ある人形の回想


 は多くの土と少しだが様々な種類の素材、そして魔力だけで作られた。見た目は人間そっくりで瞳は潤っているように光を反射し、体の表面も人肌のような薄ピンク色に血色を帯びているように色付けされている。


 人形は自分を創った主人に「しばらく研究で小屋に籠るからモンスターを近づけないようにするです」とだけ命令されたので、言われるまま小屋に近づいてくるモンスターを狩っていた。


 しかし、それは初めに込められた魔力が尽きると動けなくなってしまう。


ご主人様マスター、そろそろ魔力が尽きてしまいそうです」


 ある日、もうすぐ自分の中にある魔力が尽きかけたことに気付いた人形は抑揚のない無機質な声で主人に魔力の補給を願った。


「いちいち魔力を込めるのも面倒です。そうだ、これからは自分で魔力も集めなさいです」


 そう話した主人は、人形に自分の持つ知識の一部と自分で考えて行動する自立機能を授けた。そのおかげで人形はモンスターや植物から少しだけ魔力を奪う術を身につけた。


 人形は考えた。


 小屋に近づいてくるモンスターを狩っているだけでは魔力は減る一方である。ここ最近はモンスターを狩りすぎたせいか小屋周辺に近寄るモンスターもいなくなってしまった。


 人形は森の奥へと一人で入り、モンスターを狩ることで魔力を補給するようになった。


 自分で赴いて狩りをするうち、人形の中に一つの考えが浮かんだ。


 この森のモンスターを全て狩り尽くせば主人に危害を加えるものはいなくなる...と。


 しかし、ここウェスタ大森林はとても広く、人形一人でモンスターを狩っていてはどれだけ時間がかかるか分からない。そう考えた時、人形はモンスターを使って他のモンスターを狩る方法を思いついた。


 主人に授かった錬金術を使用して早速モンスターを捕まえると、そのモンスターに自分の体の一部を埋め込んで半自動で操作することに成功した。


 モンスターに与えた命令は、『魔力を持つものを狩ってこい』という至極単純なものだったが、そのモンスターが捕まえてきたモンスターをまた操ることで人形に操られるモンスターの数はあっという間に百を超える数になった。


 そうなると、主人のいる小屋は操ったモンスターに守らせて自分は自由に魔力供給のために森を動ける。


 そんな生活が一ヶ月ほど続いたある日、人形の中に変化が生まれた。


「ご主人以外の生物がいなくなれば、ご主人に危害を加える存在がいなくなるのでは?」


 その頃には森の中にいたほとんどのモンスターを狩り尽くし、命令を下したモンスターが人里近くに出てしまい何体か人の手によって倒されるのを感じていた。


 創り出した主人ですら予期しなかった暴走を始めた人形は、モンスターの大群を近くの街へと仕向けた。


 しかし、その百を超えるモンスター達は一瞬にして倒されてしまった。


 モンスターでは人を狩れないと判断した人形は自ら街に行くことを考えたが人間の数はモンスターの比ではなく、強さは圧倒的にモンスターより上である。来るべき人間の街の襲撃に備え人形は森の奥深くで魔力をかき集め始めたのだった。





  ◇◇




「おかえりなさーい!」


「...ただいま」


 嫌というほどステラとの自慢話を聞かされたディアントは、クララに元気よく出迎えられても小さな声で返事をするだけだった。


「”オーバーフロウ”の手がかりは掴めました?」


「あっ...」


「あっ、てなんですか?」


「いや、そういえばそんな事もあったなーって」


 ミスティに追いかけ回されたせいですっかり忘れていた。


「何しに行ったんですか?」


「俺が聞きたいよ...」


 こっちが命の危機に瀕していたことなんて知らないクララに冷たく言い放たれたが調査を忘れていたのは自分の落ち度に変わりないので言い返せない。


(でも、今日は一回もモンスター見なかったな。”オーバーフロウ”ならモンスターの動きが活発になるはずだから一匹ぐらい見ないとおかしいんだけど...、やっぱり何かの勘違いだったのか?)


「ステラー!ただいまです!」


「ミスティちゃんおかえりなさい。いいものは見つかりました?」


「うん!」


 相変わらず態度ががらりと変わるミスティを見て、ディアントはふと一つの考えが思い浮かび歩き出す。


「俺も手伝ったから大量だったなミスティ」


「えっ...ま、まぁそうですね。ありがとうです」


 歯を見せて笑いながら近づいてくるディアントを怪しく感じながらも、ステラの手前特に言い返せずに肯定していると、


「どうしたんだよミスティ。さっきまで一緒に森を歩いてる時は「ディアントさん大好き!」って言ってたのに...」


「はぁ!?」


 突然何を言い出すんだこの男は?そんなこと言った覚えはないし、わたしに殺されそうになっておきながらどういうつもりなんだとミスティは驚いたが、


「そうなんですか?ミスティちゃんとディアントさんが仲良くなれたみたいで嬉しいです」


 ステラのその一言でディアントが何を考えているのか察した。


(こいつ...!?わたしに恥をかかせる気ですね?)


 しかし、気付いた時には既にもう手遅れだった。


「そうなんだよ。すっかり仲良くなっちゃってさ。ほら、さっきみたいに抱っこでもしてやろうか?」


「抱っこ!?」


「そうだよ?したじゃんさっき」


(よくも抜け抜けとそんなことが言えるな)


「ステラもミスティのことよく抱っこしてたんだろ?」


「ミスティちゃんから聞いたんですか?そうなんです、私もミスティちゃんはよく抱っこしてましたし、仲良くなれた一つの証みたいなものって感じましたね」


(帰り道でこいつにステラとの話をしたのは間違いだったです。こんな形でやり返されるとは...)


 懐かしそうに話すステラは悪意なくこちらに笑いかけているが、対するディアントは明らかに悪意を抱いているにやけ面で腕を広げてミスティを迎えている。


(う...嫌です!こんな奴に抱っこされるなんて絶対嫌です!)


「ミスティちゃんもSランク冒険者ですけど、年齢はまだまだ子供ですし私にしてた時みたいに甘えたい時は甘えていいんですよ?」


 ステラの無邪気な追撃により、もはやここで断ることは不可能になった。


「わ、わーい。ディアントサンダイスキデスー」


 感情を殺したミスティは、心にもない台詞とともにディアントの胸に飛び込む。


「かわいいー!ディアントさん!次あたしが抱っこしてもいいですか?」


 その様子を見ていたクララは甘い声を出しながら自分の腕を広げて順番を待っている。


「...お前は...絶対に殺すです」


 ミスティは恥ずかしさのせいでまた泣きそうになりながらディアントの耳元で呟く。


「もちろん俺も大好きだぞー?」


 かけられた迷惑の仕返しができたディアントは、この後本気で殺されるんだろうなと感じながらも今の満足な感情を味わっていた。


 その後、諦めから人形のように動かなくなってしまったミスティはクララとステラにも抱っこされたのだった。

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