第16話 兄・北条一久
2021年現在
北条国際貿易・北条グループの最高責任者は、
自由奔放な一凜とは正反対の性格で闇の匂いなど全くしない、
むしろ、ひ弱な印象さえある、七三分け髪型の似合う大人しい男だった。
だが豊富な資金で日本の政治家に献金で力添えし、場合によっては上限なく国家予算並みの金の提供も惜しまない、裏の社会では彼の名前を知らぬ者はいないほどの実力の持ち主でもあった。
噂では、日本のエリート気取りの馬鹿ボンボンが中東の王子とつまらない賭けで10億とも100億とも言われる負債を抱え、騒ぎになったとき黙って一切を引受、賭博の借金を肩代わりしただけでなく、
それを期に『日本ここにあり』と言わんばかりに中東に車両の提供を申し出て底知れない
『心意気と友情』を示したとされ、アメリカやイギリスが嫉妬したという逸話さえあった。
北条家・無尽蔵の金の延べ棒は今も健在だった。
「金は、追いかけると逃げるぞ」
追いかけることに興味を持たない人間にこそ「
北条一久には、超能力を持った嫁と娘・息子がいて家庭を大事にしており、朝8時に出勤し夕方5時には、きっちり帰宅して毎日を過ごしていた。
彼の趣味はワンちゃんを飼うことだった。
独身の頃、若き修行時代にアガルタ地下帝国に招待されチベットから入国する予定だったが、
現地の僧にエスキモーと呼ばれる民族の子供を届けて欲しいと頼まれ、
エスキモーの子供と二人で遠路はるばる一緒に旅をして、多少のいざこざはあったが約束を果たし、
「少し泊まっていけ」誘われるがまま彼らの狩猟生活を見学したり
夜空の星について学び、別れ際、エスキモーとの友情の証に、シベリアンハスキー犬の赤ちゃんを授かってからというもの、ハスキーの
その後も重要な仕事で
エスキモーたちはとにかく日本の乾麺を気に入って、袋ラーメンから蕎麦、素麺とダシの素を一緒に、ごっそり、お土産で買っていくのが定番となった。あと意外に缶詰などより日本のお菓子の方も評判が良かった。
そのお返しにと、また犬の赤ちゃんまで頂いてしまって
一久の館には、金網で囲まれた、ワンちゃんスペースが存在していた。
犬は飼い主に似ると、よく言われるが彼のハスキーもシェパードも大人しい静かな犬たちで、日常で『吠える』ことは、皆無に近かった。
ところが、この大人しいハスキーは、妹の一凜に会うたび
『吠える』
何度面会しようが、吠えるので原因を調べるべく一久の嫁・
時と場所により都合に合わせ、透明状態だったりしても、ハスキー犬は嗅覚と気配に敏感で誤魔化すことができない。
以降、目に見えぬ者から守ってもらうため一凜の兄・一久は、用心に自分の仕事場のオフィスにハスキー犬を置くようになった。
ハスキー犬たちは、一匹の時もあれば親子で多数の時もあったが
退屈であろうはずのオフィスでTVモニターを見ていたり昼寝したり、黙って一久のそばにいて、皆に可愛がられていた。
一久は仕事で多忙な男で、東京だろうが九州だろうが、出張していたが、その方法というのが執務室内に
『ワープボックス』があって一瞬で目的地の支所にハスキー犬とともにジャンプし現地の社員達に目的地まで車で送ってもらったりしていた、
最近は金の相談や政治の相談事であれば、向こうから訪ねてくるので、出張はめっきり減っていた。
2021年10月15日
北条一久に妹・一凜から「相談したいことがある」と連絡が入る。
こういう場合、大抵が北条一国際貿易の武器や車両・装備などの製造工場をあてにした一凜のわがままな相談と相場は決まっていた。
「兄ちゃん、近々、ちょっと大掛かりな逮捕劇になりそうなんだけど、装備の見直しと、意見が欲しいんだ・・・・・」
「どうした、お前にしちゃ何か弱気じゃないか?」
「うん、それが今、核物質を持ち去った犯人を相手にしてたんだけど
事前調査で厳じいがさ、何か変だっていうのよ、こんなの初めて・・・」
「厳さんが・・・・で、何が変だって?」
「うん、それが、出来れば大事にならないようにって厳じい、テレポートしてその犯人のボスに面会してきたらしいんだけど、ボスのやつ、嘘もつかず、あっさり「自分が犯人だ」って認めて、
