第21話

        25.日曜日午後3時半


 会見の途中で、翔子は会場を抜け出した。長山とともに袖で見ていたのだが、犯人を挑発する姿を眼にして、いてもたってもいられなくなったのだ。

 あの久我を追い詰める……もしくは目論見を暴くためには、ただジッとしていてはダメだ。それに、あるが頭のなかを闊歩していた。久我に触発されたのか、正攻法では真実にたどりつけないと思った。

 考え方を変えなければ……。

 発想を転換する。自分は、なにかを見落としている。そのことはわかるのに、それがなにかまでは絞りきれない。

「杉村さん……」

 会見場の外で、杉村遙の姿をみかけた。どうやら彼女も、久我がなにを言うのか興味があったようだ。

 杉村遙の父親が行方不明になった……そして、その父親は詐欺師だった。

(……)

 家族ぐるみでターゲットに近づき、共犯者と金をむしりとる。周囲の人間からは小額しか取らないが、久我の両親のように多額を奪われ、人生を壊された人たちもいた──。

 そのいずれかに、の理由が隠されているのかもしれない。

 すぐに、杉村遙の姿はなくなった。まだ会見は続いていたが、久我の演説は終わり、記者からの質問を受け付けている状態だった。

(家族……)

 画廊のオーナー、立花を信じるに値する人間だとしよう。

 彼が、森元はそんな人間じゃない、と言ったこと。本当に、森元貞和は詐欺師なのだろうか?

 詐欺をはたらく動機はあった。奥さんの病気だ。心臓の移植が必要だったという。

「……え?」

 これまでの推理には、あきらかな矛盾があった。

(そうか……)

 移植をしなければならないほどの人間が、たとえそれが詐欺だと知らなかったとしても、そんな行為に加担しただろうか?

 道徳的なことをいっているのではない。

 加担など、『できなかった』はずだ。

 家族ぐるみ……そこにの原因が隠されていた。

 知らず、早足になっていた。杉村遙を追いかけた。

「杉村さん!」

 呼び止められた彼女は、少し驚いたような表情になっていた。それだけすごい顔をして追いかけていたのかもしれない。

「ど、どうしたんですか?」

「むかし、お父様といっしょに、いろいろな家庭にお邪魔してたんですよね!?」

「え、ええ……」

「お母様は……いませんでしたよね!?」

 移植が必要だからといって、ずっと入院しているわけではないだろうが、いくつもの家庭を訪問するほどの体力はないはずだ。

「そ、そうですね……」

「でも、わたしに証言してくれた方たちは、森元貞和さんが、奥さんと子供をつれてきたと言ってました」

「奥さん……?」

「その女性は、だれですか?」

「ああ」

 思い出せたようだ。

「そういえば、女性といっしょだったと思います。だれだったっけ……たしか、父の会社の同僚だと思います。わたしも、よく知りません。その場で初めて会ったんですから」

「何度か、その人と訪問してますよね?」

「んー、そうだったような気もしますが……あ、たぶん、べつの人だったような」

 彼女の証言は曖昧だった。

「わたしは小さいころ、父といっしょにどこかへ行くということがあまりなかったですから……母が病弱だったので」

 少しさびしげに、彼女は語った。

「ですから、父と出掛けることの嬉しさだけが先行しちゃって、ほかにだれがいたとか気にしてなかったんです。でも、たしかに女性はいました。その場所その場所で、ちがう女性だったと思いますけど……いま考えれば、母親に……家族に見えていたんでしょうね」

 ということは、証言にあった母親は、母親ではなかった。

 では、その女性は──女性たちは、だれだったのか。

「会社の同僚、だったんですか?」

「どうでしょう。わたしの勝手な思い込みかもしれませんけど」

 足立区会社員行方不明事件──。

 会社員……そのことが、最初から頭になかった。詐欺師と決めつけていたから、会社員という基本情報を見落としていた。

「会社の名前、知ってますか!?」

「ごめんなさい……父は会社のことを、わたしやお母さんにはあまり話していなかったので……」

 翔子は遙のもとを離れて、鹿浜署の井上に連絡をとった。名刺をもらっていたのだ。

『ああ、このあいだの』

「すみません、森元貞和さんのことなんですけど!」

『え? 会社? どうだったかな? たぶん話ぐらいは聞いてると思うんだけど。ちょっと待っててくれる? 資料を見てみるから』

 折り返し電話をくれるということで、一旦通話は切られた。五分ほどで、連絡が来た。

『えーと、会社の名前は、サンレイ商事。そこの社員の三船洋子と高橋清彦、という二人から話を聞いてる。行方不明になった心当たりはない……まあ、注目する証言はないな、こりゃ』

「サンレイ商事、ですね?」

『そう。カタカナで、サンレイね……ん?』

 突然、声のトーンが変わった。

「どうしたんですか?」

『うーん、どこかで耳にしたことがあるな、その名前』

「有名な会社なんですか?」

『どうだっただろう。ごめん、思い出せないや』

「そうですか、ありがとうございました」

 通話を終えても、いまの反応が気にかかった。

 長山に話を──とも考えたが、長山は長山で、練馬の事件で忙しそうだ。こういうときに頼りになる人間は、編集部の同僚たちしか思い浮かばなかった。

 翔子はそれから、編集部に急いだ。三日の期限を制定したのは、あくまでも練馬の事件であって、この行方不明事件ではない。それなのに、自分までがタイムリミットを設けられたみたいだった。

