錬金術師と追いかけっこ


 ウェスタ大森林へとやってきたものの、ディアントとミスティの間に未だ会話はなかった。


 何も知らない人が見れば親子で仲良くピクニックにでも行っているように見えるだろうが、そんなかわいいものではない。


「あのー...」


「なんです?」


「ウェスタ大森林で何を探すのか聞いてもいい...でしょうか」


 一回り以上年下の子に丁寧な言葉遣いで質問しなければならない状況にはまだ慣れないが、いつまでも黙っているのも気まずいので質問してみると、ミスティもただ歩くのは暇だったのか特に文句も言わず答えてくれた。


「ユグドラモドキです」


「ユグドラモドキ...ですか?」


「まさか知らないです?」


「いや、知ってはいる...いるんですけど、珍しい物なんで」


 ユグドラモドキとはあらゆる病に効くとされる薬草『ユグドラ』に見た目が良く似ているが、病に対してはなんの効果もないただのちょっとした薬草である。しかも、ユグドラより効果はないくせにその数の少なさはユグドラとほぼ同じと言われているなんとも厄介な存在である。なので、本来はユグドラを探している人が間違えてユグドラモドキを採ってくるという問題があるものなのだが、その偽物を探す人は初めて見た。しかし、


「ウェスタ大森林でも発見例はありますけど、ユグドラモドキを探すとなると短くても半年以上、長ければ何年もかかりますよ?」


 前回ウェスタ大森林でユグドラモドキを発見したのも確か十年以上前だったとギルドの資料で読んだことを思い出す。


「捜索自体は二ヶ月ほど前からしてるです。ステラに会いに行く道中で閃いたことがあったからウェスタ大森林に籠って研究してたですから」


 どうやらミスティもその事は承知している様子で返事をした。


 しかし、二ヶ月ほど前となると”オーバーフロウ”騒動の少し前からということになるけど大丈夫だったのかと一瞬考えたが、Sランク冒険者にわざわざ大丈夫だったか聞くのは野暮というものだなと言葉を引っ込めた。


「しかし、元冒険者のくせにユグドラモドキも知らないのかと思ったですよ」


「あれ?俺が元冒険者なんて言いましたっけ?」


 ミスティはさっきの俺の反応を小馬鹿にするつもりで話したようだが、それより俺の素性を知っていることに驚いて聞き返すと、


「あ...えー、そ、それぐらい分かるです!ギルド職員が元冒険者なんてよくある話ですし?」


 手をあちらこちらへ動かしながらこれ以上ないくらい狼狽えた返事が返ってきた。その慌てふためいている姿は年相応の女の子に見えるが、事務室でも俺を知っているような素振りを見せていたこともあり可愛らしさよりも怪しさが目立ち始めていた。


 そうなると、ウェスタ大森林で二ヶ月前から籠って研究していたというのも何やら怪しく感じてきたので聞いてみることにする。


「なぁミスティ。お前俺のこと知ってるよな?理由聞いてもいいか?」


「はぁ!?なんですその口の聞き方!」


「いや、今はそういうのじゃなくて本気で聞いてるんだ。つい一ヶ月前にウェスタ大森林からキャンテラの街に”オーバーフロウ”に似た現象も起きてるから、もしかしてそれに関与してたりしてないよな?」


 ”オーバーフロウ”の原因調査はギルドとしても優先すべき仕事なので毅然とした態度でミスティに詰め寄る。関係ないと言ってくれれば、また今までのように下僕ごっこに付き合うのもいいが、今はそんなことより確認が大事だ。


 すると、


「う、うぅ...」


「えぇ!?なんで泣くの!?」


 別に怒ったつもりはないのに、ミスティは目に涙を溜めて鼻を啜り上げ始めてしまった。


「なんでお前みたいなやつに...うぅ、ステラまで奪られて...挙げ句の果てに事件の犯人扱いまでされるなんて...ぐす、許さないです」


「別に犯人扱いしようとは思ってないし、なんで急にステラが出てくるんだよ。奪ったってなんの話だよ?」


「うるさいです!」


 何やらよく分からない話を始めたミスティを落ち着かせるべく優しく話しかけたが、彼女がローブの中から取り出した小瓶を見て状況が変わった。


「待て待て待て!それはマズいですってミスティさん!」


「お前さえいなければステラはわたしのものです!大丈夫、みんなにはその辺のモンスターにでも食われたと伝えておくですから...」


「さらっと殺すって言ってません!?」


 次々と小瓶を投げつけてくる錬金術師との命懸けの追いかけっこが今始まる!

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