断罪されたけど濡れ衣なので無実を証明したいと思います

3sora

序章 宣戦布告セヨ

第1話 無実を証明してみせる

「シャーロット•オルレアン!」


嘘と愛憎が渦巻く、煌びやかな宮殿。

今宵も色とりどりの花々がホールを華やいでいる。


艶やかなオーケストラの音に合わせた軽やかなステップが、突如として響いた声にぴたりと動きを止めた。


私も例外ではない。

豊かなウェーブをえがくプラチナブロンドをゆらし声の聞こえた方向を振り返る。

繊細なまつげで囲まれたアーモンドアイが、声の主をとらえ、大きく見開かれた。


彼は、私をまるで両親の仇を見つめるかのような表情で、その瞳にはおりありと嫌悪の感情が込められていた。


……あらあら、怒り心頭って感じね。

そんなに怒っていると、嫌っている私の赤い瞳の色が同じになってしまいそうよ?


そんな言葉を飲み込み、扇子で隠された口元に笑みを浮かべる。


「ご機嫌麗しゅう、ウィリアム殿下。今夜は素晴らしい夜会へのご招待ありがとうございます」


ゆったりと目を細め、笑顔で片手を胸に当ててカーテシーをする。

シャーロット自身を最も優雅に見せる動きに合わせてふわりと広がったドレス。

洗練された仕草に高貴さが香った。

シャーロットは続ける。


「ところで、今宵のパートナーはどなたなのでしょうか。おそばにいらっしゃらないようですが」


だけど、この男はこんなもので誤魔化せるような相手ではない。

問いかけに答えようとすることはせず、端正に整った相貌をぐしゃりと歪ませて、私の手首をぐいっと力一杯引っ張った。


「お前を毒殺未遂犯として逮捕する」

「は?」


シャンデリアに照らされてギラギラと光る黄金の瞳に、間抜けに口を開いた私の姿が映りこむ。


「急になんの話でしょうか? いくら殿下だとはいえ、淑女に対して失礼ですわよ」


やんわりと抵抗してみるも、殿下は聞く耳を持とうともしない。


「五月蝿い! お前は淑女などではない、ただの殺人未遂犯だ!」

「っ……だから、なんのことです?」


ぎゅ、と力を入れられて思わず顔を顰める。


「惚けるな! お前がセシリアを毒殺しようとしたことはわかっているんだそ!」


セシリア……セシリア・ルーズベルト?

脳裏に浮かぶのはストロベリーブロンドの髪を柔らかにゆらして微笑む無邪気な笑顔。


無邪気でかわいらしくて、この世に敵などいないかのような彼女が、毒殺されかけたと。

……私の手によって?


