25 姉妹、身バレする

 遮光の魔法障壁と遮音の効果で快適空間にした結界内で一眠りすること約八時間。ナディはすっきり目覚めて起き上がり、背伸びをして凝り固まった身体をほぐし始めた。


 隣ではレオノールがまだ眠っており、その愛らしい寝顔を見て微笑みを浮かべるナディ。反応が完全にお母さんである。


 眠りを妨げないようにそっと結界から出ると、もう一度伸びをして軽くストレッチをする。


「お? やっと出て来たな。何なんだよこの結界。入ろうとしても全然できねーし、ブチ破ろうとしても微動だにしねー。おまけに効果がいつまで経っても切れなくて、どうしてくれようかって考えてたところだ」

「ごめんなさいねぇ。やめてって言ってもぉ、全然聞いてくれないのよぉ。でもでもぉ、思ったら一直線なのがぁ、マティくんの良いところでもあるのぉ」


 次いでマジックバッグに偽装した【収納ストレージ】から、胸元に「La Mariée de Satanas」と刺繍された純白でフリル付きのエプロンと、簡易調理道具を取り出した。

 エプロンに刺繍された文字の意味は「魔王の花嫁」なのだが、現地の単語が書かれたTシャツを着るノリなナディは、深く考えないで身に付けていた。

 ちなみにヴァレリーがプレゼントした物で、服装と角度によっては下に何も着ていないように見える逸品である。フリル付きで振り返った時などに裾がヒラヒラするのが新妻っぽいし!


「これって魔術障壁と何かの結界だよな? 解析してみたけど、術式が全然理解できねぇ。どんな魔術なんだよ」

「魔術というかぁ、父上が使う魔法に近いと思うんですよぉ。でもでもぉ、わたくしも国を離れて長いからぁ、もう忘れちゃっててよく分からないんですよねぇ」


 あくびをしつつエプロンを着けてから生活系統魔法で火を点け、同じく魔法で湯を張った鍋を掛ける。

 その中に、前もって作ってあった魔法で成分を抽出して固めたスープの素を入れ、ゆっくり撹拌しながら溶かしていった。


「て、聞いてるのか? ……んお? なんか呪文無しで魔術使ってなかったか? その料理道具って魔術具じゃねぇどこにでもあるヤツだよな。今どうやったんだ?」

「ダメだよぉ、マティくん。魔術は秘奥が多いからぁ、言えないことも多いのよぉ~。あと料理道具じゃなくてぇ、調理道具よぉ」


 それが溶け切った頃合いを見計らい、火から外して【オークディザード】で手に入れた脂身の少ない赤身肉を叩いて挽いて投入し、濁らないように静かに混ぜ合わせる。


「ん? なんだその肉。メチャクチャ良さそうだな! どこで買って来たんだ? 売ってるところ教えてくれよ……て、なんで挽くんだよそのまま焼かねぇのかよ、勿体ねぇ」

「調理や食べ方はぁ、人それぞれなのよぉ。もう、マティくんはお肉に目がないんだからぁ。野菜も食べないとぉ、健康に悪いのよぉ〜」


 そこにハーブを投入し、臭みを取るとともに風味付けをする。おしむらくは、野菜類の在庫が少なくなっていることだろう。


(今度、シルヴィが言ってた【グリーンプラント】で野菜類を収穫するべきね。あ、それと【エピィス・イェレ】で調味料やスパイスも取ってこなくちゃ。やることがいっぱいだわ。流石は王都ね)


 鼻歌を口ずさみ、すぐ火が通る葉物野菜を投入して弱火で少し煮込む。

 その間に結界内に戻り、眠っているであろうレオノールを起こしに行く。案の定、まだ夢の中だった。


「レオ。そろそろ起きよう。スープ作ったから身支度をして来てね」


 そう言い、背中をぽんぽん叩く。それで目を覚ましたレオノールは、眠そうにポヤポヤしながらも起き上がる。


「おはよ。お姉ちゃん。お姉ちゃんが起きているのにまだ寝てたとは。レオもまだまだ未熟」

「あはは。そんなこと気にしなくても良いんだよ。でもレオが成人したら、ちゃんと手伝ってもらおうかなー」

「分かった。その時は生まれ変わったレオを見せてあげる」


 フンスと息を吐き、両手を握りしめてそう言うレオノール。


(ヤバ! ウチの妹、神懸かって可愛い!)


