視察者ノズール
(はぁ、なぜエリートであるこの僕がこんな辺境の地までやってきて、辞めた冒険者に復職してくれと頼みに行かなければならないのでしょう)
馬車に揺られながら気怠げに外の景色を眺めるている冒険者ギルド本部の職員 ノズール・カナハタ は自慢の高い鼻、というより他人から見れば高すぎる鼻をハンカチで磨き、本部に言い渡された指令に不満を抱きながらキャンテラの街へと向かっていた。
(大体、視察なんて形式を取ってまで戻ってきてくるよう頼むなんてどうかしてますよ。相手は冒険者、言ってしまえば腕に自信があるだけのただのごろつきでしょうに...。<黒の戦乙女>なんて大層な二つ名までつけられているらしいですが、黙って戻ってこいと言えば済むでしょう。あとは辺境のギルド職員共を少々いじめて楽しむとしますか)
最近ギルド職員として働き始めたノズールはステラと会ったことがないため、彼女を復職させることにやる気を感じられず、キャンテラ支部の職員達をどうからかおうかとばかり考えながら暇を潰していたが、そんな彼の考えはすぐに改められることになる。
「お待ちしていましたノズールさん。キャンテラ支部ギルドマスターのハイルドです。本日はよろしくお願いします」
馬車を降りたノズールに挨拶をしてきたむさ苦しい大柄な男の後ろに並び立つ女性職員二人の中からステラを当てるのは簡単だった。
二つ名の通りの黒く長い髪に見れば見るほど吸い込まれそうになる程の黒い瞳が大きく見える小さな顔、彼女こそギルド本部が連れて帰ってこいと言っているステラ・ジェットなのだろう。
「どうぞよろしく。視察者のノズール・カナハタだ」
頭を下げていたハイルドの横を通り抜けたノズールは、ステラの前で握手の手を差し出しながら反対の手で自慢の鼻をこれみよがしにピンと弾いてみせた。
◇◇
冒険者ギルド本部からの視察者と聞いて一体どんな奴がくるのかと身構えていたクララは、馬車から顔を出した男を見て思わず吹き出しそうになっていた。
(うく...だめだめ、笑っちゃだめ。.........いや無理でしょ何あの鼻...まさに顔面凶器でしょ...)
幸いこの時のノズールは、ステラ以外の人物が目に入っていなかったので、笑いを堪えて顔は赤く頬は膨らみ体は小刻みに震えていたクララには気付かなかったが...、
「どうぞよろしく。視察者のノズール・カナハタだ」
「ぶふーっ!?」
そんな決め台詞とともに鼻を弾いたノズールを見て我慢は限界に達した。
「何かおかしかったかね?」
その瞬間、ステラからクララへと視線を移したノズールは彼女を睨みつけた。
「いえ、何もありません。でもギルドマスターはこちらのハイルドさんなのであたし達のような一職員なんかに握手せず彼と握手して下さい」
笑いを堪えたせいで引き攣っている笑顔をしながら、ステラとノズールの間に割って入りハイルドの方を手で指すクララに疎ましさを隠しもしない顔をしながらハイルドに握手の手を差し出したノズールは彼と握手を交わした。
「それじゃあ早速ギルドの視察を始めたいのですが、案内は君にお願いしてもいいですかね?」
握手したてをすぐさま離したノズールは、ステラを案内役に指名した。
「いや、彼女は最近働き始めたばかりですので私が案内しますよ」
「いえいえ、ギルドマスターが各部署に顔を出せば緊張感が走りますし、その時だけしっかり働こうなんて思う輩がいては困りますからね、あくまで一職員の彼女にお願いしたい。それとも何かだめな理由でもあるんですか?」
すかさずハイルドが立候補したが、もっともな理由で拒否されてしまう。
「じゃああたしもご一緒しますね」
「いや、別に彼女一人でも...」
「ハイルドさんが言った通り彼女は働き始めたばかりなのでわからない部分も多いのでノーズさんの質問にお答えできないこともあると思いますので」
「僕の名前はノズールだ!勝手に妙な名前に変えるな!......まぁいいです。ではあなたも一緒に来て下さい」
「かしこまりました!」
視察に同行することに成功したクララは、後ろのハイルドに任せろとばかりのウインクをしながらステラとノズールを連れてギルドへ入っていったが...、
「今日でこのギルドも終わりか...」
その後ろ姿に不安しか感じないハイルドは遠くを見ながら諦めたように呟いた。
「ここが総務部の事務室です。職員はあたしとステラさんともう一人ディアントさんの三人です」
ギルド内に入ったクララは、まず総務部の事務室に案内したのだが、
「部署に誰もいないしずいぶん書類も溜まっているようですが、ちゃんと働いているんですか?」
「なにぶん人手不足なんで、書類が溜まっているのはいつものことですし...」
「人手不足を理由にいつも仕事を溜め込んでいると...これは問題ですねぇ」
「い、いやいや!でもちゃんとこなしてますし、問題はないですよ?」
痛いところを突く質問にあたふたと答えるクララを見て、ノズールは呆れたようにステラの方に話しかける。
「こんなところで働くより、ギルド本部に戻って冒険者として働いた方がいいんじゃないですかステラさん」
「いえ、私はもう完全に冒険者を引退した身なので戻るつもりは一切ありません」
冷たい目をしてはっきり言い切ったステラを見て、ノズールはこれはなかなか骨が折れそうだと感じた。
(まぁ、ゆっくりとやっていきましょうか。やろうと思えば強硬手段だってありますし...)
