三人関係~欲しいと思ったら、手を伸ばさないと絶対にダメ~
落花生
第1話酒癖の悪い友人が性奴隷を買った
俺には、学生時代からの友人がいる。
先日、そいつが婚約破棄された。
友人を手酷く振ったのは、店のお抱えの魔石宝飾職人の女だったという。親の代からの付き合いで、元をたどれば彼女の父親も店のお抱え職人だったという話だ。
職人と店の経営者の結婚は、主人と使用人の結婚と同じぐらいの玉の輿だ。
女が圧倒的に得をする条件なのに第三者の金持ちがパトロンになると申し出たら、あっさりとそちらに乗り換えられたらしい。
女が、より好条件の男に乗り換えた。
すべては、そんなよくある話が始まりだった。
婚約破棄された友人は、ユーザリ・フォレストといって宝飾品店『霧の花』の若き経営者だ。
先月の頭に父親が亡くなり、葬儀などの手続きが終わった途端に婚約者に逃げられた男である。母親もすでに亡くなっているので、ユーザリは立て続けに唯一の家族と未来の家族を失ったことになる。
女の心変わりなどよくある話だが、友人が当事者となれば慰める言葉を選ぶことすら慎重になるものだ。
店の経営者と職人という身分差があったが、ユーザリは婚約者のファナ・リンデルのことを真剣に想っていた。身分差のある結婚となると『結婚してやるのだから、俺のために生涯働けよ』と横柄な態度をとる男は多い。
しかし、ユーザリはファナのことを妻になる相手として同等に扱っていた。ユーザリが彼女を見る目には尊敬と敬意があったし、なによりも深い愛情があったのだ。
親が決めた結婚なんて俺は御免こうむるが、ユーザリは別だった。
ファナとは子供時代からの付き合いであったし、経営者と職人として二人三脚で店を守って行くという使命がユーザリの愛の源だったのかもしれない。
女としてはロマンチックな愛ではないかもしれないが、これと決めた人と共に生きようという覚悟をしていたことは男として尊敬できる。結婚を決意した友人の姿は、俺には大人びて見えていたものだ。
そして、今この瞬間になって誠実な愛は酒の力で大爆発していた。
「なにが、ごめんなさいだぁ!なぁにが、好きになっちゃったのだ!店の権利を寄越せだぁ!!」
ユーザリは、酒を一気に煽った。
大人びて見えていたはずの友人だったが、今は自分よりも幼く見える。学生時代に戻ったようだった。
それにしても、あまり強くないくせに無茶苦茶な飲み方をするものだ。
しかし、店に誘ったのは俺なので強く注意することができない。それに、今夜ばかりは止める気にはなれなかった。
俺の名は、アゼリ・デル。
メガネやネクタイピン、カフスといった紳士物の高級小物を扱う店の後継ぎとして目下修行中の身である。
酒を飲みながら管を巻いているユーザリとは同じ学校で経営を共に学んだ仲であり、互いに高級商品を扱う店のせがれ同士ということで意気投合した。
学校を卒業した今でも付き合いは続いており、このとおり酒を飲み交わしても不自然ではない程度の友人である。
「えっと……お客様、大丈夫ですか?顔が真っ赤になっていて」
俺たちが座るテーブルには、二人の若い女が困った顔で同席していた。
俺たちの接待をしてくれている美しい女性たちは、外なんて歩けないような露出度の高い服を着ている。手の甲には奴隷紋と呼ばれる印がうっすらと浮かび上がっており、彼女たちの身分を如実に知らしめていた。
この店に所属している女や男は、基本的には全てが奴隷である。しかも、それなりの専門教育を受けた性奴隷だ。
奴隷商が売り文句に困って仕方がなく性奴隷だなんて言わせているようなモノとは、品質や値段からして大きく違う。
店で働く奴隷たちの容姿は美しい者ばかりだし、客の無理難題にも笑顔で答えてくれる。それもこれも店を経営する彼らの御主人様のためなのだが、こちらは金さえ払えばご主人様の客である。
しかも、気に入った奴隷は交渉次第では買い取りを出来ることもあった。無論、一夜だけの貸し出しも認められている。
俺がこの店を選んだのは、この店の奴隷たちの品質の良さからだった。相手に寄り添うのは十八番で、夜の寂しさも慰めてくれるプロの集まり。しかも、高級娼婦を買うよりも手軽に相手をしてくれる。
買い集めた奴隷たちを自分の店で働かせるだなんて、店の店主は本当に美味い商売を考えたものである。奴隷たちに給料はいらないので、人件費を大きく削る事ができるはずだ。初期投資は大きいが、その分のリターンは十分だろう。
経営者の頭になっていた俺は、その考えを振り払う。
今は他人の店のことより、隣で騒いでいるユーザリが優先だ。よっぽど鬱憤が溜まっていたらしく、彼はエールを二杯飲んだだけだというのにすっかり酒乱になってしまっている。
ちなみに、俺は五杯目。それでも思考回路はまともなままなので、どれほどユーザリが酒に弱いか分かるだろう。
