第2話 魔王が死んだらしい
西の魔王が死んだ。
国の四方を魔王領に囲まれたここクレセルロス王国において、そのニュースがもたらした衝撃は計り知れない。
勇者一行が国を出発してからたったの3年、200年以上続いてきた均衡の一つが崩れたのである。
しかし一つの時代が大きな音を立てて動き出したその日からちょうど1週間後、世の中のお祭り騒ぎが終息した頃にその男はやって来た。
そのタイミングは運命のいたずらか、はたまた神の気まぐれか。
そう、リンタローが異世界からやって来たのである。
******
「くっ…!なぜワシは逆らえないんじゃ!なぜこの場から動くができないんじゃ!大王であるワシが、まんまと貴様の策略に引っかかってしまったという事か!?」
「……別に僕は気に入ってくれたようでよかったけどさ。……鏡見てみ?めっちゃ面白いぞお前。ほれ」
「くっ、こんな屈辱は初めてじゃ!殺せえ!…んあ」
マオの発言だけ切り取ってみれば僕がとんでもない拷問で幼女を苦しめているようにも聞こえるが、実際のマオは僕の四畳半の中コタツに首まで埋めて、ぴょこんと飛び出した顔にはホットアイマスクを装着し、更には上からみかんを一粒ずつ落としていく僕の掛け声に合わせて口を大きく開いていた。
空腹でぶっ倒れたマオにいざという時の為に取っていた非常食を食いつくされた僕が仕方なくみかんを一粒ずつ食わせてやっているというのが今の現状だ。
しかし当然僕の家に足を踏みいれたマオがこの部屋の異質さに気付かないわけがなく、この異世界では見た事も無い道具に溢れた部屋の内装に目を輝かせたマオに僕の四畳半を好き勝手侵略されておよそ30分。
最初は冷蔵庫のヒンヤリ具合にビビったり、壁掛け時計を取り外そうと短い手を必死に伸ばしたりしていたのだが、そんな可愛かったのも今は昔。
もはやこの部屋に馴染みまくっているこいつは出て行くつもりがないのか、一人でコタツを占領するというS級戦犯をかましながらめちゃくちゃくつろいでいた。
「このコタツというものは悪魔的じゃの!誰がこれを発明したんじゃ、このワシがアカデミー賞を贈呈してやろう」
「なんでだよ。せめてノーベル賞あげてやれ」
「アカデミー助演男優賞に決まっておろう!あほか!!ぶちのめすぞ!!」
「これ僕がおかしいか?」
こんな事を言いながらも僕はみかんを落とすと、マオは必死に口をパクパクして頬を緩ませる。
「分かってるのか、マオ。お前がこの部屋にいるってだけで僕はいつ女児誘拐の嫌疑をかけられても言い逃れができなくなってるんだぞ。腹が満たされたんなら…」
「仕方ないではないか、この部屋がワシを呼んでおるんじゃ。それに狭いがいい部屋じゃ、心が落ち着く」
「海が俺を呼んでいる的な言い方で言うな!ま、僕の部屋を褒められるのは悪い気はしないけど」
僕は頭を掻きながら辺りを見渡すが、解決策が落ちているなんて事はなく再びマオの方へ視線を落とす。
確かに異世界人から見たら僕の部屋はかなり異質に映っただろう。
小さめの冷蔵庫と電子レンジ、そして壁掛け時計にコタツ。
ざっと見渡しただけでもこの世界では見た事も無い物が多く揃っている。
毎日このユートピアを綺麗に片づけている身としては居心地がいいと言ってもらえると内心嬉しくはある。
そんな所で、改めてマオの状況を整理しなければいけない。
こいつがただならぬ幼女であるという事にはなんとなく気付いているし、恐らく親や住む場所がないというのは本当の事なのだろう。
しかしだからと言って僕がこいつを匿ってしまえば完全なる誘拐犯として捕まってしまうし、なにより一人を養うほどそんなに余裕もない。
やはり憲兵に預けるのがこの場合の最適解だ。
するとそんな事を考えていた僕の方へ顔を向けたマオがホットアイマスクを取って、じっと僕の目を見つめてくる。
緋色の瞳は少し潤みながらゆらゆらと、それでもまっすぐに僕の瞳の奥を見つめていた。
「な、なんだよ」