「みなさん、聞いてください!」

 編集部に入るなり、翔子は大声で呼びかけた。みなは、ポカンとした顔になってしまった。編集長をはじめ、ほぼすべての同僚がそろっていた。なかなか、こういうことはめずらしい。

「どうした、竹宮!? おまえ、さっきの会見で見切れてたぞ。どうだった? 会見の裏側をスクープしてたんだよな!?」

「そんなこと、どうでもいいです!」

「そ、そんなことって……」

 鼻白んだ編集長のことは置いておいて、翔子は『サンレイ商事』のことをみんなに聞いてみた。なにかを知っている者がいるかもしれない。

「サンレイ? サンレイがどうした!?」

 翔子が口にしたと同時に、一人の先輩が声をあげた。

「知ってるんですか!?」

「知ってるもなにも、いまおれの追ってるヤマだよ」

 その先輩は梶谷といって、三流誌の『週刊ポイント』にあって、本格的な社会派の記事を担当している。かつては一流どころにいた経歴もあり、編集部随一の実力者だ。

「おまえが追ってたのは、詐欺グループだったよな?」

 編集長が言った。二人は大学時代からつきあいがあるそうだ。が、編集長のほうは、この三流出版社の生え抜きだ。

「じゃあ、三船洋子と高橋清彦という名前に心当たりは!?」

「そいつらが、首謀者だ。むかしは、サンレイ商事。いまは、サンホウ商会という名で活動してるよ。摘発をうけたことはない。つねにうまくやってるんだ」

「足立区の行方不明……森元貞和さんが勤務していた会社が、サンレイ商事です」

「なんだって!?」

 梶谷が驚きを爆発させていた。

 しかし、警察がそんなことを見過ごすだろうか?

 たとえ逮捕者がいなくとも、そんないわくつきの会社で行方不明者が出たのなら、もっと突っ込んだ捜査をしてもおかしくはない。

 翔子の疑問は、梶谷がすぐに解消してくれた。

「サンレイ商事が問題になったのは、いまから五年前。発覚後、ヤツらはしばらく姿を消している」

 森元貞和が行方不明になったのは、いまから十六、七年前のことだ。世間は、まだサンレイ商事に眼をつけていなかった。警察も、それは同じだったのだろう。もし、そのときに邪悪な気配を察知していれば……。

「そして一年前──名前を変えて、再び姿を現した」

「サンレイ商事……サンホウ商会について詳しく教えてください」

 梶谷からレクチャーを受けた。

 社長は、高橋清彦で五十代。社員は、三船洋子をふくめて、五、六人いるそうだ。杉村遙は、数人の女性がいたということを話していた。三船とはべつの女性社員だったのだろう。会社は、現在は池袋にある。サンレイ商事のときは、新宿、飯田橋、三鷹、品川──その時々で所在地を点々としていたようだ。警察からの注目をそらすためだったと思われる。行方不明時は千代田区だったはずだから、飯田橋になるだろう。

「いまは、マークされてるんですか?」

「二課は動いていない」

「どうしてですか?」

「まだ被害がないからだ」

「サンレイ商事のときにあったでしょう!?」

「そのときに捕まえられるだけの確証が得られなかったんだ。警察的には、真っ白な会社ってことになる」

「そんな……」

 翔子には、納得できなかった。いくらそうだったとしても、また同じ人間たちが動き出したら、それを注視すべきではないのか。

「警察ってのも、お役所だから。当時のことを知ってる刑事がいたら、気には留めておくだろう。でもな、移動の多い職場なんだ。本庁の二課にいつまでもいるわけじゃないし、所轄にしても、管轄がちがってしまえば、あとを追うこともなくなる」

 そういえば、行方不明を担当した刑事は、移動後、すでに定年退職していたのだった。それゆえに、当時のことを知っている人間はだれもいなかった。警察官というのも、ただの仕事なのだ。そういうものかもしれない。

「竹宮……おまえは、ヤツらが事件に関係してると思ってるのか?」

「思ってます」

「どういうふうに?」

 外部の人間との会話なら、オブラートに包んだ表現を選ぶだろう。だが社内では、その気遣いはいならない。

「わたしは、その会社……詐欺集団の人間が共謀して、森元貞和さんを殺害したと思ってます」

 翔子の推理を、梶谷も編集長も、その他の同僚たちも、黙って聞いていた。

「そして、どこかに遺棄したんです。森元さんは、利用された……もともと、詐欺をはたらくような人じゃなかった。詐欺グループにそそのかされて仲間に引き入れられたんです。奥さんの病気のことで、お金が必要だった。彼らは、そこにつけこんだ」

 翔子の脳裏には、言いながら、遙の顔が浮かんでいた。

「確証はあるのか?」

 それには、首を横に振るしかなかった。

「でも、森元さんをみつけだせば……」

「どうやって!?」

 答えられない。

 しかし……。

 それを知っていそうな男ならば、心当たりがある。もちろん、それこそ確証があるわけではない。

 ここまでの推理を、久我にぶつけてみよう──翔子には、それしか策がなかった。

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