「ぽっとでの男になんてなびきやがって。しかも、店の権利を寄越せってふざけるなよ。裁判では、きっちりと勝ってやるからなぁ!」
叫ぶユーザリの姿は、駄目な酔っ払いの典型例である。「自分が店の主人ならば、ユーザリを出禁にしているだろうな」と酔いでぼんやりとした頭で俺は考えた。
だが、店の権利を寄こせと言われているという件は俺も初耳であった。
ファナは単なる雇われ職人なので、店の権利などないはずだ。もしかしたら、彼女の新しいパトロンが裏から手をまわしてユーザリに嫌がらせでもしているのかもしれない。
どんな理由であれ、店の権利の有無について訴えられ法的に争っている最中は営業ができなくなる。これは商人としては手痛い仕打ちなので、ファナのパトロンはユーザリの痛いところを正確に突いたと言えるだろう。
金持ちの嫌がらせというのは、粘着質で嫌らしいものだ。女を寝取るだけある。
気がついた時には、俺たちのテーブルに女性はいなかった。そろそろ店から退出を言い渡されるのだろうな、と俺は覚悟する。
このような夜の店には恐い黒服がいると聞いていたので、恐怖でドキドキする反面、黒服という非日常的な職業人を見られるというワクワクもあった。俺もユーザリ程ではないが、酔のせいで頭のネジが緩んでいたのだ。
しかし、いくまで待っても黒服らしい人間は来なかった。黒服を持っているという世にも珍妙な時間が流れる。その間にもユーザリは、酒気と共に元婚約者への恨みを吐き出していた。
そんな無意味すぎる時間を終らせたのは、ユーザリの隣に座った美しい人物だ。
「おっ……」
そのあまりの美貌に、俺は思わず声を上げてしまった。すぐに、自分の品のない声に俺は反省する。相手は珍しい動物ではないのだから、顔を見た瞬間に声を上げるなど最低な行為だろう。
美人には、よく思われたい。
これは見栄っ張りの悪い癖だが、男女共に持っている共通の悪癖だ。美形とお近づきになりたいと思ってしまうのは、ちょっとした本能なのだ。頭のネジが緩んでいる時には、特に。
相手の容姿を目に焼き付けたいという欲望から逃れられず、汚れたレンズを拭くふりを眼鏡の位置を直す。
店の商品の品質を確認するため、俺はいつも伊達眼鏡をしていた。普通のガラスがレンズであってもフレームの掛け心地を確認できるので、中々に有益だ。
酔っ払いの騒ぎで傾いた俺の眼鏡はしっかりと正しい位置に収まって、美しい人の淡い金髪が肩を通り越して流れる様子まで見て取れた。
ユーザリの隣に座ったのは、水面に現れた女神もかくやという美貌の持ち主だ。
灯りを落とされた店のなかでは、幻想的にすら見える白い肌。その滑らかな肌を包むのは、透ける布である。それだけで生唾ものだと言うのに、布の向こう側に金色の輝きが見て取れた。
紅く膨らんだ乳首に、小さなリング型のピアスが付けられているのだ。
夜の淫らさと清らかな美貌が共存している姿に、俺の脳髄はビリビリと痺れた。見ているだけだと言うのに、官能を想像して思考回路が馬鹿になる。ユーザリがいなければ、俺は財布に入っている金を全て使ってでも奴隷とのめくるめく一夜を購入していたであろう。
「こんにちは。僕は、リピと言います」
少しだけ低い声からは、落ち着いた印象を受けた。若いが客のあしらい方に慣れているようであり、ユーザリの情けない酔い方には一言も言及しない。
「僕と一緒に、特別な部屋に行きませんか?」
リピは、ユーザリの手を無邪気に握った。大胆だが媚を感じさせない姿が、どこかあどけない。清らかな乙女のかくやという雰囲気だ。
この店にいる以上は経験豊富な性奴隷に間違いないのだが、この人物であったらユニコーンだって騙せそうであった。
手を握られたユーザリは、ようやく隣に誰かが座ったことに気がついたようだ。勿体ないことこの上ないし、リピの笑顔を間近で見ることが出来て羨ましい。俺がユーザリの席にいたら、耳まで赤く染めていたことだろう。
正直に言う
俺は、この瞬間からリピに特別な感情を抱いていた。これ以上は綺麗な人間はいないし、今後も現れないと真剣に思った。相手が奴隷という立場であったことも忘れていた
けれども、ユーザリへの友情や遠慮が同時にあるのも確かだ。だからこそ、俺は何も出来ないでいた。
リピは、傷心のユーザリを泣き止ませるために送られた刺客である。酔った頭でも、それぐらいの簡単なことは分かっていた。
俺が、手を出して良い相手ではない。
リピの手の甲にある奴隷紋は、俺の心をざわつかせる。金さえ払えば、一時であってもリピを自由にすることが出来るという誘惑が頭から離れない。
酔っ払って恐いものなしになったユーザリは、すり寄ろうとしていたリピの胸に手を這わせた。というより、掌で覆い隠すように大胆に触れられた。
大胆を通り越したマナー違反に、俺とリピは呆気にとられる。
相手が奴隷だといっても、ここは対外的には飲み屋である。他の客への配慮というのは必要だし、そのような行為は店が用意した個室で行うのが暗黙の了解だった。