 キュンとしちゃうナディである。


 その後レオノールの寝癖を簡単に整え、寝具を仕舞って魔法障壁や結界を解除して外に出る。


「んを? 出て来たな。先に食ってるぜ」

「もぉ、マティくんったらぁ。勝手に食べたらダメなのぉ~」

「パーティメンバーなんだからいいだろ別に。ほらゼナも喰え。すげぇ美味いぞ」


 先程から調理中に囀っていた誰かさんが、そんな謎理論がさも当然であるかのように、自分たち用の食事にガッついていた。

 その様を無表情で見つめ、動きを止めるナディ。レオノールは、そんなナディと夢中でスープを啜っている男を見て即座に状況を理解した。


 そして数秒後。エプロンを外して仕舞い、一度深呼吸をする。


「ねぇレオ」

「なあにお姉ちゃん」

「迷宮って、完全犯罪に向いていると思わない?」

「片付けた後で外に放置すれば完璧」

「そうよね。あ、それから――」


 ただならぬ雰囲気と圧を発し始めたナディを、周りの冒険者たちが訝しく見始めた。

 それらに、一部始終を見ていた一部の冒険者たちが状況をかいつまんで説明する。

 結果、メンバーでも何でもない全くの他人が、調理した食事を勝手に食べたという事実が判明した。


 その場の全員が「ないわー」と言いたげな表情にる。


 ここまで潜行できる冒険者は相当な実力者であり、そして休息や食事の重要性を十分理解できる者ばかりだ。

 よって、勝手によそ様の食事を食い散らかした奴への慈悲はない。問答無用で有罪ギルティである。


「【全能力超越強化オーバーブーステッド・ホウルアビリティ】!」


 瞬間的に高めた魔力を解放し、単純な強化だけなら【神装魔法】にすら匹敵する強化魔法を展開する。


「【気力超越強化オーバーブーステッド・オーラ】!」


 さらに【気力オーラ】を超越強化する。今のナディなら、素手で六層の巨大爬虫類をも屠れそうだ。


「おーい、食わねぇのか? 全部食っちま……」

「真っ赤な他人が勝手によそ様のご飯を食べてんじゃないわよ! 死ね!!」


 一瞬で踏み込み、その腹に【気力オーラ】が乗った掌底を叩き込む。彼もこの階層まで潜行できる冒険者であり、咄嗟に防御と【気力オーラ】による強化をして防ぐ。

 だがナディが叩き込んだ掌底はそれらの防御を全てぶち抜き、衝撃が背に抜けた。

 数瞬のみの静止。直後、抜け切らなかった衝撃と共に吹き飛びセーフエリアの壁に叩き付けられ、直下にある魔力水が湧く泉に沈んだ。足から沈んだために溺れていないのが、不幸中の幸いだろう。圧倒的に自業自得だが。


「マティくん!?」


 口元を抑えてそう叫ぶ美人な森妖精。


「だからぁ、勝手に食べちゃダメだって言ったでしょう。まったくもぉ、おバカさんなんだからぁ」


 だが、彼の味方ではないようだった。そしてそんな有様を見ていた周りの冒険者たちも頷いている。


「なぁ嬢ちゃん。大丈夫か? ごめんなぁ、止められなくて。あいつがさも当然とばかりに食い始めたからいいのかなって思っちまった。あ、干し肉くらいしかねぇが食うかい?」

「大丈夫? 災難だったわね。何なのあいつ! とんでもないわね! あ、ドライフルーツあるけど食べる?」

「他人の飯食うなんてなんてヤツだ、信じられねぇぞまったく! 固パンくらいしかねぇが食うか?」


 荒い息を整えて残心するナディに、冒険者たちが気遣い食材を持って来てくれる。相変わらずのお人好しというか、困っているのを見過ごさない集団である。


 そんなちょっと心温まる対応をされたナディは、まだまだ捨てたもんじゃいなぁと思い頷いた。


 だがそうやって施しを黙って受けているナディではない。


「大丈夫よ、まだ食料はあるから。気にしてくれてありがとうね。そうだ、お肉は好きかな?」


 そう言うナディに首を傾げ、だが揃いも揃って頷く冒険者たち。それを見て得意げにニヤリと笑う。そしてレオノールは、シレッと魔法で特大コンロを作って火属性の魔結晶を並べてサムズアップしている。


