実録怪談エッセイ ちょっとコワくて不思議な話

白河静夜

第1話 死の知らせ その壱

 怪談話に於いて定番とも言える〃虫の知らせ〃という現象。

 悪い夢を見て胸騒ぎを覚え、近いうちに知人や親族の死を知る、というのは代表的な事例だろう。突然物が倒れる、或いは不可解な音を耳にするとか、この体験をした人の話の内容は枚挙にいとまがない。

 この〃虫の知らせ〃は大抵の場合、人の死に直結する不吉な前兆という点で共通している。私がいつもこの話に触れ奇妙に思うのは、なぜ皆が同じような体験をするのか、という問題である。この不思議な現象のすべてが偶然、或いは錯覚と捉え、霊魂説を否定することは、私にはできない。なぜなら私自身も、そうした体験をした一人だからである。

 

 それは今から二十年前のある年の冬、一月二日のことだった。

 外出して夕刻頃家に戻った私が、トイレに入ろうとしてドアノブに手をかけた時、突然頭の上に何かが落下してきた。それは私が趣味としている釣りに携帯する、ビニール製の水タンクであった。海釣りをする私が、釣り終わりに手を洗うために使うもので、玄関上の棚に収納していた。

 置き位置が悪かったのか、棚の上に戻し、トイレに入ったところで、家の電話が鳴ったのが聞こえた。母が電話をとったようだったが、間もなく驚嘆の声がして、私も何となく胸騒ぎを覚えた。そしてトイレから出た私を待っていたのは、当時一緒に仕事をしていた親類の男性が事故に遭い、救急搬送されたが意識不明という衝撃の知らせであった。マウンテンバイクが趣味だった彼はその日、家族と出かけた練習場で転倒し、顔面を強打したことによる脳挫傷であると、駆けつけた病院で知った。

 あの時、私の頭の上に落下してきた水タンクはビニール製で、空の状態であれば確かに軽量だ。何かの弾みで落ちることもあるだろう。だが、なぜあのタイミングだったのか。まるでその不幸を知らせるかのように思えた。同じ棚の上に釣り道具も収納していたが、玄関の上であり、空のタンクとはいえ、普段から十分なスペースを作って置いていたし、後にも先にも棚の上から落ちるということはなかった。

 不思議なことはこれで終わらなかった。かくして彼は意識不明のまま病院の集中治療室にいた訳だが、それから5日間ほど経った日のこと。私は夜中にふいに目が覚めた。外で何かの鳴き声がする。さかりがきた野良猫が鳴いているのか、隣家との間にある塀の上か、或いは前の道の辺りか、とにかく近い距離なのだが、異様なのはその声で、唸りをあげるような鳴き声でとても不気味なものがあった。後から聞いて知ったが、その鳴き声を聞いて母も目が覚めていて、不気味な気持ちでいたらしい。

 布団の中で不安な気持ちでいると、果たして枕元の電話が鳴り、その親類の彼が今息を引き取ったことを知った。

 この親類の死にまつわる、自分の身に起こったことは何だったのか。

 ただの偶然でしょうー。もちろんこうした出来事に科学的根拠はないから、そう否定するのは個人の勝手だが、ではなぜ、死の淵から生還した人たちが同じような風景を見てきたと言うのか、それもまた不思議な話である。

 霊魂というものが存在するとしたら、やはりそこには科学では説明のつかない、

〃何かがある〃と感じずにはいられないのである。

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