核物質も、探してた偽札もアジトに保管して持ってて、
ある一家を殺したのも自分の部下だって認めたんだって、
で「日本の秘密警察だぞ、逮捕するぞ」って厳じいが凄んだらさ・・・
多分だけど、
あの「ヤハウェ・ブレーキ」がかかったらしくって時間が止まったんだって・・・・」
「なぁにー、時間が止まったあー・・・そりゃ大変だ・・・・」
「うん、厳じいが会話中に気がついたら目の前にいた犯人、綺麗に消えてたって、でナムサンに言って、犯人の思考データのモニター結果を出して欲しいってアガルタのマンダラマシンに頼んだら、前代未聞の返答があったらしいのよ」
「なんだ、その前代未聞って」
「それが【クロスタウン・アンノウン】とだけ返答があって、なにも答えてくれなくなったって、これってヤハウェ様の意思が何か介入してきてるんじゃないかって、厳じいも、ナムサンも言うのよ」
アガルタの量子コンピュータ・マンダラマシンが初めて沈黙した。
「ふーん、で厳じいと力道・戒道は今どうしてる?」
「うん、そのテロ犯っぽいやつの調べと核物質がどこにあるか、探ってもらってる、興信所職員で・・・」
「そうか、それでか、何日か前、体の点検やらメンテナンスをたのむって厳じい来たんだ、で防御シールドやら、手足の材質をとにかく最強にしてくれって、何か変だとは思ったけど、
うちで開発したスタンガンシステムと新しいワクチンを打った防御シールドがあったんで
試験的でよければってグレードアップしたばかりだよ」
厳じいは、とうに100歳を超えている。
アガルタの了解をえて、高度なテクノロジーを有す北条一久の手によって厳じいの体は、脳を残してほとんどがサイボーグ化されている。
そして、彼の弟子、力道・戒道も心臓と下半身・両腕は度重なる戦いの中でサイボーグ化していた。
「えー、聞いてない・・・で、これ、私にブレーキがかからないってことは、私たちと興信所や南警察、このまま動いて問題ないよね、何か見落としてるんじゃないかと思うと不安でさ、
兄ちゃん、何かわかったら、すぐ教えてね、本当、お願い、署員たちの命が懸かってんの」
「よし、解った、で、何から始める?」
「うん、まず、うちの白バイ、攻撃用に12台全部改造して、で南部拳銃のメンテお願い、150丁全部、
それとガトリング、ミサイル、防御シールドのヘッドギア150個、
医療班専用のヘッドギア50個、予備10個、
それと私の特注ボディスーツ、あとナムサンのボディスーツもお願い、
今回は放射線に注意しなきゃならないの、あとわがままで申し訳ないんだけど、アガルタロックのキューブアンカー10個と通信システムの強化お願い、
それから敵のアジト多分、防御シールドで囲まれてるみたいだから、例のシールドブレイカー、ブルドックに装備して欲しいの」
「ああ、わかった・・・」
兄、一久はイタリアの骨董店で購入したダリ・デザインのペンでメモしていた。
拳銃はリボルバー『南部S5タイプ』と多目的オートガン『南部7』があり、切り替えスイッチで鉛の弾と電気刺激で対象の物体を倒す目的のスタンガン使用が可能なアガルタテク・ガンで、
ヘッドギア装着時、保護メガネを使用すると各拳銃と照準が連動して、ロックオンした対象に対しプラズマ弾が命中するまで対象を追い掛け回す機能が付いている。
対象が逃げようが、物陰に隠れようが衝撃弾は曲がって追い掛け真上からも横からも命中するという代物だった。
「それから、会社で各国に提供予定のドローン、攻撃用に改造してアメリカ軍みたいに使用したいの、
10台とは言わないから、何台かシステム共用できる形で、お願いできるかな」
「ん?あのアウトサイダー、警察官になったのか?」
アウトサイダーとは、北条の名前を伏せて南署にスカウトしている
プロゲーマー達の事。
「いま説得中、ひょっとしたら特命の
「そうか、ゲーマーにハッカー、優秀な奴ほど自由が好きだもんな」
「あとさ、ナムサンのわがままで悪いんだけど、ってか私も希望があって、あの、いつだったか話に聞いてた高速振動ブレードの刀できた?