「実は某所でお肉を大量に手に入れてて、処理に困ってたのよねー」


 そう宣言し、【オークディザード】産のお肉をマジックバッグに偽装した【収納ストレージ】から次々と取り出し山と積む。

 その量に呆然とする冒険者たち。だがすぐに我に返り、盛大な歓声を上げた。


 そして当然のように始まる、BBQ。


 取り出したお肉をナディが下拵えし、それをレオノールや調理スキル持ちの冒険者が次々と焼いて行く。そのスキル持ちに男性冒険者が多く、女性陣が美味しく頂いている現状は気にしてはいけない。

 中にはこの迷宮で採れる、実は可食な野草や根菜を提供する者までいた。ナディたちはお肉に執着していたが、実はそういった食材も存在する。そしてわりと美味だ。

 普段ならばその情報を掴んだら早速採りに行くだろう。だが今の二人は、お肉が欲しくて仕方がない。よって後回しにする二人であった。


 爬虫類のお肉は、淡白で美味だと聞いているから。


 ちなみに情報源は、辺境都市・ストラスクライドの冒険者ギルドに所属する冒険者たちだ。だがそれは、迷宮に棲息する魔物ではない。野生の爬虫類のことである。迷宮内では固定ドロップだが、野生ならば仕留めて捌いてお肉にできるから。


 現在お肉を入手できないのは、ぶっちゃけると二人の情報精査不足が原因だ。


 そうして提供された食材を焼いて、みんなで美味しく頂いているのを見回し、満足げに頷くナディ。その様は、正しくおかーさんであった。


「このお肉、本当に美味しいわぁ~。これってぇ、もしかしなくても【オークディザード】産のお肉じゃないのぉ?」

「んを? そうなのか? オレとしては美味けりゃ何でもいいぞ」


 そしてちゃっかりご相伴にあずかっている美女な森妖精と、いつのまにか復活しているマティアスもモリモリ食べているのが視界の隅に映り、思わず二度見するナディ。

 それに気付いたマティアスは、とても爽やかな笑顔を向けてフォークを持つ手を振った。


 会心の出来なスープを勝手に食べられた恨みを思い出し、途端に表情が抜け落ちて黙るナディ。

 そして、ぶった斬るんじゃなくてぶん殴る得物がないか【収納ストレージ】を漁ると、おあつらえ向きの鈍器があるのに気付いた。


 それは一見ただの棒に見えるが、ナックルガードのように正面からは持ち手が見えない構造になっている、百五十センチメートルほどの戦杖ウォースタッフだ。

 入手先は【オークディザード】のようだが、どれからドロップしたのか、また詳細な場所は不明である。


「いぃ~物、見ぃつけたぁ~」


 戦杖ウォースタッフを両手で持ち、口元に笑みを浮かべながら引きずってお肉をモリモリ食べているマティアスの方へ歩き出す。


「悪ぃはいねがぁ~」


 どこかで聞いたような、大晦日に某所で出没する怠け者の皮を剥ぐ神様の常套句を呟きながら、包丁ではなく戦杖ウォースタッフを持ったナディが口元に笑みを貼り付かせてゆるゆる向かう。


 それに気付いた冒険者たちは、自分たち用の食器とコンロを持参しサッサと退避して行った。危機管理能力に長けているようだ。そうでなければ、この階層には到達できない。


 そうして殺気を滾らせながら、B級ホラーの黒幕のようにユラユラと近付くナディをいい笑顔で迎えるマティアス。いろいろ全然分かっていない。


「おう、食ってるぜ。お前も食ったらどうだ? 誰がくれたのか知らんが」

「あぁ~、ダメだよマティくん。まずは謝らないとぉ~……」

「は? 何でだ? いいじゃねぇか、みんな食ってるんだし……」


 そうして、火に油を注ぐ。怒り心頭なナディは、ついにブチ切れた。


「何で何事もなかったかのように食べてるのよ! あんたに食べさせるお肉なんか、ナノグラムだって無いわよ!」


 左半身はんみに構えて右足を上げ、強く踏み出し腰を回転させる。そしてその力を殺さないように両腕を振り、そのまま戦杖ウォースタッフをフルスイングした。


 それは胸に直撃し、再びマティアスが宙を飛び壁に叩き付けられた。


「あ、しまった。【気力オーラ】か【理力フォース】を込めときゃ良かった」


 舌打ちをするナディであった。


「もぉ~。どうしてマティくんったらおバカなのかなぁ。人のことを見ていないって言うかぁ、自分がそうだからよそもそうだってぇ、思うのは違うのよぉ」


 マティアスの隣にいた美女な森妖精が、ぶっ飛んだそれを見ながらプンスコ怒っている。


(いや、怒るくらいなら最初から止めてよ)


