第十話     頼もう、冒険者ぎるど!

「ここが異国の者にも仕事を斡旋あっせんしてくれる、という場所なのか?」


 武蔵は石造りの建造物をながめながら、感心したように大きく息を吐いた。


「そのようですね。町の人たちに聞いた外見とも合っていますし、まず間違いないかと思います。でも、何て言うか私の想像していた冒険者ギルドとかなり違います。まるで中華風な造りというか……」


 答えたのは武蔵の隣に並んでいた伊織である。


(本当にここは日ノ本ではない異世界とやらなんだな……)


 武蔵は改めて冒険者ギルドの外観を一望いちぼうした。


 日ノ本では見られない石造りの家屋、しかも三階建てという巨大な高さの一軒家である。


 この家屋かおくの持ち主はかなりの商売上手なのだろう。


 他の町人たちが住む家屋は木造なのに対して、この冒険者ギルドが堅牢けんろうな石造りであることが何よりのあかしであった。


 そして全体の造りは日ノ本の武家屋敷に似ていたが、よく見ると門構えなど何かが少し違う。


 どことなく聞き及んでいた明国の雰囲気が漂っている。


 すでに武蔵と伊織がアルビオン城を追放されてから数時間が経っていた。


 厳密げんみつには追放ではなく放免ほうめんだったが、剣を交えたアルバートから表向きは追放ということになっていると言われたのは記憶に新しい。


「伊織、先ほど道すがら俺が伝えたことはまだ覚えているな?」


 武蔵は冒険者ギルドの外観を見ながら伊織にたずねる。


「お師匠様が伝えたこと、ですか?」


「たわけ。弟子ならば、師の言葉は一語一句覚えておれ。俺がこの世界でげたいと言ったことだ」


「冗談ですよ、お師匠様。ちゃんと覚えています。この魔法が実在する異世界において〝剣で天下無双人〟になることですよね」


「覚えているのならばよい」


 武蔵は冒険者ギルドの外観を見据みすえながら、数時間前のアリーゼが魔法を使ったときの光景をまざまざと思い出した。


(あれはまさにだったな)


 大人の頭部ほどの火の玉を生身のままで放てるなど、おそらくこの世界の戦自体が根本的に日ノ本とまるで違うのは想像しやすい。


 おそらく、この異世界では魔法の使えない兵士の槍や弓、厳しい修練の果てに剣技を磨いてきた剣者などは雑兵ぞうひょう以下の存在として扱われていることだろう。


 ならば魔法が使えない異世界の人間を〈外の者〉と見下すのもうなける。


 最初からこの世界に生れ落ち、自分に魔法の素質がないというのならば別の生き方を探すこともできるだろう。


 しかし、一方的に召喚魔法でこの世界に連れて来られた〝異世界の人間〟はそうはいかない。


無駄飯食むだめしぐらいはいらない……ということか)


 ふと武蔵は幼少の頃の自分を思い出す。


 武蔵の幼いときの名前は弁之助べんのすけといい、ある意味において複雑な家庭事情の中で育った。


 父親は新免無二しんめんむにという十手術じってじゅつの使い手で、京都において十五代将軍・足利義昭あしかがよしあきの前で御前試合ごぜんじあいをするなど高名な兵法者であった。


 けれども弁之助の母親であり自分の妻を亡くしてからというもの、酒におぼれるばかりか子供の弁之助に対して凄まじい修練を課すなど周囲からは鬼と呼ばれるほどの豹変ひょうへんをしたのだ。


 それでも弁之助は父親の期待に応えようと必死に無二の課した武の修練を続けたが、無二は弁之助に心を開くどころか弁之助を捨てて家を出てしまった。


 その後、弁之助は無二の後妻ごさいと一緒に暮らしていたものの、後妻が再婚したことで弁之助の運命はまたもや大きく変わった。


 感情がとぼしい、乱暴者らんぼうもの無駄飯食むだめしぐらい、などと後妻と再婚相手に言われて寺へ預けられたのだ。


 そこから先は死に物狂いで武の修練を続けた。


 ――いつか天下無双の兵法者になって、俺を捨てた奴らを見返してやる。


 その思いを胸に弁之助は手にできた血豆ちまめを何度も潰して修練を繰り返し、やがて十三歳の頃には武者修行中であった新当流しんとうりゅう名手めいしゅ――有馬喜兵衛ありまきへいを木刀で打ち負かすほどの強さを手に入れていたのである。


 やがて弁之助は兵法者らしい〝宮本武蔵〟という名前に変えて、本物の天下無双となるべく旅へと出た。


 そして、あらゆる兵法者たちと〝死合い〟をして生き残ってきたのだ。


 しかし西国さいごく最強とうたわれた兵法者――巌流がんりゅう・佐々木小次郎を舟島ふなじまで倒して天下無双の称号を手に入れたとき、武蔵の奥底から込み上げてきたのは悲願ひがんが達成したという喜びではなかった。


