第4話 元夫

レビンソン様は泣き続ける私をずっと抱きしめて待ってくれた。


『ズ!ん』

『お願いだ、僕と生きてくれ。お母様だってライナに死んでほしくないはずだ』

私は母の最後の言葉を思い出す。<生きて>最後の言葉だった。


『わかった……』

『うん、ありがとう。ライア…………』

また彼は抱きしめてくれた。暖かい。

私は彼の胸の中で眠ってしまった。



……朝……


『んん?』

私はフカフカのベットで起きた。


『あ、起きたか。おはよう。ライナ』

ベットに座っていたレビンソン様が和やかにそう言った。


『え』

状況が読めない。


『お母様の遺体は丁重に保管した。安心してくれ。それともう会議の時間が近いかた僕は行くよ。扉を出ればメイドがいるから何かあったらそのメイドに言ってくれ。すまなかった……』

彼はそう言って出て行った。


目を瞑れば母さんとの思い出と死顔が出てくる。苦しい。

私はずっと部屋の隅で座った。悲しくてももう、流せる涙も枯れてしまった。何も考えたくない。ずっと私はその薄暗い部屋の隅に蹲っていた。


(ギギギギギギ)

日が落ちて暗くなった時だった。扉が開いて廊下の光が入ってきた。


『ライナ!!』

誰かが私のことを呼んだと思ったら私の体を誰かが揺らした。


『ライナ!ライナ!』

暗闇の中でもわかる。レビンソン様が私を揺らしてくる。何も考えたくない。


『頼むよ、頼むよ、何か返事してくれ』

『……』

何も感じたくない。何も見たくない。


『どうして……』

レビンソン様は私を見ながら悲しそうにそう言う。暗殺は免れたのになぜ?


『閣下、お食事の準備が整いました』

一人の執事が部屋の外からそう言った。


『うるさい!今はそんな状況じゃ……いや、ありがと。ライナの分はあるか』


『はい、閣下、ライナ様の分もご用意しております』


『わかった。行こう』

レビンソン様は強引に私の手をとって部屋の外に連れ出してきた。



……食堂……


『では、食べようか』

私はレビンソン様と向かい合うようにテーブルに座った。

目の前にはこの世界に来て一番美味しそうな料理が並んでいた。

お腹が空いているのに食べたくない。

『……』

『食べないのか?』


『……』

『おいしいよ』


『……』

『ライナ……』

私が彼の方を向いたいきなり一欠片のパンが口に入った。


『ん』

『ライナ、食べたくないのはわかる。けど食べてくれ、お願いだ』


『……』

あのいつものパサついたパンとは違う。おいしい。

悲しいのにおいしい。


気づけば私は泣きながら出された食事を食べていた。


『なんで、ううう』


『ライナ、犯人がわかったんだ……』


『え』

急に彼はそう言った。


『君のお母様を殺したのはエル・クル・ハリスだ、そいつが今回の暗殺事件を計画した人だと捕らえた暗殺者が答えた』


『何よそれ……』

『ライナ、僕とそいつに復讐しよう』

彼はそう言って私の手を握ってきた。


『そいつに会わせて……』

エル・クル・ハリスを一発殴りたい。


『わかった。行こう』

なぜか彼は了承してくれた。



……エル・クル・ハリス……


今、私とレビンソン様は母を殺した貴族の屋敷の前にいる。


『行くよライナ』

私たちは馬車から降りて屋敷の門の前にきた。


(ガラガラガラガラ)

後ろから一台の馬車が来たのがわかった。


馬車が止まり、ヒゲの生やした見るからに金持ちそうなおじいさんが出てきた。


『ほう、レビンソンくんか、君もこの家に用事が?』


『え、オリハル様?なぜここに!?』

レビンソン様はそのお爺さんを見て戸惑っていた。


『レビンソンくん、軍務大臣就任おめでとう。まあ、私は次期女王陛下の婿候補の品定ためにきたのだがね』


『そ、そうでしたか』


『夜分に何者だ!?』

門の警備んらしき兵士が出てきた。


『パラヤ家!?、それにレミレイツ家まで』

私たちを見て驚いたように兵士は言った。


『申し訳ございません。皆様屋敷に案内します』

兵士はなんの抵抗もなく私たちを屋敷に案内してくれた。



……控室……


『ただいま、主人はお会いする準備をしておりますのでこちらでお待ちください』

屋敷の執事がそう言って私たちを控室に案内してくれた。


『さて、待ちますか』

髭を生やしたオリハル様はゆったりと椅子に座っている。


『まあ、わしの話は長くなる予定だから先にレビンソンくんたちがエルくんに会うといい』


『ですが』

いつもにもなくレビンソン様が焦っている。でも、早く私は母を殺した男に会って一発殴りたい。



『お客様、主人の準備がおわりました。書斎に案内します』

またさっきの執事が出てきた。


『レビンソンくん、先に行きたまえ』


『ですが……』

『行くよ』

私は遠慮するレビンソン様の手を引いて控室を出た。



……書斎……


(ガシャ)