「じゃあ次はギルド併設の酒場を見させてもらいましょうか」
ノズールの提案で、ギルドの酒場へ向かうと今日はそこそこの客が入っているらしく厨房の中も慌ただしく動いていた。......ロンドール以外だが。
「おや、今日はどうしたんだい?仕入れの注文書に問題でもあったかな」
手は素早く動かしながら厨房に入ってきた三人に気付いたロンドールはいつも通り気さくに話しかけてきたが、当然彼も事前に視察が来ることを知っているのでわざと知らないふりで接している。そんなロンドールにクララもわざとらしくノズールを手で指し示しながら紹介する。
「ロンドールさん。こちら本部から視察でこられたノズール・ハナタカさんです」
「ノズール・カナハタだ!君はわざと僕の名前を間違えているのか!?」
「すいません。名が体を表し過ぎていたのでつい...」
「それは謝罪になっていないんだが...」
もうクララの失礼な態度に諦めがついたらしいノズールは厨房のチェックを始めると言ってあちこちを見て回り始めた。
「ステラさん。ちょうど今人手が足りなくてさ、しばらく手伝ってくれないかな?」
「え、今ですか?」
今いる客の量からして絶対に必要ないはずなのに手伝いを頼まれたことにステラが困惑していると、ロンドールが彼女に近づき耳打ちする。
「そうそう。実はディアントに頼まれててね。ステラさんを視察のやつからできるだけ引き離して欲しいって」
「ディアントさんがですか?」
「普段は恥ずかしくて直接言わないだけで、陰ではあいつステラさんのことベタ褒めだからね。本部の人間なんかに持ってかれちゃ困るんだよ。もちろん俺たちもそう思ってるよ」
そう言ってロンドールが厨房の料理人達に目配せすると、彼らは合わせたようにこちらを見て頷いた。
「皆さん...分かりました。手伝わせていただきます!」
「じゃあちょうど今ウェイトレスの子によく絡む迷惑客が来てるから料理を作ってくれるかい?」
「はい。撃退用ですね」
ステラの料理は商品としては出せないが、前回の手伝いからロンドールにより迷惑客にサービスという体で提供する撃退用料理としての使い道を見出されていた。
それから、ノズールがクララの案内で酒場の視察を終えたタイミングでステラの料理が出来上がった。
「おや、ステラさん。厨房の手伝いに入ることもあるんですね。畑違いの仕事をやらされるとは、やはり労働環境が悪いですね。冒険者ならこんなしんどい思いはせずに済むのに...」
嫌な言い方で冒険者に戻れと暗に勧めるノズールは、ステラの前に置かれた料理に気付く。
「ふむ。しかし美味しそうですし、匂いも食欲をくすぐりますね。少し味見を...」
「あ、それは...」
ステラの警告虚しく、無断で料理をつまみ食いしてしまった。
「ふむ、これは...濃厚なソースの中にバリバリと固く口内を攻撃してくるパスタに、後味はさっぱりしていそうで傷付いた口内を刺激する辛味と酸味がなんとも......うごがば$&%#〜〜!!??」
みるみる顔色が悪くなったノズールは泡を吹きながら地面に倒れてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます