17 姉妹、やっと王都に到着する
「ああナディ、ナディ。逢いたかったよずっとキミに焦がれていたよこの想いを受け止めて欲しくてはち切れそうだよさぁ営もう今直ぐに」
「うっせぇわ抱き付くな離れろ腰撫でるな匂い嗅ぐな魔王押し付けんな脱がそうとすんなちょまダメだってばもーーーー……~~~~~~~~」
誰かさんが格好良さげに顕現したついでに小気味良くぶっ壊して崩れ去った城壁の前で、ものっそい良い笑顔で帰還したナディにその気配すら察知させずに抱き付いたヴァレリーは、矢継ぎ早にそんなドン引きすることを言いつつセクハラをするといういつか何処で見た犯罪めいた光景を繰り広げ、案の定有無を言わさずベロチューした。
ちなみに街を取り囲んでいたオークの大群がどうなったかというと、まぁ、説明するまでもなくヴァレリーに瞬殺されて大量の魔結晶とお肉へと変わっていた。
そもそも数字でしかない末端のオークが魔王相手にどうこう出来るわけもなく、一歩も動かないヴァレリーが繰り出す影の刃に貫かれ、成す術もなく消し飛ばされたのである。そしてドロップ品も
そんな判り切っていて述べるまでもない結果に言及するのは時間の無駄であるから端折るとして、だが自分の弟が繰り広げる殲滅劇を目の当たりにしたフロランスは、いくら数で押されて危機状態にあったとしても此処まで差を見せつけられると自信を無くしてしまう――
「流石ですわ。それでこそ
――こともなく、素直にそれを賛辞していた。
だがそれはそれ、これはこれ。
「ヴァレリー、お止めなさい。ナディが嫌がっていますわ」
抱き付かれて腰を撫でられクンカクンカされ、魔王になっている魔王の魔王を押し付けられつつベロチューされるナディを見て、フロランスがやんわりそう言っている。謎に恍惚としていて、ついでに熱い吐息を吐いているのは、きっとまだアーチボルトの腕の中にいるからであろう。
そう。現在フロランスは何事もなかったかのように、さもそれが当然であるかのように自然にアーチボルトの腕の中に収まっていた。
そのアーチボルトはというと、魔力を多く消費したために存在が希薄になっていたのだが、フロランスと密着することでその魔力を吸収して満たされて、ちょっとツヤツヤしていた。
そして吸収されているフロランスはというと、密着されて嬉しいやら恥ずかしいやらでテンアゲ状態になっており、その反動なのだろう現在進行形で固有技能が暴走中で魔力が迸りまくっていて、豪奢な金髪を波打たせながらちょっと「シュインシュイン」している。
結局どう転んでもフロランスは、ヴァレリーの姉であった。
そんなわちゃわちゃが暫く続き、いい加減に収拾がつかなくなった頃、
「イチャイチャは其処まで。今は今後の方針を相談すべき」
レオノールが【ストレージ】から光剣【クラウ・ソラス】を取り出して魔王に振り下ろした。しかもそれはワリと本気の斬撃である。
その予想外の行動に驚き、だがその程度は歯牙にも掛けずに魔剣【グルーム・ブリンガー】で受け止める。ただしその二振りが打ち合ったとき、互いに強烈に反発し合い轟音が響き、ちょっとした衝撃波が発生して城壁に
レオノールが持つ光剣【クラウ・ソラス】は魔王特効の不死殺しである。そしてヴァレリーの【グルーム・ブリンガー】は魔王の分体ともいえる魔剣。その相反する二振りが打ち合えば、本来であればその程度では済まないだろう。
「相変わらず愛情表現が過激だね、レオ。何か良いことでもあったのかい」
レオノールの全体重が乗った斬撃を苦もなく受け止めたヴァレリーは、ヤンチャな我が子にそうするかのように語り掛ける。まぁ全体重といってもまだ十歳であるレオノールは40キログラムにも満たないため、剣術や武術の習熟度が異次元なヴァレリーやナディにとって、物理的にもそういった意味合いでもそれは軽いものだ。
「お姉ちゃんに逢えて嬉しくて
「おお成程、それもそうだ。ボクとしたことが歓喜のあまり若さ故の純情な感情が理由なく反抗してしまったよ。流石は我が妹レオ」
「判れば良い。それにツンデレなもえおねの攻略はワリと難易度が高いから色々工夫すべき」
「ちょいとなんで二人してとんでもない相談してるのよ! 私はそんなの望んでないしそうなりたいとも思っていないからね!」
「そう言いながらも本気で抵抗しない口だけツンなお姉ちゃん。もえおね」
「そうか、それが『萌え』というのか。確かにボクは何時も何処でも何度でも、ナディを思うと燃えて萌えられる」
「だからなに言っちゃってんのよ二人して! 何度でも言うけど、私はそんなの全然望んでいないからね!」
そうして三人でギャイギャイ言い合っている様を傍観しているフロランスは、頬に手を当てて謎に恍惚とした表情を浮かべて熱っぽい吐息を漏らしている。あとアーチボルトは、取り敢えず見なかったし何もなかったとばかりに我関せずを決め込んでいた。
そんな益体も無い遣り取りが暫く続き、満足したのかやっと色々と落ち着いた姉妹と変た――ヴァレリーは、その場で竈門と焼き網を生成して戦利品であるお肉を焼く準備を始めた。
今サラッと竈門と焼き網を生成したと述べたが、竈門はともかく焼き網の生成はその構造上意外と難度が高い。なにしろ等間隔で鋼線を編み込まなければならない上に、お肉を焼くため焦げ付かないように滑らかに、細心の注意をもって作らなければならいのだ。
お肉を美味しく焼くために!