そこまで考えて、ユーザリがリピを抱く姿を今更になって俺は想像した。
ユーザリにリピを譲らなければとさっきまでは考えていたのに、彼らの距離が縮まるのだと突きつけられて無意識に呼吸が苦しくなってしまう。
まだ一言も、リピとは話してもいないというのに。
「あっ……やっぱり、男だ」
リピの胸を遠慮なく揉みながら、ユーザリはぽつりと一言漏らした。
俺は、言葉を失った。
リピのあまりの美しさに、彼のことを女性だと勘違いしていたのだ。
言われてみればリピの胸元は、女性ではありえないほどに平たい。体の線もしなやかではあるが、女性と比べれば多少は角ばっていた。身長だって高すぎるぐらいだ。
平時であったら、俺だって男だと気がついたであろう。酔いと店の雰囲気が、俺に勘違いをさせたのだ。
良く考えれば、ここには男の奴隷だっている。客に女性は少ないので、男を買いたがる男性客のための性奴隷だ。
その一人がリピであったとしても、おかしい事は何もないのだ。そして、男であったところでリピの美しさが損なわれることもなかった。
「あの……お客様。ここでは……その……あんまり触らないでください」
客のやることだからと抵抗できないリピは、顔を赤らめながらユーザリの指先の動きに耐えていた。
乳首からの刺激に耐える姿に、俺は薄く口を開けて人には悟られないように熱い息を吐き出す。欲望を身体の外に逃がすためであった。
そうしなければ、自分がどうにかなってしまいそうなほどの欲だったのだ。こんなふうに強く衝動的な欲望を覚えた初めてのことだった。
酔ったユーザリは、薄い布の向こう側にある乳首をクニクニと揉んでいる。力の加減が出来ていない酔っ払いの指先の動きは、リピの若草色の瞳に涙の膜を張らせていた。
「お客様……お願いします。ここっ……ここでは、激しくしないで……」
その嘆願に「んー」という酔っ払い特有の微妙な返事を返しながら、ユーザリは最後にピンっと金のリングを弾く。
「ひっ……ひやっ!」
噛み殺せないリピの声は、虐められた小動物のような憐れな声だった。服の上でも分かるほどに充血しきった乳首を手で隠しながら、涙目になってユーザリに懇願する。
「ここではなくて……奥のお部屋で。御奉仕させていただきますからぁ」
屈伏を含んだ甘い声を聞き、俺は自分の欲望を理解した。
リピを自分のモノにしたい。
男であろうとも女であろうとも関係なく、彼を性奴隷として買い取りたいと思った。誰にも触らせず、彼の声すらも独占したのだ。
「もう、これでいいや」
ユーザリは、不吉な言葉を呟いた。
ジュエリーケースを取り出し、音がするほどの勢いで叩きつける。衝撃でジュエリーケースの蓋が開いて、大きな魔石が付いた指輪が転がり落ちた。
その指輪に、ことの成り行きを見守っていた周囲はどよめく。宝飾品には疎い俺でも分かるほどに、指輪は高価なものだった。
シルバーに輝く台座は、言うまでもなく希少金属。その上に乗っているのは、大きくて良質な魔石で作られたバラの花だ。
紅いバラは匂い立ちそうなほどに精緻な作りをしていて、良く観察すればリング部分には蔦と葉の模様が彫られている。
給料三ヶ月分ではきかない値段の指輪なことは間違いない。
ユーザリは、これをファナとの結婚指輪にしようとしたようだ。いくら相手が魔石宝飾職人だといっても、やりすぎなぐらいに高価な指輪である。
「……買うから。あいつに贈るつもりだった指輪で、無駄なものを買ってやるぅ!モーゼルの作品だけど売ってやるぅ!!」
ユーザリはリピを指さして、書類を持って来いと命じた。周囲もリピも戸惑っていたが、ユーザリは何度も「書類を持って来い」と繰り返す。
「この指輪で、奴隷を買うんだよ。どんなに高価な奴隷でも、お釣りが来るような品物だぞぉ!」
ユーザリはリピの手首を力いっぱい引っ張って、自分の膝の上に乗せた。正確に言うならば、膝の上に強制的に腹ばいにさせたと言った方が正しい。
子供が折檻を受けるような格好だからなのか。それとも短い服の裾がめくれ上がって、ぴったりとしたスパッツ越しに薄い尻を見せつけているのが恥ずかしいのか。
リピは目をつぶり、唇を噛んでまで羞恥に耐えていた。小刻みに震える肩が、あまりに弱々しい。
「おい、奴隷。お前は、俺のものになるんだからな!」
こうして、ユーザリは結婚指輪で性奴隷を買った。
リピの値段は結婚指輪よりは安くて、ユーザリは御釣りとして大金が入った皮袋を店から受け取る。リピは普通の奴隷よりは高めの値段だが、無理をすれば俺でも買えるような金額だった。
ユーザリを押しのける勇気があれば、俺はいくらでもリピを手に入れられるチャンスはあったのだ。
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