「……この部屋は何なんじゃ。このコタツというものも全く魔力を感じないのに暖かい。これだけでも不思議じゃが、こんな異質な部屋がこの建物だけに現れているのもおかしい」
「……僕がちょっくらリフォームを張りきっただけさ」
僕は思わずマオから目を背けるように答える。
しかしマオが抱いた疑問は当然のものだし、この部屋を見た誰もが同じような疑問を抱くだろう。
幼女だからと言って舐めていたがやはりこの部屋はあまり人に見せるものではなかったか。
当然、馬鹿正直に神様が異世界転移に際して用意してくれたなんて言えないし、ここは誤魔化すほかにない。
僕はもうちょっと誤魔化しておく必要があるかと不安に思ってマオの方へ視線を落とすと、マオは頷きながら呟く。
「なーるほど、リフォームじゃったか!張り切り過ぎて現代技術すら超越するテクノロジーを取り入れてしまったという事か!」
「そ、そうそうそう!張り切り過ぎてつい時空超えちゃった時は死んだかと思ったんだよなぁ、懐かしいなぁ」
「そうかそうか!時空を超えるなんてよくあることある事じゃしなぁ……なわけあるかぁ!!ボケえええ!!」
「ちっ、勘のいいガキは嫌いだよ」
激高したマオがその辺に散らかっていたゴミたちを投げつけてくるもんだから、僕も投げられたゴミを投げ返したりして応戦する。
子供相手に何をやってるんだ、と冷静になってしまったら負けなので何も考えずに遊んでいたら部屋はとんでもない惨状になっていた。
「ちょ、たんま、たんま!」
「え?たまたま?それだったらリンタローの股についておろうが」
「どんな聞き間違いだ!?なんで幼女相手に金玉の在りかを尋ねる変態になってるんだよ、僕!?違う、ちょっと待てって言ってるんだ」
僕が必死に制止してやっとゴミの投げ合いは終結したが、散らばったゴミたちを片付けながら尋ねる。
「……この部屋の詳細はともかくだ、見てわかる通りこの部屋にお前を養う程の余裕はないし、捕まりたくもない。親も住む場所もないって言うなら、やっぱり憲兵に保護されて……」
「嫌じゃ!なぜこのワシが人間共に管理されなければいけないのじゃ!そもそもワシがこうなったのは、奴らのせいじゃ!」
マオは不貞腐れたようにコタツにくるまると、頭もすっぽりコタツ布団の中に隠してしまう。
この世界は現代日本なんて比べようもないくらい生きる事にシビアな世界だ、きっと僕の想像もつかないくらいの痛い思いをしてここまで来たのであろうという事は容易に想像がつく。
「………お前の過去に何があったのかは知らない。だけど、別に僕はお前を見捨てたいなんて微塵も思ってない」
「え?」
「お前が苦しいと言うならば憲兵に行かなくてもいい、一緒に別の方法を探そう。ずっと居座るって言われたら勿論困るけどさ、嫌なんだったら無理矢理今すぐお前をほっぽりだすなんて事はしないよ」
「……お主はいいのか?」
マオは恐る恐るといった風に顔を出して僕の方へ視線を向ける。
僕は一旦作業をやめてあぐらを組みながら答える。
「この世界に一人で放り出される怖さと寂しさは僕が人一倍分かってるつもりだからさ。境遇は違えど同じように困ってる奴と仲良くなっちゃったらもう、忘れる事なんてできないもんだ。お前が気にしてくれる必要はないよ」
僕はよっこらせと立ち上がるとマオの頭に手を置いてふっと微笑む。
マオはそんな僕を見て目を見開くと、僕に撫でられた頭をさすりながら、突然ギュッと自分の髪の毛を掴む。
「…ん?ない!ワシの髪飾りが」
「え?そんなもの初めに会った時からお前つけてなかったぞ?」
「え?それじゃあこの街のどこかで…!」
顔を真っ青にしたマオは呟くが、最後まで言い終わる前に無遠慮なノック音が部屋に響く。
その音には僕もびっくりして思わず玄関の方へ振り向いて肩をすくめる。
この日この時、僕は扉を開けた。
それが僕を世界征服へ向かわせるキッカケになってしまう事になるとは露知らず。
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