 込み上げてきたのは、強さに対する圧倒的な〝え〟であった。


 ――まだまだ強くなりたい。


 ――まだ日ノ本には佐々木小次郎を上回る強者がいるはずだ。


 高名な兵法者だった佐々木小次郎を倒したあとには諸藩しょはんから士官の口もあるにはあったが、生来の放浪癖に加えてまだ見ぬ強者に対する飢えが邪魔して士官をする気にはならなかった。


(まったく、生きていれば不思議なこともあるものよ)

 

 まだ見ぬ強者を探す旅路の終着点が、〝魔法が存在する異世界〟とは思わなかったが、それでも武蔵の中には〝飢え〟を満たす光明が灯ったのも事実である。


「伊織、この異世界の魔法の性質とやらをもう一度教えてくれ」


 武蔵の明突な質問に、気を抜いていた伊織は慌てて答える。


「は、はい……え~と、魔法には主に四つの属性があるんですね。火、水、風、土の四つです。他にも作品によって光や闇、雷なんていうのもあるんですが、スタンダードなものですと今言った四つの属性が挙げられると思います」


「あの、という南蛮娘が使ったのはそのまま火の魔法だな」


「本人は〈火竜かりゅうほむら〉……と、言っていました。ここからは私の推測すいそくなのですが、この異世界には火竜と呼ばれる魔物がいて、その火竜が吐く火の玉に似ていることから〈火竜の焔〉と名付けられたのだと思います」


「ほう……さすがよく知っておるな。、というのも中々にあなどれぬ」


「いや~、それほどでもありません。これぐらい一般常識ですよ」


 伊織は武蔵にめられたのが純粋に嬉しかったのだろう。


 顔をにやけさせながら、人差し指で頬を何度もいて身体をもじもじと動かす。

 

「その一般常識とやらに、このという存在も入っているのだったな?」

 

 もちろんです、と伊織は鼻息を荒げて興奮気味に言った。


「お師匠様はこの異世界で天下無双人になると決意していますし、微力びりょくながら私も協力したいと存じます。けれども、まずは絶対にやらなければならないことがあります。それは――」

 

路銀ろぎんかせぐこと……そのためには冒険者とやらになるのが手っ取り早いのか」


「その通りです。冒険者ギルドで冒険者として認定してもらい、それぞれの等級に合った依頼を達成して報酬を貰う。これがことなのです」


 なるほど、と武蔵は弟子の手前分かったかのように首を縦に振ったが、正直なところまったくと言っていいほど分かっていなかった。分かったのは冒険者ギルドが日ノ本で言うところの〝人入ひといれ屋〟だということである。


 武蔵も諸国放浪しょこくほうろうの旅が長かったため、ときには人入れ屋の紹介で荷物の運搬や建物の建造を手伝う人足にんそくなどをして路銀を稼いだことも多々あった。


(まずは何をしても食わねばならぬ)


 現在、武蔵と伊織は無一文むいちもんの状態だった。


 細かいことを言えば武蔵も伊織も多少の金は持っていたが、武蔵は戦国の金を、伊織は現代の金であったため、この異世界ではまったく使えないという危機的状況におちいっていたのだ。


 だからこそ、武蔵は伊織の指示をあおいで冒険者ギルドへと足を運んだのである。


 異世界で天下無双になるには、まずは食うに困らないほどの金を稼がなくてはならない。


 どんなに腕が立つ兵法者でも、人間である以上は飢えには絶対に勝てないのだ。


「よし、そうと決まれば行くぞ」


 武蔵は「頼もう!」と入口の扉を勢いよく開け放つ。


 中に入るとそこは喧騒けんそうに包まれている空間が広がっていた。


 雰囲気的には人入れ屋というよりは飯屋の賑わいに近い。板張りの床に円形の机と椅子が並び、鎧や剣で武装した男女がそれぞれの席に座って談笑している。


 しかし、武蔵が盛大に扉を開けて入ってきたことで空気は一変した。


 談笑していた何十人もの男女は顔色を変え、明らかに自分たちとは毛色が異なる武蔵たちを見て奇異きいな視線を向けてきたのだ。


 普通の人間ならば怖気おじけづいてしまうことだろう。


 だが、武蔵は何十人もの視線の矢を受けても平然とした態度で室内の中央へと歩を進めていく。


 そして武蔵は室内の中央で立ち止まると、下丹田に力を込めて言い放った。


拙者せっしゃ作州浪人さくしゅうろうにんの宮本武蔵と申す。このたびわけあって路銀をかせがなければならなくなった。そこで冒険者ぎるどの長殿おさどのにお頼み申したい」


 武蔵は愛刀――〈無銘むめい金重かねしげ〉を十センチほど抜くなり、すぐに納刀のうとうして耳に残るつばの音を鳴らす。


「手始めにとやらの仕事を所望しょもうする!」

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