相州鎌倉平直方邸・頼義、穂多流姫と再会するの事
一旦碓氷峠の屋敷に戻るために
直方の名を聞いて、頼義は不思議な「縁」を感じていた。
(こんなに早くかの御仁と再会する事になるとは思ってもみなかった……)
直方卿とは都で何度か挨拶を交わした事のある人物だ。最初に会ったのは左大臣
その席で頼義たちは事もあろうに鬼の軍勢の襲撃に会い、その場にいた客人の連れである姫君たちを
直方はその事をいたく恩義に感じ、娘の命の恩人として頼義に篤く礼を重ねた。実際のところ、姫君が帰還できたのは彼女自身が自力で鬼たちの囲みから抜け出したもので、頼義たちはたまたま行き倒れていた彼女を介抱しただけであったため、ここまで過剰に感謝されてしまうと頼義たちも少し居心地の悪いものがあった。
そんな事をつらつらと思い出しながら歩いていくと、どうやら目的の屋敷に到着したらしい。屋敷の大門の前では主人である直方卿が自ら出迎えとして待っていた。
「おお、これはこれは忠通どの、此度はまこと災難、というかなんというか。ご家族の方々はもう避難して来ておられます。まま、ひとまずは屋敷にてお休み下され、仔細はまた後ほど」
そう言って直方は忠通たちを屋敷内へ案内する。直方は頼義の姿を見ると
「
親子ほども年の離れた頼義に向かって直方卿は下へも置かぬ丁重ぶりである。それほど一人娘の命を救ってくれた彼女に対する恩義の念が深いのであろう。
直方の手厚い歓迎の中、金平と光圀は屋敷に上がることは固辞して、周囲の警戒に当たると申し出た。直方は気さくにも「ご遠慮無用」と言ってくれたが、それでも二人は警戒心を解くことはせず、さながら仁王像のように二人並んで玄関を警護するように直立した。
「左馬助さまーっ!!」
廊下の奥から
「おっと」
思わぬ襲撃に頼義は少しよろめいたが、すぐさまその小さな襲撃者を抱きとめて膝をついた。
「お久しゅうございます、
「穂多流」と呼ばれた小さな姫君は、頼義に抱きついたまま太陽のように明るい笑みを満面に浮かべていた。
「左馬助様、左馬助様、お会いできて嬉しゅうございます。ぎゅー」
穂多流の君は頼義の袖を掴んで離さない。
「これ穂多流、女人が殿方の前に顔を見せるなどはしたない」
あれで一応叱っているつもりなのか、直方がデレデレとした声で娘を
「つーん、穂多流はまだ子供だからそんなことは構わないのです。ね、左馬助様」
穂多流は父の言う事などまるで意に介さず頼義にしがみついている。
(こりゃ
玄関で立哨しながら金平が苦笑する。よほど甘やかされて育っているものか、彼女は都の姫君たちと違い、自由奔放に振舞っている。しかし金平には無理にいい子ぶって畏まった女性よりもむしろ好感が持てた。
「穂多流どの、私はもう
「よりよし、さま?よりよしさま……頼義様!きゃー、殿方をお名前でお呼びするなんてまるで
穂多流はまるでこの世の春と言わんばかりに顔を真っ赤にして周囲をとたとたと駆け回る。直方もそれを見て叱るわけでもなく微笑ましく笑みを浮かべていた。これはとんだ親バカである。金平は他人事ながら娘の将来が思いやられた。
「頼義様、穂多流が手を引いて差し上げますわ。今日は穂多流と一緒のお布団で寝ましょうね。都のお話をたくさんお聞かせください」
穂多流は嬉しそうに頼義の手を引いて屋敷を案内する。そして最後に振り向きざま、玄関に立っている金平に向かって
「べー」
と舌を出して去って行った。
(前言撤回、なんて可愛くねえクソガキだ)
金平は穂多流の最後っ屁のような仕打ちに渋い顔をする。とは言え、あの時囚われ先から命からがら脱出して来た彼女に、緊急だったとはいえ子供相手に少しキツく尋問してしまったのは金平自身だった。まったくこれは自業自得と言っていい。
(やれやれ、どうも
と心の中でため息をつきながら金平は天を見上げた。
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