あと、コルトの『ピースメーカー2丁』スタンガンシステムの組み込み、あれも大至急、お願いしたいのよ」
「ああ、刀はもう完成している、すでに5本はあるから今日持っていけ、あとナーさんのピースメーカーは今テストしている、パワーアップにバレルが持たないらしくて、
今、強化改造中だが、あす、あさってくらいには、なんとかなりそうだよ、あと電磁ヌンチャクもできたよ」
「刀できたんだ、で威力は、どんな感じ?」
「まぁ、ダイヤだろうが真っ二つってところかな、切れないものは無いよ、あとでナムサンと試してみろ、それにしても、何だってピースメーカーなんだ、ムーさんか?」
「ああ、あれはムーさんが西部劇にハマっちゃって、どうしてもアレで悪人退治するんだって、どこまで本気なんだか革製のカウボーイハットまで買ったんだから・・・とにかく、ありがとう、兄ちゃん・・・」
この刀、切れないものはない。その上、グリップに穴があいていて引き金がついている。引き金を引くと刀先端から対象に向かってプラズマ弾が発射される機能まで付いている。
刀は、中小サイズも製造中で刃物の扱いに慣れているものにはナイフとしても配給される予定だ。
「だけどよ
「だからアンノウンなのよ、調査の結果どこかのマフィアじゃないかって事になってるけど、
厳じいが言うには、あれはアメリカ人だって、
でねタイムマシンの使用も全然許可が下りなくなっちゃったのよ、
だから喫茶店から南署、興信所のビルも厳重警戒体制よ、今」
「そうか、じゃ、うちの館や総合病院なんかもロックしておいたほうがいいな・・・・」
「全部よ、銀行もホテルも飲食店関係も危ないかもよ」
「で、結局、どうするつもりなんだ、アジトに突入するんだろ?」
「ん、考えたけど、結局、南署と興信所のメンバーだけで何とかするつもり、で怪我人が出るのは必須だから、兄ちゃん、病院、何人くらいまで大丈夫かな?」
「ん?それは警察の人間と犯人側の人間両方だよな・・・、とりあえず医療トレーラーは2台あるから、それで50人は対応できるが、病院はせいぜい40人までなら大丈夫かな、
無理して50人、そういえば、後始末も考えておかないと、処理班とパッカー車、考えておかないとな」
「うん、出来るだけスタンガンで対応するつもりだから、うまくいけば怪我人は少なくて済むかも知れない・・・・」
「たのむから放射能なんてのは、御免こうむるぞ、放射能汚染が出たら、救護処理能力は10パーセントまで落ちる、うちの先生方に死なれちゃ困る」
「それに対応したかったのに、なんで今回はマンダラマシン協力してくれないのかな・・・・・」
「神様たちは、なんと言ってるんだ?」
「うん、何かあれば駆けつけるって、心強い言葉はもらった」
「じゃ、心配いらないよ、どうもお前、珍しく固くなってるぞ、その気配、部下に伝染るから、
もっと適当に気楽に構えろや、今の時点で我々にブレーキは掛かっていないし、神様も見ていてくれる、
それと、もう少し自分の部下たちを信頼しないと、少しポジティブに考えよう、なっ」
そこで黙って話を聞いていたハスキーが吠えた。
「ワンっ」
「ははは、一凜、太郎も心配するなとよ」
「うん、ありがとう太郎、兄ちゃん」
だが一凜の不安は消えることもなく、いよいよ父上と母上に協力を申し出ようかと迷い始めていた。
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