書斎の扉が開いた。

書斎の窓を眺める男がした。


『やあ、パラヤ家の君。夜遅くに押しかけるとは礼節がなってないね。ま、そんなもんか……初めまして、私はエル・クル・ハリスだ』

窓を眺めていた男がこっちを向いた。


『え』

『な、なぜお前が……』

向いてきた男の顔が前世で私を殺した元夫の顔とホクロの位置まで全く同じだった。その男も私を見て驚いていた。


『ライナ、知り合いなのか』

すぐにレビンソン様が私とそいつの様子から察したようで聞いてくる。


『へ、お前、そんな男に体売って俺に復讐しにきたのかよ。相変わらす汚れた奴だな……ま、だから捨てたんだけど』

『な、なんで……』


『お前、でも、このアホ貴族とはお似合いだなへ、あははははは』

私にはすぐにわかった。彼のその特徴的な笑い声に……私の目の前にいる男があの元夫だと。


『許さない!!』

気づいた時には私は元夫に向かって殴り込んでいた。


『おっと』

拳が当たる直前で何処からともなくガタイのいい戦士が私の上に思いっきり飛び乗ってきて私は床に叩きつけられた。


『お前さ。相変わらずキモいな。昔からお前はATMとしての価値しかねえんだよ』

床で潰されている私に向かって元夫はそう囁いた。


『許さな!!許さない!!』

私はそう言うしかできなかった。目の前に敵がいるのに何もできない。


『おい!!貴様!!ライナから離れろ!!!』


『うるせえな、アホ、俺に殴り込んだ罪でこの女を死刑にでもできるんだぞ』


『な』


『それにな、お前たちどうせここにきた理由は俺があのライカて探偵を殺たかたきたんだろ。お前たちアホすぎて笑っちまうよ。俺がその女を殺すように仕向けた証拠なんてあるのかよ、アホだな…………今日のところは大事な用事があるからお前たちを帰してやる。ありがたく思え。さっさと消えな』


(ガチャ、ダダダダダダ)

『キャ!痛い離して!』

部屋に何人かの兵士が出てきて私たちを拘束してきた。

『ライナから離れろ!』

『おい、君たち、抵抗するなら、この女殺すよ』

そう元夫が言いながら私の首にナイフを向ける。

『くそ!』

流石のレビンソン様でも何も行動ができなかった。


私たちはそのまま屋敷を兵士に連れられて追い出された。



……屋敷の外……


『さっさと帰りなお前たち』

(ばしゃ!)

そう言って兵士は私たちを外に放り投げた。

考えなしにここにきたのが間違いだった。



(ガラガラガラガラ)

馬車がきて私たちの前で止まった。


『誰よ、あんたたち』

一人の女性が馬車から降りた。


彼女の持っていたランプの光が私に当たる。


『え』

『あんたは』

すぐにわかった。忘れたくても忘れられない。元夫の不倫相手とそっくりの顔の女がいた。


『なぜ、あんたがいるの?』

相手も私に気づいたらしい。


『なぜ、あなたが……』


『なぜて、私はこの国と私の国との関係改善のためにきたのよ。あなたみたいに遊んでいる訳ではないわ』

不倫相手の女は誇らしげに言ってくる。


『だからあんたたち邪魔、それに何その汚い服、笑ちゃうわ!』

そう彼女が言うと。馬車から数人の兵士が出てきて私たちを道の横に放り投げた。

『じゃーね、阿良くんの古い方の奥さん』

そう言って女は屋敷の方へと馬車で向かった。


『う、はは、う』

レビンソン様の呻き声が聞こえた。ずっと一緒にいたのに彼が苦しんでいるのが気づけなかった。

『あ!レビンソン様!大丈夫ですか!?』


『ああ、ライナ、この縄を外してくれ』


『わかりました』

私は彼の縄を外した。


『これは』

『魔力が多い人を拘束する縄だ、すまない、助かった。ライナ、ありがとう』

気づくのに遅れた私を責めるわけでもなく彼は私に感謝してくれた。申し訳ない。



『あなたもあの貴族の人にやられたのですか?』

茂みの中から若い女性たちが出てきた。


『え』

『お姉さんもあの男に襲われたんですか?』

『捨てられたんですか?』

ゾロゾロと茂みの中から女性たちが出てきた。


『どういう事?』

『私たちはあの最低最悪の貴族の被害者です』


……林の中のボロ屋……


小屋には十数名の女性がいた。どの子もボロい服を着ている。


『私たちはあのクソ貴族に誘拐されて純潔を散らされ、捨てられたの、それに……どの子も障害を持ったから働くのもままならないの』

淡々と彼女のまとめ役のような女性が教えてくれた。


『私は片目を焼かれたわ……。彼女なんて……』

みんなワイワイ楽しそうにしているが、片目に眼帯をしてる子、歩き方がおかしな子、歯が不自然にない子、そんな子がたくさんいた。


前世でも元夫は私を蹴ったり、殴ったり、首絞めたりとしてきた。でも、ここまではされた事ない。でも、私はこの世界に来て変わった。それと同じようにあいつも変わったのかもしれない。


あの男をこれ以上好きにさせてはいけない。私の母を彼女たちを傷みつけた報いを受けさせなくてはいけない。私はあの男に復讐すると決めた。










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