 独白し、憮然とするナディであった。


 だがふと、おかしなことに気付く。すぐ隣にいたのなら、フルスイングの圏内にいたはずだ。なのにそれに巻き込まれず、涼しい顔でプンスコしているのはどういうことだろう。

 そういえばあのインパクトの瞬間、この美女な森妖精は見事に避けていた。


(なかなかやるわね。やはり森妖精。見た目通りの歳じゃゃないようだわ)


 ぶん殴ってスッキリし、そしてそちらも考察して納得するナディであった。


「ねぇねぇ、マティくんはどうでもいいけどぉ」


 美女な森妖精が、取皿に焼き上がったお肉を山ほど乗せて頬張りながら、ナディの方へステップを踏みながら寄って来る。会話から察するに恋人であろうマティアスはどうでもいいらしい。


「貴女ぁ、どうして『凍花とうか』と『灼花しゃっか』を持ってるのぉ? アレはぁ、父上がその昔々に恋しちゃってたぁ、えーとぉ、名前は忘れちゃったけどぉ、薬師さんがぁ持っていたのよぉ」

「は?」


 一瞬、何を言われているのか理解できないナディであった。しかしそれは一瞬だけで、即座に本能的に危機を悟り、目の前にいる美女な森妖精から距離を取る。


「ああぁ、勘違いしないでぇ。責めてるとかそういうのじゃないのぉ。ただぁ、父上にバレたらぁ、面倒臭いなぁって思ったのよぉ。言わないから安心してぇ。わたくしはぁ、もう森を出て五百年くらい経ってるからぁ、森には戻らないのぉ。それにぃ、今じゃあただの市井の一人だからぁ」


 そう言う美女な森妖精。だがそれで安心するナディではない。それに話から察するに、この森妖精は三回目の人生で付き纏っていた変態の関係者である可能性が高い。


「わたくしはぁ、ゼナイド・ソフィ・セナンクールっていうのぉ。父上はぁ……」


 過去最大級に危機感を感じるナディ。その名は絶対に聞くなと、本能が警鐘を鳴らしている。


 だがそんなナディの心の内など当たり前に気付かない美女な森妖精――ゼナイドは、異性全てを惚れ惚れさせるであろう笑顔で続けた。


「ニエストル・ロジオン・モストヴォイ・ヴァロフっていうのぉ。一応、森の妖精王なのよぉ。ビックリしちゃうよねぇ」


(ニエストル・ロジオン・モストヴォイ・ヴァロフ……? ロジオン? ヴァロフ……!? ナディージアだった頃に、私をストーキングしてた、あの変態森妖精!?)


 その聞きたくない名前を聞いてしまい、ナディは天地がひっくり返るような衝撃を受けた。そして同時に、この森妖精とは一刻も早く距離を置かなければならないと、固く心に誓った。


「なぁお前、絶対にレオノル様の関係者だよな。ここまで瓜二つで他人とか、絶対に有り得ねぇし」


 そして向こうでも、どういうわけかもう復活したマティアスがレオノールにそう言いながら詰め寄っており、その場にいる女性冒険者たちが威嚇しながら牽制していた。


「オレはマティアス。マティアス・リオネル・ド・ファルギエール。ファルギエール侯爵家の次男だ。いうて、放蕩が過ぎて妹に怒られてるけどな!」


 こっちもだった。


 王都にいる以上、そしてファルギエール侯爵に世話になる以上、まず避けては通れないであろう人物と、そして絶対に会いたくない奴の関係者に会ってしまった。という方が適当ではあるが、ともかく。


 レオノールは鬱陶しげにマティアスを一瞥してから逃げる体制を整え、ナディへ目を向ける。一目で分かるほど、絶望していた。

 そしてそのそばにいるゼナイドも、そんな表情のナディを見て慌てふためいている。


「え、えええぇ? どうしちゃったのぉ? もしかしてぇ、貴女父上の被害者なのぉ?」


(……って何なのよ!? あの変態の被害者って、そんなに多いの!?)


 ゼナイドの爆弾発言に目眩が止まらないナディであった。

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