視察と異常
翌日の朝まだギルドが営業開始する前にディアント、クララ、ステラの三人はハイルドのいるギルドマスターの部屋へやってきていた。
「朝早くからすまんな。伝達事項は二つある」
ハイルドは短く挨拶をすませてから本題について話し出した。
「冒険者ギルドの本部からの通達なんだが、今日本部から直接の視察がやってくるらしい」
「「今日!?」」
思ったより急な話にディアントとクララが声を上げる。
「突然のことで申し訳ないが職員全員には視察の方に失礼のないよう気をつけて欲しいということ。それともう一つ、近頃ウェスタ大森林近くの魔物の動きが活発になってきていると数人の冒険者達から情報が入っていて、こちらの調査にも人手が欲しいので積極的に冒険者達に手伝ってくれないか聞いてほしい。...とまぁ連絡事項はこんなところだが、何か質問はあるか?」
「視察なんて初めてなんですけど、具体的にあたし達は何すればいいんですか?」
視察なんてものは滅多に行われないのでディアントも聞きたかったことをクララが早速聞いてくれた。しかし、ハイルドはその質問に対し何故かステラの方を向いて「それなんだが...」と少し話しづらそうに続ける。
「本部は形式上視察という体を取ってはいるが、ベーゼが聞いた噂によれば本部がステラを冒険者に戻すために説得に来るためのだそうだ」
ディアントは何かノルマでも言い渡されるのかと身構えていたところに肩透かしをくらってしまった。しかし、理由を聞いてみればおかしいこともなかった。
(ステラほどの冒険者を職員にしておくなんてギルド側からすればもったいないことこの上ないからな。そりゃ説得にもくるか)
「私は絶対ここをやめませんよ!」
元トップ冒険者はすごいなーなどとディアントが呑気に考えていると、ステラは一歩前に出てハイルドの机に乗り出さんとばかりに拒否の声を上げた。
「そんな理由で視察に来るなら絶対に職員は辞めないから帰って下さいと伝えて下さい」
珍しく感情的に喋るステラにディアントもクララも驚いてハイルドに視線を移す。
「そりゃあこちらとしてもステラ君は優秀だから手放したくはない。しかし、向こうさんも視察という大義名分をかざしているから理由もなく断れないんだよ」
そう話すハイルドもステラの反応に驚いてか普段より申し訳なさそうにしていた。
「まぁ、もし冒険者に戻るように言われても今みたいに断ってくれていい。あんまりしつこいようならギルドマスターとして正式に苦情を入れるから...」
「......分かりました。すいません取り乱してしまって...」
落ち着きを取り戻したらしいステラは普段通りの声色に戻って一歩下がった。ディアントとクララは、
(そんなに冒険者やりたくないのか...)
と思いながらステラに目を向けると、二人の視線に気付いたステラは恥ずかしそうに顔を逸らしてしまった。
「ほ、他に何か質問はあるか?」
気まずい空気が流れたのを感じたハイルドが問いかけてきたが明らかに声がうわずっている。
「あ、そういえば...」
ステラのことで驚いて忘れるところだったが、ディアントは昨日ザック達の付き添いをした時の違和感を思い出す。
「昨日ザック達とゴロン洞窟に行ったんだけど、その道中のウェスタ大森林で戦ったシルバーウルフの様子が変だったんだよ」
ウェスタ大森林といえば初級冒険者や中級になりたての冒険者でも比較的安全に探索できる場所として知られているはずなのだが、そんな場所でディアントが違和感を覚えた魔術師のメリッサを集中して狙う動きをしたシルバーウルフが出てきた場所である。
そのことをハイルドに伝えると、どうやら他の冒険者達も同じような戦い方をするシルバーウルフに襲われたらしく、しかもディアント達が出会ったのより数も多く、Cランクの中級冒険者達にまで被害が出ているらしい。
「やはり早急に手を打つべきか...」
事態は思ったより深刻かもしれないと感じたハイルドは顎に手を当てて考えこむ。
「じゃあギルドからの依頼として最低2パーティー以上での受注にして貼り出そう」
「それがいいな。頼めるか?」
「了解!」
ディアントの意見に賛成したハイルドはすぐに依頼を掲示板に貼るよう頼んだ後、ディアントが出ていくのを見送った後ため息をつく。
「こんな時に視察なんて、本部もタイミングってもんを考えて欲しいものだな」
「あたし達が頑張るんで任せて下さいよ!その代わり、ひと段落ついたら飲みに連れてって下さいね」
「ああ、無事に終われば飲みでもなんでも連れて行くよ」
心労からか疲れた様子のハイルドを励ますように声をかけるクララが、どさくさに紛れて自分の願望を通すことに成功しこっそりとガッツポーズをしていると、
「ハイルドさん、来られました」
急いで来たらしいベーゼが視察の人間が到着したことを知らせに来た。
「さて、とりあえずは問題なく視察が終わることを祈ろうか...」
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