第21話 失礼な取材




「お三人さんが最初に、国王様から晩餐の招待を受けたと聞いた時、率直な感想としてどう思いましたか?」 


 対面して座る記者の一人が聞いた。丸顔の、人の良さそうな若い記者である。 


「冗談ではないかと……」 


 ビンデは力なく答える。 


「でしょうね。まさか突然、国王様から招待されるとは思わないですもんね。ナターシャに住む田舎者が」 


「……あ、ああ。まあ、そうだね」 


 昼食が済むと、アルフレドを先頭に二人の記者が部屋に入ってきて約束通りインタビューが始まった。 


 一人が聞いて、もう一人が筆記する。 


「しかし、現実に使者が迎えにきて、馬車に乗り込んだ。で、都であるグララルン・ラードにたどり着いた訳です。初めて見た首都グララルン・ラードの感想は?」 


「やっぱ、都会だなって。まあ、初めてでなく、何度か来たことあるけどね」 


「お母さんとお姉さんは?」 


 部屋の隅で小さくなって座る二人に記者は聞いた。 


「ああ?」 


 セッツが耳に手をあて、聞き返す。ヤーニャは無言で記者の男を見つめた。 


「……ナターシャの山奥から出てきた親子が、今は王宮で見たこともないご馳走を食べ、今はこうしてインタビューを受けているんですからね。緊張して当然ですよ。それもこれも王様の偉大さ、懐の深さということなんでしょう」 


 話を聞く若い方と、メモを取る年配の記者が二人とも何度も頷く。 


「いや、ナターシャは山の中じゃないよ、港町さ。行ったことがあるの?それに王様の偉大さで緊張はしてないよ。それにさっきからちょいちょいディスって来てるよね?田舎もんとか?」 


「はは、まあディスってはいませんが、でもナターシャは田舎でしょ?」 


「んんっ」 


 アルフレドが咳をする。 


「ナターシャは人口二十万人の普通の地方都市で、サウズ・スバートの中では八番目に大きな町です」 


「はあ、そうですか……」 


「まあいいよ。次行って」 


 ビンデは若い記者に怒りを抑えながら、早く終わらせようと話を促した。 


「はい。では、続けたいと思います。続いてはノースランド家の歴史について聞きたいのですが……」 


 セッツの表情が変わった。 


「ノースランド家とは、起源を辿るとガリアロス王家の血筋だという事なんですが、本当なんですか?」 


「……まあ、そうだけど、そんな家、沢山あるでしょう?」 


「しかも三国戦争の時、ネス王に仕えていた騎士団長の一人、あのノースランド・ガンツがご先祖だったとか。凄いですね」 


「……へえ、良く知っているね。大昔の話なのにさ」 


 ビンデは他人事のような響きで言った。 


「ええ、事前に調べてきたので。しかし、それがどうして、一般市民になってしまったんでしょうね?」 


 ノースランド家の三人がピクっと反応した。 


「さあ?長い歴史の中でいろいろとあったんだろうよ、やっぱさ」 


 ビンデは苦笑いして答えた。 


「その色々を詳しく知りたいですね?」 


「それが俺も詳しく知らないんだよ」 


「そうですか。お母さんはどうですか?」 


 記者がセッツに水を向けた。 


「はあ?なに?」 


 セッツは手を耳に当てて、聞き返した。 


「だから、ノースランド家が落ちぶれた理由ですよ」 


「ちょっと、君、さっきから失礼だぞ。来賓をつかまえて、言葉に気をつけたまえ」 


 アルフレドが若い記者を窘める。 


「……すみませんでした。気分を害されましたか?」 


「いや、別に」 


「話を戻します。実は調べて分かったのですが、三百年前にノースランド・ガンツが起こした事件というのがありまして、そのせいで家がグララルン・ラードから追放になっていたんですよね?」 


「……」 


「ガンツの起こした事件、知りませんか?」 


「いや、知ってるよ。そりゃあね」 


「そのことで、国民が魔法を使えなくなったことも、ご存じでした?」 


「……」 


「それを知ったら、国民が怒ると思いませんか?」 


「どうだろう?大昔の話だしね。今更、誰も魔法なんて、使いたくもないだろう?」 


 年配の記者が素早く、ペンを走らせる。 


「そうでしょうか?私は使えるなら、使いたいですけどね。その方がいろいろと便利じゃないですか?」 


「さあ?無いものを考えても仕方ないでしょ?」 


「そうですか、ふむ。なるほど」 


 記者は満足そうに頷いた。 


  