そうして姉妹が焼肉の準備をし、変た――ヴァレリーがナディを後ろから抱き締めて腰をサワサワしつつ首筋をクンカクンカして顔面に頭突きを喰らうという珍事というか、まぁいつものある種の事案が発生した。
そしてその現場を見ちゃったフロランスが盛大にドン引きする一コマがあったが、レオノールがアーチボルトにそうされるのを想像するように言うと、茹で上がったかのように真っ赤になった後で何故か夢心地に「いけませんわアーチボルト様」とか言いつつ、雷で充電する白くて細長い何かのようにクネクネしていたが、それはどうでも良いだろう。
そのアーチボルトだが、街に残している馬車とエンペラー・ブラッドレイ号――正式名称ヴィリバルト号を回収しに行っていて、フロランスの痴態を残念ながら見ていなかった。見ていたからといって何がどうこうするわけもないが。
そうして用意を終え、
「【クリエイト・ストーンウォール】【コントロール・アトモスフィア】」
街から見えないように巨大な石壁を築き、匂いが漏れ出ないように空気の流れを操作して遙か上空に飛ばし、遂に始まった。
焼肉パーティが!
何故街から見えないように目隠しをした上、匂いすら漏れ出ないようにしたかというと、確実に寄越せと来るからだ。
自身の住まう街がこんな事態になっているのに解決を他人任せにし、それが難しいと判断して勝手に絶望して何もしなくなる連中だ。その程度の恥知らず行為など当たり前にするだろう。
避難していた人々の方が、生きるために諦めない行動を取ったという意味で比べ物にならないほど立派だ。
そんな朝っぱらから焼肉パーティをするという、ある意味では有り得ない事態が暫く続き、【
「【アクティベート】【ディメンション・ホーム】」
王都用に【
「【クリエイト・マナツール】【センス・イービル】【グラント・オブ・カース】【マナ・ディプライヴ】【アブゾーブ・マテリアル】【クリエイト・マナクリスタル】」
そして良からぬことを画策するのも目に見えているため、お約束のホイホイセットを展開するナディであった。
「おお。これは新たに創ったのかい? なるほど、此処がボクとナディの愛の巣になるんだね」
【ディメンション・ホーム】を見て感心してそう言うヴァレリーだが、そんなことなど1ミリも思っちゃいないナディは、感動し切りなそれを置いてさっさと中に引っ込んだ。
ちなみにこの【ディメンション・ホーム】は、デフォルトで許可された者だけが入場出来る仕様である。それが例え影が存在する場所ならば何処にでも侵入可能な魔王様であっても、許可が無いと這入ることすら不可能だ。
「え? あれ? まだボクが入っていないんだけど……」
「
玄関ドア越しにそう告げられ、暫し呆然とするヴァレリー。そしてそれを反芻し、ちょっと格好良さげなポーズで考えた後、
「ちょっとナニ言ってるか判らないよナディ! どうして愛し合うボク達が別れなければならないんだい!? 悪い冗談は止めて入れておくれよ!」
その場に土下座をする勢いで崩れ落ちてから懇願する。まるで不貞を働いたか約束を忘れて深夜に酔っぱらって帰宅した夫のようだ。もっともヴァレリーはそんなことなど一切しないしその発想すらない。愛が過ぎてセクハラはするけど。
「入れるわけないでしょバッカじゃないの。今のアンタを家に入れたら、比喩表現じゃなく確実に孕んじゃうわよ」
「……ですわね。
身の危険を感じてそうぶった切るナディに続き、実情を見てやっと納得したフロランスもそう告げる。現状、ヴァレリーの味方は誰もいない。
「それよりヴァレリー。貴方、試験勉強はしていますの?」
そして続けてそう訊くフロランス。半泣きどころか全泣きしているヴァレリーがフリーズした。
「は? 試験勉強? なにどういうこと?」
なにか良く判らない単語が出て来て、ナディはちょっと困惑する。ヴァレリーはそれどころじゃなく慌てふためいているが。
「王国貴族は、よほどの理由がない限り成人を迎える者は例外なく学園に入学しなければならないのですわ。五歳からの幼年課程や十歳からの中等課程もありますが、伯爵以上の高位貴族の子息、令嬢は講師を招いて教育を行いますので、よほどのおバカ――ん、んん――よほどがなければ其方には行きませんの。そして勿論
