第四話 天下無双VS異世界の騎士
(あれ? 何で私はこんなところで寝ているんだろう?)
伊織は左頬に冷たい感触を味わいながら何度も
どうやら自分はうつ伏せの状態で寝ているらしい。
意識を
だからこそ、ますます分からなかった。
どうして自分が硬い床に寝転がっているのか、いまいち理由が思い出せない。
それに身体のあちこちが
十七年の人生の中で一度も遭ったことはないが、交通事故に
そのとき、どこからか
まだ若そうな少女の声だ。
「死体の山? 異世界の〈
伊織は半ば意識が
「出来ると言ったら?」
続いて
その男の声で伊織の意識は完全に
伊織は両手を使って上半身を起こした。
身体中の筋肉が
それでも自らを
そして身体ごと振り向いたとき、視界の中に二人の人物の姿が飛び込んできた。
一人は十六か十七歳ぐらいの金髪の少女。
もう一人は日本の時代劇から抜け出してきたかのような、二十代後半から三十代前半と思しき浪人姿の男であった。
しかも浪人姿の男は右手に本物と見られる大刀を抜き放っており、全身に金属鎧を着ていた
「やれるというのならば、見せてもらいましょうか。もしもあなたが魔法も使わずたった一人で衛兵たちを倒せたならば、城の地下ではなくこの国での自由な生活を保障しましょう。異世界の〈
「分からぬ娘だな。俺は〈
伊織は状況を理解しようと思考を回転させた。
一方の浪人姿の男は右手に持っていた大刀を左手に持ち直し、すぐさま空いた右手で小刀を抜き放つ。
それだけではない。
浪人姿の男は現代剣道では見られないような、クワガタムシの
これだけでも現代人の伊織からすれば
だが本当に心の底から驚いたのは、浪人姿の男が放った言葉のほうであった。
「俺の名は宮本武蔵――天下無双だ!」
この瞬間、伊織の全身に雷が落ちたような衝撃が走った。
身体の
(嘘……だって……そんな……宮本……武蔵なわけ……)
もはや伊織の脳内はパニックになっていた。
異世界に転移されたと知ったとき以上の衝撃である。
宮本武蔵。
正式な名は
日本史上において最強無敗の剣士と
それ以外にも武蔵は、剣術と思想を集大成させた兵法書も執筆している。
有名な
もちろん、伊織も
そして幼少の頃から好きで始めた剣道や居合道を稽古する
宮本武蔵のような剣士になりたい、と。
祖父の影響で時代劇が好きだったことも武蔵を好きになる要因の一つだった。
だが、それ以上に自分の名前が偶然にも宮本武蔵が養子にした〝宮本伊織〟と同姓同名だったことも大きかった。
もしかすると自分は前世で本物の〝宮本伊織〟だったのではないか。
などと
けれども、どんなに
四百年以上も前に死んでいる人間に対して、一方的なアプローチなど出来るはずもなかった。
(ほ……本物なの?)
伊織は二刀流の浪人姿の男を見て、ごくりと
180センチはある身長に、余計な
放浪の旅が長かったことを示している
書物の中に存在していた宮本武蔵の外見と同じである。
もちろん、宮本武蔵の真の
言わずもがな、大刀と小刀を使った二刀流である。
伊織は食い入るように浪人姿の男を見つめた。
確かに浪人姿の男は、伝説の宮本武蔵と同じ二刀流の構えを取っている。
大刀と小刀の切っ先を胸の前で交差させるような構えは、二刀流における中段の構えに他ならなかった。
などと伊織が浪人姿の男を本物の宮本武蔵なのかどうか判断に困っていると、空気を震わせるほどの緊張感に包まれていた室内に金髪の少女――アリーゼの高笑いが響いた。
「テンカムソウ? 魔法の詠唱でもない、そんなよく分からない言葉を口にしたところで現状は変わりませんよ……何をしているのです、衛兵たち。剣を抜いたところで相手は一人。さっさと捕まえなさい!」
アリーゼの激が飛ぶや否や、一人の騎士が浪人姿の男の前に向かっていく。
騎士と浪人姿の男は、互いに五メートルほど離れた位置で
「
浪人姿の男に向けて切っ先を突き付ける。
「我が名はアルビオン王国騎士団団長、アルバート・ロメイロ。上意により、貴公を捕縛する!」
果し合いの前口上のように名乗ったアルバートに対して、浪人姿の男は
「一対一の
浪人姿の男の凄まじい怒声を皮切りに、
それは山中で猛獣に
自分の生命を
このとき、伊織は何とかこの空気感に
剣道においては全国大会など大勢の前での試合経験があった以外にも、居合道の師匠であり猟師でもあった叔父と一緒に狩りをした経験があったからだ。
けれども伊織と一緒に転移してきたクラスメイトの女子たちは、この猛獣の
何人かの女子たちは白目を
無理もない、と伊織は血がにじむほど両手の拳を強く握り締める。
(こんな空気に平然と耐えられるわけないじゃない)
伊織は額から流れてくる冷たい汗を拭うことも出来ず、意識を失わないように目の前の二人の動向を注視することしか出来なかった。
「安心せい」
伊織が
「ここにいる部下たちには一切、手は出させぬ。我らも王国の守り手としての
フルフェイスの兜のせいで顔の形までは分からなかったが、漏れ聞こえてくる声の印象から騎士の年齢は五十代か六十代なのかもしれない。
しかし、二メートル近くの長槍を構えている肉体からは年老いたなどという感じは
おそらく、鎧の下は
「俺が大人しく捕まると思うか?」
浪人姿の男の問いに、アルバートは「無理だろうな」と語気を強めて言い返す。
「一目見て理解した。貴公は魔物よりも厄介な〝
そうか、と浪人姿の男は口の端を鋭角に吊り上げた。
「お主は俺との〝死合い〟が望みなのだな……ならば話は別だ。お主が一人の武人として挑むと言うのならば、この武蔵……受けぬ道理はない!」
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