  *        *        *



 王宮の北側にあるクッサル湖は、外周十五キロが自然公園となっており、そこを散歩する市民が大勢いる。 


 ノースランド家の三人は王宮から出て、食後の運動という名目で、クッサル湖の外周の歩道を回った。 


 周辺の広場では、子供たちが歓声を上げながら遊んでいる。 


「あーっ、いい天気だ」 


 ビンデは伸びをして、声を上げた。 


 春の温かい日差しと、リザード連峰から吹き下ろす冷たい風が混ざり、心地よい空気に包まれている。 


「王は、私たちのことをどうしようというのかしら?」 


 ヤーニャが二人に向かって聞いた。 


「分からない。分からないが、策略の臭いがプンプンとする」 


「そうだね、このまま、逃げてしまった方がいいんじゃないかい?」 


 セッツが杖を付きながら歩く。 


「それはどうかな?罪人でもないんだし、逃げるのは嫌だな。それに逃げたら追ってきそうだし。このまま、相手の反応を見るしか方法がなさそうだ」 


 ビンデは湖畔を見つめながら言った。 


「そうね。王家に逆らったら、この国では生きていけない。ナターシャには二度と戻れなくなる」 


「この歳で、家無しは堪えるね」 


 ビンデがふと前を見ると背中を丸めて歩く一人の老人に気付いた。 


「ちょっと、待ってて」 


 その男の背中から放たれるオーラが気になり、ビンデはそれとなく後をつけた。 


 老人は不意に歩道を外れ、木立の中へ入っていった。 


 少し遅れて、ビンデも同じように木立の中に入っていくと、老人が一本の木の前で立ち止まり、枝にロープを投げているのが見えた。老人は自分の背丈くらいの所にロープの片方を結び、輪っかを作るとそこへ首を通した。 


「この国にはもはや私の力は及ばない。国が傾いていく様をこれ以上見ていたくない」 


 老人がロープに体を預けた次の瞬間、様子を見ていたビンデが体に似合わない俊敏性を見せ、駆けていき老人の体を支えた。 


「な、なんだ?」 


 驚く老人。 


「おい、止めとけ。おい」 


 ビンデは老人の足を持って、ロープに体重を掛けないように支える。 


「は、放せ、放すんだ」 


「嫌だね」 


 ビンデが拒否して、体を支えているとヤーニャがやって来て、持っていたナイフでロープを切った。 


 老人は地面に尻もちをついて倒れる。 


「痛っ」 


 老人は茫然として、二人を見つめる。 


「宰相……ウェス宰相」 


 木立の向こう側で男たちの呼ぶ声が聞こえた。すると、老人は立ち上がり、慌ててロープを解いて草むらに投げ捨てた。 


「宰相?」 


 ビンデが問いかけると、老人は引きつった笑みを浮かべ、逃げるように歩道の方へと戻っていく。 


「探しましたよ。こんな所にいたんですか?」 


 歩道で、声が聞こえる。 


「いや、ちっ、ちょっと散歩だ。気分転換のね」 


「……そうですか。しかし、これからはどこへ行くかおっしゃってください。みんな心配するので」 


「いや、すまん、すまん」 


 気配が遠ざかって行くまで、ビンデとヤーニャは木立の中で立っていた。 



 三人が控室に戻ると、アルフレドが待ち構えていた。 


「これから、晩餐会のマナー講習と、その後は正装へ着替えて頂きます」 


「マナー?朝からやってるだろう?」 


 三人は朝食と昼食で、テーブルマナーの講習を受けていた。 


「それとは別です。なにしろ殿下と王妃の前に出るのです。無礼が無いようにしないといけません」 


「そう、それと正装?はい、はい」 


「殿下に接見するのです。其のままという訳にはいきません。それなりの恰好をしていただかなくてはなりません」 


「分かってます」 


「それでは、こちらへ」 


 アルフレドの案内で支度部屋に行くと、部屋の中には若い華やいだ女性が笑顔でノースランド親子を迎えた。 


「ようこそいらっしゃいました」 


 三人が緊張しながら、部屋の中へ入っていくと、ベテランの教育係といった感じの女性が前に出てきた。 


「さあ、こちらへ」 


 女性の案内で、広い部屋に通される。そこには仮想国王と王妃が豪華な椅子に座り、待ち構えていた。 


「それでは、これから接見のマナー教室を開きたいと思います」 


「えっ?あ、はあ……」 


 三人は場違いな所に来たように立ち尽くしていた。 

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