付き添い
ステラの『昇天料理事件』以来、特にこれといった問題は起きず、むしろクララとステラのウェイトレスとしての人気のおかげでロンドールの予想は外れ忙しさは五日程続いた。
噂によれば二人のウェイトレス姿が見たいために借金までして飯を食いにくる奴もいたらしいし、他にもステラにしつこく言い寄ってくる客もいたようが、そんな客にはクララがステラにこっそり作らせた料理を食べさせて成敗したらしい。...ご愁傷様です。
そんな酒場での手伝いも終わり、総務部に戻ってきた俺たち三人は酒場の手伝いをしている間に溜まった仕事をこなして過ごしていたある日。
「ディアントさーん」
「なんだー?」
「ザック君達が付き添いお願いしたいらしいですよ」
「お!じゃあこっち通してくれ」
「はーい」
クララがギルドの受付から事務室に顔を出して呼んできたので返事をすると、どうやら仕事らしい。
「付き添いってなんですか?」
冒険者が事務室に入ってくることは滅多にないので、隣の席で書類仕事をこなしていたステラが顔を上げて聞いてくる。
ステラの机の場所は正式に俺の左隣になったことで、右の席のクララに挟まれる形になった。クララは今受付の仕事でいないが、若い二人に挟まれるとなんだか息苦しく感じてしまうのは俺がおじさんになったせいだろうか。
「付き添いってのは、ギルド職員が冒険者の依頼について行ってちょっとした手伝いをする仕事だよ」
「ディアントさん。私のことからかってますか?」
ステラにむっとした表情で睨まれてしまった。
「いくら私が新人と言っても、ギルド職員の業務にそんな仕事がないことぐらい知ってますよ?」
「いや、からかってないって!確かにそんな仕事は普通ないんだけど、これは俺が始めた仕事っていうか...俺しかやってないっていうか...」
「どういうことです?」
「ディアントさん!お疲れ様です!」
ステラの質問に返事をしようとするも、活気に溢れた声が事務室に響いて遮られてしまった。
「お、来たな!みんな中級昇格おめでとう!」
ステラが振り返ると、そこには栗色の髪を短く切り、頬に何かで切ったであろう傷跡を残した明るそうな少年と、その後ろに栗色の少年より背が高い青みがかった黒髪が特徴的な少年と、薄いピンクの色の長髪の少女が立っていた。彼らを見ると声を上げて立ち上がったディアントはすぐさま彼らの元に近寄り頭を撫でていった。
(あぁ!私はまだ撫でてもらってないのに!)
そんなステラの密かな羨望の眼差しには気づかず、ディアント達は会話を進める。
「中級冒険者って言ってもまだまだひよっこのDランクですけどね...」
「何言ってんだよ。ランクがなんだろうと中級は中級だ。ザックもシャベルもメリッサも、みんなが頑張ったから慣れたんだからな」
ディアントの言葉に、シャベルと呼ばれた背の高い男の子とピンク髪の少女も嬉しそうに頬を緩ませた。
冒険者は、初級、中級、上級の大きく三つに分類されて呼ばれるが、さらに細かく分類すると八つのランクが存在する。
初級は、E、F、Gランクの三種類で、E>F>Gの順でランク分けされる。
中級は、B、C、Dランクの三種類。ランク分けは、B>C>D。
上級は、S、Aランクの二種類である。ランク分けはS>A。
ザック達がひよっこと言ったのは中級冒険者でも一番下のランクであるDランクだからであろう。
「付き添いって聞いたけど、もうお前らにはいらないんじゃないか?」
「そんなことないですよ!俺達、ディアントさんのおかげでDランクになれたようなもんだし、中級になったから今一度気合を込める意味も兼ねて見て欲しいんです!」
ディアントが笑いながら話すと、ザックが真剣な表情で答え、後ろの二人もうんうんと深く頷いた。
冒険者というのは自分の身一つで生計を立てる職業なので、大なり小なり自信に満ち溢れているものなのだが、中級になれたのもディアントのおかげと言っているあたり、どうやらこの子達はディアントに絶大な信頼を置いているらしいとステラは感じた。
「そこまで言うなら行くか。で、どこに行くんだ?」
「今日は、ゴロン洞窟に行こうと思ってまして...」
「うん。あそこならそこまで強いモンスターも出ないし、中級一発目の腕試しにはもってこいだな。さすがメリッサだ」
少し緊張しながら答えたメリッサはディアントに褒められたことでほっと安堵したような表情をしたが、少し頬を赤らめたのをステラは見逃さなかった。
「ディアントさん。まだ私の質問に答えてもらってません」
「お、おお。すまんステラ」
ディアントは、ザック達との間に割って入り顔を近づけて話してくるステラに少し後退りしてしまう。
(近い近い!この子たまに距離感間違えてないか...?)
「えっとだな、つまり付き添いは冒険者の死亡率を減らすために俺が始めたことなんだよ」
「冒険者の死亡率を減らす...ですか?」
冒険者は、その輝かしい功績だけが注目されがちだが、それは上級冒険者のごく一部の話で、初級や中級の冒険者の死亡率の高さは冒険者以外の仕事と比べてみたら数百倍にもなる程危険な仕事でもある。
当然それはキャンテラ支部も例外ではなく、ディアントが職員として働き始めてからも初級や中級になりたての冒険者の死を幾度となく経験してきた。
そこで、少しでもそんな冒険者達の死亡率を下げる為、ディアントがかつて冒険者として生き抜いてきた経験を伝えるため危険な依頼に付き添い実践的に教えるために作り出したのが『付き添い制度』である。
実際、ディアントの頑張りもあってか、キャンテラ支部の初級と中級の冒険者の死亡率は劇的に下がった。
「って感じのが付き添いの概要だ。分かってくれたか?」
「なるほどです。しかし、聞いた限りだととても素晴らしい制度だと思うのですが、なぜ他のギルド支部でもやらないんですか?」
とても的を射た質問だが、その答えは至ってシンプルである。
「そりゃ、他のギルドには俺みたいに剣術、魔術、神聖魔術、その他諸々をそこそこ使えるような職員がいないからだろうなぁ」
ディアントは幼い頃から、あらゆる武芸に手を出していたことにより、一芸に特化するのが普通とされる他の冒険者と違い、どれもそこそこには扱える程度の実力があるため、中級冒険者程度ならパーティー全員のやるべきことが分かり指示もできる。これを他のギルドで実践しようとすると、パーティー個人個人に元冒険者の職員を付けなければならなくなり、コストの方が高くなってしまう訳である。
「分かりました。ではその付き添い、私もご一緒していいですか?」
「え!?なんで!?」
そこまで説明したところで、ステラから予想外の答えが返ってきた。
「私もそこそこではありますが、あらゆる武芸を学んできたので少しはお手伝いできるかと思いまして」
「いや、確かにそうだけど...」
ディアントはふと考えた。冒険譚で読んだ話が本当なら、彼女は俺の完全上位互換になる。そんな元トップ冒険者がついてきてくれれば心強いことこの上ない...のだが。
「でも、書類仕事だって残ってるし...わざわざ付いて来なくても...」
「残業します!」
「わ、分かった。じゃあ、お願いしようかな」
相変わらず顔が近く、強い意志が感じられる口調のステラに気圧されて、つい許可してしまった。
そんなこんなで、ステラを入れた五人でゴロン洞窟に向かうこととなった。
クララにその事を報告したら、「ずるい!私も行きたいです!」とか言ってたが元冒険者でもないクララを連れて行けるはずもないので、彼女を受付に押し込んで逃げるようにギルドを出た。
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