「……そんなことをして、私になんの徳があるのです」


一拍置いてそう返す。


「どうせ皇太子妃を狙ってのことだ。セシリアが亡くなれば候補者はお前だけ、自動的にその座に収まることになる。それを狙ったのだろう!?」


なるほど、確かに理は叶っている。

たった2人しかいない皇太子妃の座を、私とルーズベルト嬢は争っていたのだから。


権力に目が眩んだ私がルーズベルト嬢を目障りに思い、殺人を企てたとて、何ら不思議なことではない。

むしろ、納得されるはずだ。

ドロドロの愛憎劇など、この社交界の場では日常なのだから。


その証拠に、周りからは肌を指すような冷たい視線と、嘲笑が一斉に浴びせられる。


「あらまぁ……なんて醜い行いなの」

「仕方ないだろう。殿下はルーズベルト公爵令嬢に夢中なのだから、そうするしかなかったんだ」

「それでも……ねぇ?」

「セシリア様に取って代わろうとするなんて分不相応ですわ、2人は対極ですもの」

「悍ましい罪を犯しながらよく平気な顔でこの場に顔を出せたものだ」


くすくすと扇子で口元を隠しながらも、その楽しそうな声色は滲み出て止まることを知らない。


それはそうだ、この世界で不祥事など格好の酒の肴でしかない。

私がここで声を上げたところで否定したところで、明日には貴族中に広がって、私は蜂の巣にされるしかないのだろう。


シャーロットを糾弾するこの男……ウィリアム・ソアレ・スウォインツェ皇太子殿下には多大なる影響力がある。

彼が是といえば是、否といえば否なのだ。

吐き気のするほど正しい瞳と、少しクセのある金糸の髪。


皇帝殿下の若き頃の生き写しかのように、瓜二つなその男は、声高らかに私に判決を下す。


「シャーロット•オルレアン! 我は自分の名前にかけてでもお前をとらえる!」

「…………」


どきどきと胸が高鳴り、興奮で背筋にひんやりとした汗が流れる。


「……それは、私を皇太子妃候補から外すということでよろしいですか?」

「そうだ」

「……そうですか」


声色を沈ませた私に、殿下はふっと鼻で笑ってみせた。

顔を伏せると、一筋の髪が青白い頬にかかる。

嫉妬に狂った愚かな令嬢が断罪をされ、毒を盛られた悲劇のヒロインとそれを助けた王子様が結ばれる。


なんて陳腐な物語が殿下の頭の中では繰り広げられているのだろう。

……なんとも滑稽なことだ。


「なんだ、今更後悔したのか、馬鹿な女め…」「……やっっったわ!」


爛々と瞳を輝かせて顔を上げた私に、殿下が眼を瞬く。


「やっと……やっと候補者から外されたわ!」

「え…?」

「あぁ、念願が叶うってこんな気分なのね! セシリアを殿下の好みに仕上げた甲斐があったわ…!」


恍惚の表情で両手を握りしめる私に、殿下が恐る恐ると言った様子で声をかける。


「しゃ、シャーロット?」

「あらいやだ殿下ったら、オルレアン公爵令嬢とお呼びくださいまし? もう私は皇太子妃候補ではないのですから!」

「あ、えっと……オルレアン公爵令嬢?」

「はい! なんでしょうかウィリアム殿下!」

「その……やけに嬉しそうだな? 状況がわかっていないのか? もうお前は皇太子妃にはなれないのだぞ?」

「ええ、このシャーロット・オルレアン勿論分かっております! ずっとずっとこの瞬間を待ち侘びていたもの…!」


とろりと蕩けたルビーが嵌め込まれたかのような美しい瞳。

シャーロットは薔薇色に染まった頬に手を当てて、続ける。


「何年も何年も続いた皇太子妃指導も、勉強も、堅苦しい立場ともこれでおさらば…! なんて素晴らしいのでしょう。私、生まれてから一番嬉しいことだと言っても過言ではないです!」


「そ、そうか。よかったな……」

「はい! それはもう!」


こくこくと小刻みに首を縦に振るシャーロットに、普段の目に毒なほどの妖艶さはない。

ただただ純粋に喜びをあらわにする若い令嬢の姿でしかなかった。


「つまり……お前は罪を認めると?」

「いいえ?」

「「「は?」」」


あら、綺麗に声が揃いましたわね。

そんなに私変なこと言ったかしら?

目の前にいる殿下も顔を真っ赤にして、眉を吊り上げた。


「シャーロット…お前ふざけているのか⁉︎」

「ふざける? 私は大真面目よ?」


情熱的な赤い瞳をきょとんと丸くして小首をかしげる。


「私はセシリアを毒殺などしていないもの」

「この期に及んで何を…! 証拠も上がっているんだぞ⁉︎」

「そうですね……殿下、私とゲームをしませんか?」

「何を……」

「このままでは埒が開かないもの。なので……指定した期間内に私が真犯人を見つけることができたら、私の勝ち。その時にはお詫びとして殿下には一つ私の言うことを聞いていただきます」

「そ、それは……!」

「……その代わり、私が真犯人を見つけられなかった場合は、大人しく捕まって差し上げるわ」

「!」


ぴくりと反応した彼に、にたりと唇の端を持ち上げた。


「どうかしら?」

「……お前がその期間内に逃げ出さないとは限らないだろう」

「そんなことみっともないことしませんわ」

「信用できない」

「まぁ……そうね。それではこうしましょう」

「? 何をす……」

ぱあっと手を翳した胸の辺りで眩い光とともに魔法陣が浮かび上がる。

「『私、シャーロット・オルレアンは事件の真相を明らかにするために尽力することを、誓約魔法の名において誓います』……これでいいでしょう?」


誓約魔法とは、術をかけた相手にルールを課せるというもの。

まぁ、かけるには相手の同意が求められるのだが、自分自身にかける分には関係がない。

そして、そのルールを反した場合は、その身を雷で貫かれたかのような痛みに苛まれるのだ。


つまり、誓約魔法とは絶対的ルールであり、違反することはできないということ。


ここまでして殿下が否という確率は低い。

その証拠に、彼の唇は隠しきれないほど緩み切っており、その瞳は新しいおもちゃを見つけた子供のように愉快さで潤っている。


「……いいだろう。我も誓ってやろう。『俺、ウィリアム・ソアレ・スウォインツェは、シャーロットがセシリア毒殺未遂事件を解決することができた場合、謝罪をし、お贖罪として一つ願いを聞き入れることを、』誓約魔法に…いや、『この名に置いて誓う』」


殿下の言葉に、野次馬が驚きの声を上げる。

自分の…皇太子の名前で違うというのは、この国において大きな意味がある。

今のような私に、罪人に対する対応としては規格外だ。


ぱあっと光ったのち、その胸の中に吸い込まれるようにして消えた魔法陣に、殿下がこちらを被虐的な視線をよこす。


「これでいいだろう? シャーロット。……解決することができたらお前の勝ち、晴れて無罪放免だ。……逆に、解決することができず、お前が犯人だと判明した暁には……俺が直々にお前を拷問してやる」

「望むところですわ」


そんな脅し、屁でもない。

ここでもがかなければ、どちみち捕まる運命なのだ。


私は……シャーロット•オルレアンは、毒殺未遂の罪をなすりつけられて死ぬような、安い女ではない。

背中を丸めて、人目を気にするような、自分を辱めるような行いは決して私はしていない。


「私、シャーロット・オルレアン、自身の名誉に変えても無実を証明してみせるわ」


シャーロットは今日も笑う。

美しく、気高く、少しの愉悦を瞳に浮かべて。


「それでは殿下、そして見物客の皆様、ごきげんよう」

自信に満ちた情熱的な笑顔が私の代名詞。

私の無罪をかけた大掛かりな劇が幕を開けたのだ。

主役たるもの、堂々としていなければ失礼というもの。そうでしょう?


大輪の薔薇が咲き乱れるようなシャーロットの妖艶な笑みに、思わず周りの見物客もほうと息を吐いた。


たった今断罪されたとは思えない、孤高であり最上の淑女の姿が、そこにありありと見受けられたのだ。

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