第十八話 襲撃から一夜明けて
リヒトが野伏せりたちを倒してから一夜が明けた。
次の日の朝に村人たちがすぐに役人に知らせに向かったが、距離のこともあって役人たちがフタラ村にやってきたのは夕方近くになっていた。
そんな役人たちは前もって事情を知らされていたが、野伏せりの集団を捕まえたなど実際はどこか半信半疑だったのだろう。
しかし、役人たちは拘束されている野伏せりたちを見るなり唖然とした。
「ほ、本当にこの人数を1人で捕まえたのか?」
やがて役人の1人がリヒトにおそるおそる訊く。
「さっきからそう言っているだろう」
リヒトはうんざりとした顔で答える。
先ほどから何度このやり取りを繰り返しただろう。
どうやら役人たちは実際に現場を見ても、やはり1人で野伏せりの集団を捕まえた現実を信じられなかったに違いない。
まあ、仕方ないわよね。
わたしも役人の気持ちは十分に理解できる。
この人数の野伏せりを1人で倒したなどとは普通は信じられない。
けれども、事実は事実である。
リヒトが持つ魔力総量は規格外であり、冒険者の中でも最高のSランクを与えられた魔法使いと比較しても遜色がないほどだ。
しかし、リヒトは魔法使いではない。
それどころかリヒトは「地水火風」の基本的な4属性の魔法はおろか、肉体を治療する「治癒属性」の魔法を1つたりとも使えない。
本来、魔法というのは魔力を超自然現象に変換して使う術のことを指す。
だが、リヒトはその魔力を別の物質に変換できる才能が欠如していた。
代わりにリヒトは別の才能を持っており、それが魔力自体を物理的な力として操作できるということだった。
例を挙げれば全身に魔力をまとわせて肉体を鋼のような硬度にしたり、肉体のある一点に魔力を集中させて巨大な岩石ですら素手で打ち壊せたりできる。
ギガント・ボアを倒したときもそうだ。
あのときのリヒトは拳に魔力を集中させ、鉄のように硬かったはずのギガント・ボアの額を陥没させたのである。
そんな昨日のことを思い出していると、役人は野伏せりたちに人差し指を突きつける。
「だが、こいつらもあんたもまったく怪我を負ってない。それはどう説明する?」
「それはお嬢さまの力だ。俺は野伏せりどもに手傷を与えたが、絶命する前にここにおられるアメリアお嬢さまが根こそぎ治療された。むろん、こうしてあんたたちにこいつらを引き渡すためにな」
リヒトは私に視線を向けると、「このお方がお嬢さまだ」と堂々と告げる。
「な、何者なんだ?」
役人たちの視線が私に集中する。
「申し遅れました。アメリア・フィンドラルと申します」
「アメリア……はて、どこかで聞いたような」
数秒後、役人たちは一斉に「あッ!」と驚きの声を上げた。
「もしや〈防国姫〉のアメリア・フィンドラルさまですか!」
「はい……まあ、正確には元なんですけど」
私が罰の悪そうな顔で言うと、リヒトはなぜか胸を張って「俺にとっては今でもお嬢さまは〈防国姫〉です」と答える。
そんなリヒトに私は「従者は黙っていなさい」と睨みつける。
「し、失礼いたしました! まさか、あの御高名なアメリア・フィンドラルさまとその従者の方とは思わず、大変失礼な物言いをしてしまって申し訳ございません! 平にご容赦を!」
役人たちは騎士が姫に敬意を払うようにひざまずく。
その様子を見て村人たちは「おお~」と感嘆の声を漏らした。
「おい、役人たちがあんな態度を取るところを見たことがあるか」
「あのお嬢さんはやっぱり都のすげえ御方だったんだな」
「なあ、俺たちもひざまづいたほうがいいのかな?」
と、村人たちもざわめき始める。
私は役人たちに「お願いですからやめてください」と言った。
「今の私は〈防国姫〉ではなく〈放浪医師〉なんです。それにこの村にも仕事の一環として立ち寄っただけで、この村を襲ってきた野伏せりたちを捕まえたのはたまたまなんです」
私は拘束されている野伏せりたちに顔を向ける。
すると野伏せりたちは次々にわめき始めた。
