滑らかな動きで素早く頼義たちを急襲した。



「こ、こいつは……まさか、さっきの……!?」



金平の叫びに小次郎が笑いながら答える。



「いかにも、我が姉滝夜叉姫の、文字通り骨髄にまで達した恨みと憎しみ、その全てをかたどった我が姉の骨片より生まれし兵士つわものたちよ!貴様ら全てを喰らい尽くすまで此奴らの殺戮は止まらぬ。なにせコイツらはひたすらに肉を求め血を求める。ふふ、己に無いものを求めもがく姿はまさに人間そのものではないか。はははは!!」



たちまち何十という数のと呼ばれた化け物どもが頼義たちに押し迫る。その第一陣がまさに刀を振り上げた瞬間、


その腕がことごとく叩き折られ、虚しく宙を舞いながら真っ黒い炭の粉へと変じて行った。



光圀みつくに!?」



今叫んだのは頼義だったのか金平だったのか、それとも小次郎だったのか。気がつくと、頼義たちととの間にいつの間にか大宅光圀おおやけのみつくにが太刀の鯉口に手をかけて立っていた。



「ああ?光圀、今さら貴様が何をしようという?鬼にもなり切れず、さりとて人間ヒトに戻ることも叶わぬ中途半端な貴様が、この後に及んで何を足掻く?クズはクズらしく隅っこで震えて泣いておれ!!」



小次郎の罵倒とともにたちが襲いかかる。光圀はそれをまるで野の芝を刈るかのような気軽さであっさりと薙ぎ払った。



「!?」


今のそのあまりに見事な手際に、金平も小次郎も目を見開いて驚きの表情を見せた。



が全く見えなかった……!なんだあ今のは……!?)



確かに化け物たちが襲いかかるまでは光圀の太刀は鞘に納まったままだった。それが次の瞬間にはすでに太刀筋は弧を描いて襲撃者たちを通り抜けていた。抜いた太刀の気配が、たちの崩れ落ちる音より後に聞こえたように思えたほどの、刹那の妙技だった。



「光圀、貴様……」



小次郎が声を振り絞ってそれだけをかろうじて呟く。たちには感情は備わっていないのか、先頭の一列が全滅しても臆することもなく機械的に次の陣の者が光圀に襲いかかる。それもまた光圀によって一瞬のうちに薙ぎ払われ、元の哀れな骨片に戻って行った。第三陣の突撃を小次郎が声をかけて差し止め、再び睨み合いの形になった。



「……達したか光圀。!?」



小次郎の怒声に光圀は静かな面持ちのまま答えた。



「否。全ては虚しいだけよ。義も無く孝も無く忠も無い。この身にあるのはただ剣のみ。もはやそれすらも捨てよう。小次郎……いや良門……違う……よ、おれはお前に抱いていた恨み憎しみすら捨てる。もはや恨みでは斬らぬ。義憤では斬らぬ。ましてや刀で斬るのでも無い……。俺に残された道はただ一つ。お前を斬る事、それだけだ。俺は……」



初めて光圀は小次郎の目と正面から向かい合った。



……大宅光圀だ!!」

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