魔石王の嫁 ~宮廷魔術師を辞めた私は、故郷の村を再生します~

明桜ちけ

第1話 朽ちゆく村の花嫁

 一人で歩く、荒野の夜道。

 月に照らし出された故郷は、青白い。

 かつて魔石の採掘で栄えたこのビス村も、家屋の光が疎らになったものね……。

 

「んっ……くしゅっ……うぅ……」


 冷たい風が飛礫つぶてを巻き上げ、ドレスから伸びた手足を掠めた。

 乱れた飴色の髪と華美な花嫁衣装に、痛みと寒さを突き付けられる。氷のようなレースが体にまとわりついて、体温を奪っていく。


「大丈夫よ。私は……アルルは、宮廷魔術師にまでなった女。これからだって、うまくやれる――」


 手にしたカゴを、力を込めて握った。カゴの中で、ワインとジャムの瓶がぶつかる音がする。

 村の嫁入りの儀式――嫁入りを希望する娘が、一人で食事とワインを持って男の家に赴き、一夜を過ごすというもの。

 私は、これから……


「結婚して、この村で成り上がる!!」


 自分を奮い立てるように、野望を口にする。

 十年ぶりに戻った故郷、久々に再開する幼馴染。

 なにより、突然の結婚の申し出……。人が少ない田舎とはいえ、果たして受け入れてもらえるだろうか?

 緊張と不安に付きまとわれながら、私は彼の家へ向かう。

 

「ウソでしょ……」


 嫁入り先……レフィールの家は、廃屋だった。

 玄関の扉は付いているものの、明らかに形が歪んでいる。

 窓は、窓枠をした穴だ。カーテンのようなボロ布が、屋内に向かって激しくたなびく。


「いや……そんな……えぇ……?」


 あまりの衝撃に、家の周りをぐるりと一周してみる。

 村の人たちは、レフィールと関りたがらない様子だったな。

 ロクに仕事もしないで人形いじりばかりしている、気味の悪いヤツだと口にしていた。

 子供のころ……私が宮廷魔術師として王都に行く前は、そんな印象じゃなかったのに。


「おっ……おお? うわぁ……」


 裏の勝手口には、扉と思われる板が立てかけられている。板と壁の間には、蜘蛛の巣が張られ、ほこりが積もっていた。

 家の中はどこから見ても真っ暗で、人の暮らしがまるで感じられない。


「こんなところに……本当に、住んでいるの……?」


 故郷の村が滅びかかっているのは、承知していた。だとしても、人の住む家がここまで廃れる?

 それとも、もう村を出て行ってしまったのかしら……?


「レフィ、いる? 私よ、アルルよ。今朝、村に帰ってきたのだけれど……」


 暗い家の内に向かって、呼びかける。

 返事も、人の気配もまるで無い……。


「レフィ―! レフィ―!! ねぇ、いないの?」


 不安になりながら呼び続けると、暗闇の中で何かがキラリと煌めく。

 目を凝らして見ると、光は徐々に大きくなった。いや、近づいてくる。

 

「鳥……?」


 思わず伸ばした手の指に、光がとまる。

 ロベリアの光を纏った、鉄紺色の小さな鳥。

 首を傾げた小鳥の瞳が、四つ色の光を反射した。


「……っ!? ビスルビスマ鉱――」


 鉄紺、翠、金、柘榴色――四種の色が複雑に交わる魔石、ビスルビスマ鉱。

 見紛うはずもない、記憶に刻み込まれた輝き。

 この小鳥、魔石で出来て――


「あっ……」


 あれこれと考え込んでいると、小鳥が家の中へと飛び立ってしまった。

 ゆったりと飛ぶ影は柔らかい光を放ち、まるで家の中へと招いているよう。


「……お、お邪魔します」


 誰もいない玄関にお辞儀をして、家の中へと入る。

 魔石の小鳥は、部屋の奥の床に佇んでいた。その光の下には、人の姿――


「レフィ!?」


 この村で唯一の、鉄紺の黒髪。

 床に倒れていたのは、レフィだった。

 舞い散るほこりも構わず床に膝をつき、彼に声をかける。


「しっかりして! レフィ!!」

「……っ。 ……うぅ……」


 良かった! 意識がある!

 うっすらと目を開いたレフィの顔を、のぞき込む。魔石の小鳥も、心配そうに彼の顔の近くに身を寄せた。


「ぁ……女神……さま……?」

「えっ……」


 乾いた声が、絞り出される。意外な言葉に思わずたじろいじゃったけど……彼、危険なくらい衰弱してない?

 レフィはぼんやりとした目で、私と小鳥を交互に見ている。


「あぁ……最期に、この子を……遣わせて……くださった……」

「……ん?」


 安心したように、レフィは小鳥を優しく撫でた。

 そして私の目を、じっと見つめる。

 いや、最期って――


「感謝……いたし……ます……今、御許……ぇ……」


 まるで最期の言葉のようなセリフを言い切ることなく、レフィは意識を失った。

 グッタリとしたレフィの顔は、一層青白くなる。


「ちょっと!! しっかりして!! レフィ!!」


 まさか、このまま本当に事切れたりしないわよね?

 そんなの寝覚めが悪いから!!


「目を覚まして!! レフィ――!!」


 こうして私の野望に満ちた結婚は、波乱の幕を開けたのだった――

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