「誘われた日の火が、まだ胸で燃えてる」
「誘われた日の火が、まだ胸で燃えてる」
誘われた。たったそれだけで、心に火がついた。
「今日アヒル屋行かないの?」——その一言に、私は叫びたくなるほど嬉しくなった。
誘われる側になるなんて、いつぶりだろう。
私はいつも、アヒル屋の素晴らしさを知ってほしくて、なかまに声をかけてきた側だった。
自分から声をかけるのは、もう習慣みたいなものだったけど……。
その日だけは違った。「行こう」と言ってくれる存在が、ちゃんと私のまわりにいる。
それがどれほど熱く、ありがたいものか、誰にも奪わせたくなかった。
令和7年5月11日、日曜日。私は卓球サロンアヒル屋にいた。
しかも7時間。ぶっ通しで、全身で、卓球を浴びていた。
再会の時、私は少しだけ緊張していた。
顔を覚えるのが苦手な私にとって、再会は博打に近い。けれど、その瞬間、確信が走った。
「この人だ」
懐かしさが波のように押し寄せ、私は一気にリラックスした。
まずは白球でのシングルス。久しぶりという相手には少し難しかったらしく、
オーナーがラージボールを勧めてくれた。4ミリの差が、ふたりの距離を一気に縮めてくれた。
ラリーが続く。どんどん続く。ラリーが音楽みたいに響き始める。
ダブルスに移ると、卓球は一気に複雑になる。
でも、混乱の中にこそ笑いがある。初心者ならではの混線ルール。
それもまた、この場所ならではの温かさだ。
「さんきゅさんは、ちゃんとラリーが続くように打ってくれてる」
オーナーの言葉が、まるで祝詞みたいに心に響いた。私はそれを誇りにした。
休憩中、ホットカフェオレとパウンドケーキ。
「シードドリンクは苦手」という声に合わせて注文を変えた。
小さなことだけど、そこにもつながりの火花が散る。
「良心的な価格だね」
そういう会話が、じんわりと沁みてくる。
看板娘さんとの試合。ラリーは激しく、コースは鋭い。
でも、2-1で勝った。真剣勝負の中に友情があった。
その後、なかまの息子さんと、その面倒を見ている当事者研究つながりの男性が到着。
「浦河ではマイ用具を持ってる人たちにボコボコにされた」
そう言うから、私はあえて丁寧に、穏やかに打ち続けた。
ここでは「勝つ」より「つながる」ことの方が大切だと知っているから。
息子さんにマシンを勧めたら「うん」と頷いた。
教えながら打たせてみると、彼の目が変わった。
集中する目、初めての感触にわくわくしてる目。
オーナーの教え方はさすがだった。まるで魔法だ。
また看板娘さんから試合を申し込まれ、今度は2-0で勝った。
でも勝敗以上に、私たちの間に流れていたもの——熱、情熱、笑顔、気迫。
それこそがすべてだった。
息子さんもマシンを楽しみ切ってくれたらしく、私は心底ほっとした。
卓球って、すごい。ほんの少しのボールとネットで、人が人とつながっていく。
「最初は入りにくいけど、健康的だし、ストレス発散にもなるし、みんな親切」
そう言ってくれたなかまの言葉が、私の心にもう一本、火を灯した。
アヒル屋という場所が、また誰かの「帰ってきたくなる場所」になった。
夜、私は寝つけなかった。薬も飲んでいなかったし、興奮して身体が火照っていた。
でもいい。たかが不眠、されど幸福。
この火はまだ、胸で静かに燃え続けている。
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