シン・おとうさんのキャメルクラッチ

『むらさき』

第1話 挨拶

「ねえ、今日はマスクしていかないんだ」


 弥生は緊張している佐助をからかっていた。今日は、始めてお義父さんに婚約の挨拶をする日。いつになく佐助は緊張していた。


「お父さんね、初めて家に連れてくる男の子は、必ず握手するの。でね、気に入らない子だったら、ポーンって家から放り投げるの」


「そ...そうなんだ、お義父さんってなんの仕事してたっけ」


「お父さんは、ジムのトレーナー。もうさ、いつもみたいにマスクして会いにいったら」


 佐助は身長185cm、爽やかな笑顔と体を張った超絶ストリートパフォーマンスで、フォロワーを魅了するインフルエンサーだった。そして、プロレス界を席巻している天才覆面プロレスラー「マスカラ・サスケ」だった。


「マスクしていったら、意味ないでしょ。ほんとの俺をみせないとさ」


「あ!着いたよ」


 弥生が実家のインターフォンを鳴らす。佐助が門を開けて庭に入ると、殺気を感じた。佐助が視線を向けた先にいた。


「君が佐助くんか、よろしく。弥生の父の雷我らいがだ」


 そこには、耳のつぶれたスキンヘッドのいかつい長身のゴリマッチョがいた。雷我は右手を差し出した。例の握手だ。


「こんにちは、弥生さんとお付き合いしています。佐助です」


 雷我と佐助が握手を交わすのを、弥生はニヤニヤと見ていた。握力と筋肉の挙動から、お互いに相手が只者でないことが分かった。


「ほお...家に入って話そうか」


 少し納得した様子で、雷我は佐助を家に案内する。


「お父さんが家に案内したの初めてだよ」


 弥生が佐助にこっそり耳打ちをした。玄関に入ると、弥生のお母さんがいた。雷我は何も言わずに、広間に向かった。弥生とお母さんは二人で親指を立てて、ニコニコしていた。


「まあ、座ってくれ」

 広間に通されると、佐助は鎮座する雷我に今まで経験したことのない圧を感じた。ここは、お茶を濁すのは逆に不利になる、佐助は直感的に思った。


「お義父さん、僕に弥生さんをください」


 佐助は頭を下げる。しばしの沈黙の後、佐助が頭を上げる。


 お義父さんこと、雷我はじっと腕を組んだまま、目を閉じていた。その姿は威圧感と威厳に満ちていた。


「佐助くん、一つ俺から条件がある」


 雷我は目を開けて、立ち上がり、タンスに向かう。タンスから何かを取り出して、それを着けてこちらを向いた。


「俺を倒せば、娘との結婚を許そう」


 佐助の目の前には、伝説の統一王者「ライガ・ビースト」がいた。

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