「へー、そうなんだー。というか凄いねフロウ。飛び級って一般的にそんなに簡単には出来ないんじゃないの? あとえっちな咳払いありがとう」
「まぁ、そうですわね。でも試験に合格して博士号を取ればそんなに難しいことではありませんわ。……ひとのそれをえっちと言いますけれど、ナディのだって大概そうですわよ」
「それ、一般人は普通に出来ないからね。そもそも何年制なの? 私のはフツーだよー。んん、ん。ほら」
「そうですの? 努力すれば誰でも出来ると思いますが。ええと、主に平民向けの一般課程が三年で、貴族向けの高等課程が七年ですわ。あ、
「結論。二人は揃いも揃ってえっちな姉さま。えっちな二人。えちあね」
なにかの木の実が背比べをしているような、なにかがなにかを笑っているような会話をしている二人に、遂に謎の新語を生み出し謎に評価するレオノールであった。あと全然賛辞になっていない。
「レオにえっちって言われた……こんなにまともなのに……」
「
「あそーだった。んで、試験勉強ってどういうこと?」
「簡単にというか、そのままで言ってしまえば、入学には試験がありますの」
「うん、まぁ、学園なら一般的だよね。それって難しいの?」
「いいえ。貴族に生まれて当り前に教育を受けていれば、問題ない程度です」
「えー……その問題ないのを勉強しなくちゃならないって……もしかしてヴァルっておバ――」
「一応フォローしておきますが、ヴァレリーは優秀ですわ。ただし、史学と経済学が壊滅的なだけで……」
「あー……」
なんとなーく、理解してしまうナディであった。コイツ昔から歴史とか経済に興味ないというか、全部丸投げしてたもんなぁ。などと前世でのアレコレを思い出し、ついでに何故か別のことも思い出してちょっともじもじする。誰にも気付かれなかったけれど。
「極論から言いますと、他の成績が良ければ例え一教科が一点でも、〇点じゃなければ合格出来ますわ。なのに、なのにこのヴァカ――ヴァレリーときたら……!」
「……その二教科が壊滅しているのね……」
「そうなんですの。そもそも壊滅することすら難しいのに!」
「ある意味で才能ね。要らん才能だけど」
「だからちゃんと勉強するように言っていますのに、教えていますのに、このヴァカときたら!」
「どーせ『歴史を学んでもこれからを生きるボクには関係ない』とか『経済は回すもので学ぶものじゃない』とか、まるで役に立たない思春期にしか用を足さない無能を晒しているんでしょ」
「そう! そうなんですの! 判ります? そんな
「フロウ……苦労しているのね。よし判ったわ」
今までの苦労が一気にフラッシュバックしてきたのか、エキサイトしながら半泣きで嘆くフロランスであった。それを見ていられなくなった、というかその姿がいつぞやの自分とキレーに重なったナディは、玄関ドアを開けてその前で彫像と化しているヴァレリーに手を差し伸べる。
「ヴァぁルぅ」
そして慈愛に満ちた表情で、ちょっと恍惚としているような色っぽいような、ぶっちゃけえっちな視線を向ける。そんな視線を向けられたヴァレリーは、一瞬にして花が咲いたような笑顔を浮かべ、
「あ……ナディ。ボクは……」
差し出されたそれを取ろうと手を伸ばす。だがそれは叶わず、ナディはこぶしを握り締めて親指を立て、
「私、バカって嫌いなのよね」
立てた親指を下に向ける。そしてその表情も冷え捲るどころか絶対零度となり、そんなヴァレリーを完全に拒絶した。
そんなナディを目の当たりにした瞬間、ヴァレリーは影に沈んでその場を去って行った。
「あれ? えーと、なにがあったんですの?」
そんな良く判らない事態に困惑し、首を傾げながら訊くフロランスへ良い笑顔を向け、
「これでもう大丈夫。今頃ヴァルは勉強する気満々になっているわ」
その気満々というか、絶対に戦々恐々だろうなぁ。そう思うフロランスであった。
こうして【
帰途についていると、此処を発ったときと同じくヴィレミナ号に乗ったガエル氏が戻って来たため、事情を説明して「ヴァレリー様だから」と納得した彼は、そのまま馬車を二頭立てにした上で御者台に乗り、そのままとんぼ返りした。
その二日後。姉妹はやっと王都に到着したのである。
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