苦戦

 

 ゴロン洞窟はキャンテラの街を出て南東の外れの森の少し奥にある中規模ダンジョンである。


 現在、ザック達のパーティーを先頭にそこから少し離れた後ろからディアントとステラの二人が続く形で森を歩いていた。


 季節は本格的に夏に入り、日差しは肌を焼くように熱いが森の中は木の影で守られ、さわさわと吹く風が心地良い。


「なぁ、やっぱりあの人って<黒の戦乙女>だよな」


「やっぱりそうなのか?俺あの人の冒険譚持ってるぞ」


 キャンテラ支部に新しく来た職員がトップ冒険者のステラという噂は聞いていたのでザックがシャベルに確認のためヒソヒソと耳打ちする。


「あんたらミーハーすぎでしょ。でもサイン貰うならウチの分も貰ってきてね」


「「お前が一番ミーハーじゃねぇか」」


 そんな雑談を挟みながらワイワイと森を進む三人を後ろから見ている二人はというと、


「あいつら浮き足立ってるなぁ」


「でも、中級冒険者になれるほどですし、心配ないですよね?」


「...だといいんだけどな」


 一抹の不安を感じながら後をついて行っていた。


「あの、ディアントさん」


「ん?」


「お聞きしたかったんですが、なんで冒険者を辞められたんですか?」


「急にどうしたんだ?」


「い、いえ。なんと言いますか...付き添いなんていう冒険者に近いお仕事もされてるのに、なんで冒険者を辞めたのか気になりまして...」


「ああ、なるほどね。でも、ステラみたいな理由じゃないから面白くないぞ?」


「えっと、言いたくなければ無理にとは言いませんので、参考までにと思って...」


 ディアントは、ステラの変に丁寧な言い方に少し笑ってしまう。


「別に隠すほどのことじゃないんだけどな。俺の場合は...」


 ステラは、ディアントがそこまで話したところで、少し遠くの茂みで何かが動いたのを視界の端に捉えた。


「ディアントさん...」


「ああ、少し前から尾けられてるな」


 すぐさまディアントに報告するも、彼は少し前から気付いていたことにステラは驚いた。


「ザックさん達にも伝えましょうか?」


「いや、あいつらには伝えなくていい。それじゃあ意味ないからな」


 そこから二人は黙り込み、歩み続けた。


 ステラは気配察知のスキルを使い、周囲を警戒すると六匹の何かが五人を囲むようにゆっくりとその距離を詰めてきているのが分かった。


 このままでは、前の三人が襲われてしまうとステラが思った時、


「お前ら!そこで止まって周囲警戒!」


 ディアントの声で、ぴたりと止まった三人はお互いの背中を庇うように武器を構えた。


「グゥルルル」


 次の瞬間、茂みの中から特徴的な銀の毛を逆立てながら牙を剥き出したシルバーウルフと呼ばれる魔物がザック達とディアント達の前に三匹ずつ現れた。


「そっちの三匹はお前らでなんとかしろ!」


「「「はい!」」」


 ザック達が狼と対峙し、戦闘が始まったのを確認してからディアントは自分の前に立ちはだかる狼に向き直る。


「さて、こっちもさっさと終わらせるか...」


「【火炎よ、来たれフレイム】」


 ディアントが腰に下げた短剣に手をかけると同時、横にいたステラが唱えた魔術と共に放たれた火炎によって薙ぎ払われたシルバーウルフ達は一瞬にして黒焦げになってしまった。


「......えぇ」


「あ、すいません!つい癖で...」


(しまった。ディアント君の戦うところ見るチャンスだったのに!)


 久しぶりの戦闘に意気揚々と剣を抜いた瞬間、敵がいなくなってしまったことに落胆を隠せないディアントを見て、申し訳なさそうに謝るステラは、ディアント以上に悔しがっていた。


「ま、まぁしょうがないな」


(流石は元トップ冒険者...俺ならシルバーウルフを処理するのに数十秒はかかりそうだったけど、それを一瞬って...)


 ディアントは、僅かな悔しさと多大な無力感を感じながら行き場を失った短剣を鞘にしまい、ザック達の戦闘の行方を見守ることにした。


「くそっ!」


 どうやらザック達は思った以上にシルバーウルフに苦戦しているようだった。


 剣士職のザックが最前線を担い敵の注意を引きつけながら相手をし、ザックをサポートする形で盗賊職のシャベルが弓矢や短剣で敵の隙を突き、さらに安全な後ろから魔術師職のメリッサによるザックやシャベルの身体強化と攻撃魔法によるサポートを行うのが本来の彼らの戦闘スタイルなのだが、見事な連携を取るシルバーウルフ達は三人を囲むように陣取り近接攻撃の手段のメリッサを重点的に狙うことでザックとシャベルの動きを封じ込めていた。


 そのシルバーウルフ達の動きを見てディアントはどこか違和感を覚えた。


(シルバーウルフは確かに統率の取れた動きをすることはあるけど、魔術師職の奴を重点的に狙うなんて理にかなったほど賢い戦い方をする種族じゃないはずなんだが...)


「メリッサ!範囲魔法で足止めしてから一旦態勢を立て直せ!」


 これ以上の静観は危険と判断したディアントが指示を出すと、メリッサひとつ頷き言われたまま魔術の詠唱を始める。


「【風よ、旋回せよウィンド・ソーサー】!」


 メリッサが魔術を唱えた瞬間、ザック達三人を囲みシルバーウルフ達を阻むように風が吹き荒れ始める。


「こっちよ!」


 風の中に意図的に裂け目を作ったメリッサの指示で、そこから三人は脱出しシルバーウルフ達と正面から向き合うことに成功する。


 やっといつものスタイルに戻れた三人は、さっきまで苦戦していたシルバーウルフ達もなんなく対処し見事勝利した。


「な、なんとか勝てたな」


「こんなに苦戦するとは思わなかったぞ」


「魔力使いすぎちゃったわね」


 戦闘後の三人をみるに辛勝だが...。


「よし、三人共よく頑張ったな、それじゃあ早速反省会と行こうか」


 反省会というまたも聞き覚えがない言葉が気になったステラは、疲れてその場に座り込む三人に近寄り、腰を下ろしたディアントが笑顔で反省会なるものを始めるのを後ろから黙って聞くことにした。

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