第15話 二日目の朝
朝が来るとリターは、宿屋を引き払い、王宮正面入口に近い宿屋に移ることにした。
昨日のミスに学び、大量の荷物があったので、馬車を雇い、正門に近い宿屋まで行ってもらった。 新しい宿屋に荷物を置いて、役所の開く朝九時には跳ね橋を渡り、最初の検問の前で待っていた。一番乗りである。
最初の検問を通過して、王宮に入り、受付を済ませて、二階の接見審査室まで行くことを許されたのが九時十分。揚々と二階に上がるが、接見審査室の前の立て札を見て、愕然とした。審査室が開くのが、十時だというのだ。それまでは控室で待つようにと言うのである。
「はあぁ~」
リターは大きなため息を付いた。
「……おい、ここで何をしている?」
その声で目を覚ますと、天窓から差し込む朝日の眩しさに、ビンデは目を閉じた。
「こんな所で寝ていたのか?」
責めるような兵士の声が、上から降ってくる。
「えっ?ええっ……何処でも寝ていいって言われたんで」
ビンデは寝向け眼を擦りながら答える。
「だからと言って、こんな所で寝るヤツがあるか。フンッ、田舎もんが」
吐き捨てるように言って、行こうとする兵士が、僅かな段差に足を滑らせ、大きく前のめりに転んだ。
「ビンデ?」
姉が叱る。
「ん?」
ビンデはとぼけた顔をするが、この朝は、母がとがめないので首を傾げる。
三人は控室へ行くと、アルフレドが入口の前に立っていた。
「おはようございます」
丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた。
「おはようございます」
母と姉は挨拶を返すが、ビンデは無視して行こうとする。
「朝食がまだではないですか?準備が整っています」
その一言に、ビンデの腹がなった。
控室をでた所で、向かってくるリターに気付くビンデ。リターも三人に気付いた。
「お早うございます」
「お早うございます」
お互いに挨拶を交わす。
「早いですね」
ビンデが明るく言った。
「昨日は出遅れてしまって、何もできなかったので、今日こそ挽回しなくては、いつまでもオーブンに帰れないので……」
リターは照れくさそうに微笑む。
「これから朝食なんですが、一緒にどうです?」
「いえ、私は食べてきたので……ありがとうございます」
「そうですか、では」
両者は一礼してすれ違った。
「ビンデ、あの人に嫁に来てもらったらどうだい?」
徐にセッツが言った。
「何言ってんの?あの人、酒造会社の主人だよ。嫁に来れるわけないだろう」
「考えはしたんだね、一応……」
心の中を見透かされたようで、ビンデは顔を赤くした。
* * *
王の寝室から現れたロス王の歩き方を見て、従者たちはキュッと緊張感が高まった。
けだるそうに朝食の席につくと「フーッ」と大きなため息を付いた。
「お早うございます、殿下。早速ですが、今日の予定を申し上げます……」
執事のクロウスンが畏まって、この日の公務について話そうとするのを、ロス王は手を挙げて制した。
「後でよい。水を」
従者が瓶からグラスに水を灌ぐと一気にそれを飲み干す。
「昨晩は少々飲みすぎた。ルーカスのせいじゃ」
「まことにもって、遺憾でございます」
クロウスンが間髪入れず言った。
「……なぜ傷が癒えていたのか?そうじゃ、あのエントラントの行商人を呼んでまいれ。何と言ったか?そうだ、グルムングとか申したな。ろくな対戦相手を連れてこんので処刑してくれる」
「で、では、憲兵長に言いつけておきます」
クロウスンは震えながら頷く。
「……今日は宰相や大臣たちと昼食会がございます」
「そうか、相分かった」
面倒といった顔をする。そこへミターナ王妃が現れた。
ミターナは悠然と王の元へ歩いて行く。
「お早うございます。殿下」
王の前で立ち止まると右手を差し出す。
ロス王は手の甲に唇を当てた。
「ミターナ、昨夜はお主の要望に応えられず、すまなんだな」
「よいのです。あの奴隷、やはり害虫のようなしぶとさを見せて、口惜しいだけです」
ミターナはロス王の斜め横の席につく。
「ルーカスを見立てた医師と対戦相手を連れてきた行商人を処刑いたす。それで勘弁してもらいたい」
とロス王はクロウスンを見た。
クロウスンは目を伏せ、固まっている。
「それが、気にかかることがありまして……」
ミターナは意味深に言った。
「何をじゃ?」
「先に話したノースランド家の連中のことですが……」
「うむ」
「私、あの者たちを見た瞬間から、どこかうさん臭さを感じて、見張りを付けていたのですが、その見張りが今朝、報告に来まして、驚くべきこと事を言いだしたのです」
「ほう……」
ロス王は興味深く、話を聞き入る。
「それが、どうやら、あの一家が魔法を使えるのではないかというのです」
「何と?」
ロス王は驚く。
「ハッキリと見たわけではないのですが、あの者たちの周りで、おかしな事が起こったり、もしかすると、あのルーカスの怪我のことも、彼奴らが関係しているのではないかと考えられます。どうでしょう、調べてみては?」
「確かに瀕死の怪我人が一夜にして怪我を治し、闘いに勝利するなど、魔法の力を使う以外はない……そうだ、間違いない」
ロス王は何度も頷いた。
「早速、ノースランド家の者たちを連れてまいれ。余が自ら取り調べてくれよう」
「お待ちください。彼奴ら、なかなか警戒心が強いようで尻尾を掴ませないかもしれません。うまく言い逃れてしまう可能性もあります。どうでしょう、しばらく泳がせてみて、様子を見ては」
ミターナは毒々しい笑みを浮かべた。
「お主、何を考えておる?」
ロス王が探るような目を向ける。
「よい考えがございます。ルーカスともどもノースランド家の薄汚い連中の息の根を止める方法でございます」
ミターナは、美しく妖しい笑みを浮かべて、ロス王を見つめた。
* * *
兵士たちは訓練所の朝早くから、激しい戦闘訓練で声を上げている。
中庭に面した廊下の柱によりかかって、訓練を見つめるアムストロング軍隊長がいた。
「……では、どうするつもりだ?」
柱の反対側には行商人のグルムングが立っている。
「ムントが敗れた今、王はきっと私を捕まえて処刑するでしょう。悪いが姿を隠すことにしますよ」
「今日にでも作戦を決行するのだぞ?」
厳しい口調で、アムストロングは言った。
「へへっ、心配なさらずとも他の者を忍ばせてあります。それにユアル・サリナスは予定通り、近づいています」
「そうか……」
「後はそちらの実行力次第。どうですか?」
「心配するな。こちらは万事……」
そのとき、遠目に見回りの兵士の姿が見えた。
「もう行け。計画通り、合図は送る。遅れるなよ」
早口で言って、アムストロングはその場を離れた。
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