「だから俺たちは村を襲うつもりなんてなかったって言ってんだろうが!」
まだそんな世迷言を……。
私は両腕を組んでうんざりする。
夜が明けてからも野伏せりたちはずっとこの調子だった。
事の発端は、まさに昨日の夜だ。
私の〈手当て〉で治療されたあと、野伏せりたちは「ここはどこなんだ!」や「どうして俺たちが捕まってるんだよ!」と意味不明なことを口にしたのである。
表情もずっと困惑しており、本当に自分たちが何をしたのかわからないといった感じだった。
しかし、野伏せりたちの言うことなどまともに聞くわけにはいかない。
どうせ罪から逃れるために嘘をついているのでしょう。
などとあらためて野伏せりたちを見回していると、リヒトがそっと近づいてきて「お嬢さま、少しよろしいでしょうか?」と話しかけてくる。
「どうしたの?」
「おそらく、こいつらの言っていることは本当です」
私は眉根を寄せた。
「実は昨日こいつらと闘う前、妙な感じがしたのです。何と申し上げればよいのでしょう……まるで違法な薬物を摂取したような、もしくは誰かに操られているかのような感じです」
「それ本当?」
「はい、そのときは略奪行為の前で一種の興奮状態にあったのだろうとさして気にしませんでしたが、今のこいつらの様子を見ていると、ただの言い訳とはとても思えないのです」
う~ん、と私は唸った。
正直なところ、確かに野伏せりたちの様子は変だ。
私も多くの患者を診てきた身である。
目の前の患者が本当の病気を患っているのか、それとも詐病や仮病なのかの見分けが見極められるほど観察眼が磨かれていた。
その観察眼を以てすると、野伏せりたちは嘘をついてはいない。
となると、リヒトが言うように昨日の野伏せりたちは正常な状態ではなかったのかもしれない。
「ねえ、あなたたちにちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
私は野伏せりたちの前まで歩を進めると、威嚇するような目つきでたずねた。
「昨日この村を襲撃する前に違法な薬物なんかを摂取していた?」
「はあ? そんなもん略奪前にキメるわけねえだろう。頭がおかしくなって略奪どころじゃなくなるぜ」
これも本当だろう。
野伏せりたちの表情や声色はもちろん、おそらく心拍数にも変化はない。
だとすると――。
「じゃあ、もう1つ質問するわ。あなたたち、襲撃前にどこかガスが湧き出るような場所にいた?」
「ガス?」
「そう、もしくはそれに近しい場所とかね」
しんと静まり返った中、やがて1人の野伏せりが「まさか、あそこか」とつぶやいた。
「あそこってどこ?」
私が睨みつけながらたずねると、野伏せりはたじたじとした態度で答えた。
何でも野伏せりたちは昨日の昼間、このフタラ村から北東の方角にあった山の麓で奇妙な洞窟を発見した。
そこで野伏せりたちはお宝があるかもしれないと洞窟に潜ってみると、その洞窟の奥で3メートル近くの高さがあった水晶を見つけたという。
問題はここからだった。
その水晶を見つけたあとから、どの野伏せりたちもまったく記憶がなくなっているらしい。
「おい、その話は嘘じゃないだろうな?」
私の代わりにリヒトが指の骨を鳴らしながら確認した。
ヒイッと野伏せりたちの顔が真っ青になる。
「う、嘘じゃねえよ! 神に誓って本当だ! その馬鹿でけえ紫色に光っていた水晶を見つけたあと、気づいたら俺たちはあんたたちに捕まってたんだ! 本当だって!」
このとき、私の脳裏にあることがよぎる。
「お嬢さま、まさか……」
リヒトも私と同じ考えに至ったのだろう。
「たぶん、あなたの考えていることで当たりよ」
3メートル近くもある、紫色に発光していた水晶というとアレしかない。
一方の役人たちは「何のことですか?」と目でたずねてくる。
私は役人たちに告げた。
「魔力水晶石です。それもまったく未発見の」
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