No.30

白百足

プロローグ

               心闇は、人である。

               心闇は、心である。

               心闇は、悪口である。

               心闇は、反抗期である。

               心闇は、いじめである。

               心闇は、SNSである。

               心闇は、引きこもりである。

               心闇は、パワハラである。

               心闇は、DVである。

               心闇は、オーバードーズである。

               心闇は、武器である。

               心闇は、死である。


 

               私の心闇は、■である。






 チャイムが鳴る。この時を待っていましたとばかりにクラスメイトは席を立ち、各々に教室の外に出る。

 (…今回、テスト範囲広すぎだろ)

 はぁ、とため息をついた金子きんす はやても荷物をバッグに入れ、教室内がまばらになったのを確認してから席を立つ。1クラス37名というのはこの教室に不釣り合いで、どうにも自由が無い。自分のスペースは目の前のこの机のみだし、教室の通路なんてはみ出た荷物のせいで歩くのも一苦労。どうして廊下に備え付けられたロッカーはあんなにも小さいんだ。おまけに、7月の空気と人数のおかげでエアコンは意味を持たなくなった。こればかりは通路確保の為と少し、壁との距離が開いている一番後ろの席が羨ましい。

 3日間続いたテストも無事終わり、人口密度の窮屈とテスト終わりの解放感に背を伸ばす。テストが返ってくるまでは、この独特の緊張感ともおさらばだ。

「いっちに、いっちに…」

 颯は教室を出て廊下を歩く。窓の外から聞こえた声に顔を向けた。一部の部活動は今日から始まったのだろう、夏空が広がる校庭は賑やかさを取り戻したみたいだ。今頃、自分の親友も体育館でインターハイへ向けて練習中だろうか。挨拶もそこそこに急いで教室を出て行った。颯も一応、写真部に所属しているが週1回の活動。イベントや大会があればそうとも言えないが、この学校の中では気楽な部活動だ。颯自身も写真を撮るのは好きで、スマホのカメラでよく遊んでいる。何より、写真部では高校生のお小遣いでは到底手が出せない、一眼レフカメラで写真を撮れるのだ。むしろ好条件と思い、入部した。

 そんな写真部はテストが終わったところで直ぐに始まる部活ではない。活動再開は週明けの水曜日。今日はもう、ゆっくりしよう。夜中までみっちりと頭に叩き込んでいたテスト勉強なんて、考えなくていいのだ。

「……うん。--だよ。………ふふっ、平気だって。…うん、---は後から帰るって。…うん、はーい」

 (…あ)

 トサッ、小さな音に颯は目を向けた。目線の先には可愛いうさぎが落ちている。下駄箱では靴を履いている女子生徒が。通話中らしく、うさぎが落ちたことに気付く気配はない。立ち上がった際、二つに結んだ髪が揺れた。色素の薄い髪が夏の光に透けている。印象的なシルエットにクラスメイトだと気付いた。確か名前は――早乙女さおとめ ミオ。

 颯にとって、早乙女 ミオはクラスメイトという認識で話したことも無い。ただ、女子好きの親友が気になることを言っていた。

『早乙女ちゃんさ、何処中出身かわっかんねぇんだよなぁ。小さくて可愛いし、細いけど女子特有の柔らかさがあって、抱きしめたら絶っ対納まりいいよな。静かで人見知りすげぇけどそれも個性?って思えば全然良いし。何よりも胸がデカい。俺の見立てじゃD以上はある。小さくて可愛くて巨乳って…最高すぎじゃね?』

 いや、思い返せば九割どうでもよかった。颯が気になったのは、出身校がわからないということ。有名な進学校でもない限り、大体の同級生は同中・同小の者が居て相手がどういう者か理解している関係で。颯にとっては親友もその一人で、何かと助けてもらうこともしばしば。しかし、ミオにはそれが居ない。そもそもというのは親友の情報で。同じ小・中学校出身が居ないのは珍しい。ただ、そう思ったのだ。

「ねぇ、落としてるけど」

「ふぁっ⁉え、あ…えっ?う、あ、え、えと、あ、ありが、とう、ごっ、ございます……」

 颯がうさぎを拾って声を掛ければミオは盛大に肩を揺らし、目をそらし、どもりながらも感謝を口にしうさぎを受け取る。…これは、人見知りというよりコミュ障の間違いでは。

「どういたしまして。紐、切れてるみたいだし…気を付けた方がいいよ。それじゃ」

 颯も下駄箱から靴を取り出し足を入れる。ミオのバッグには紐が垂れ下がっていて、そこにうさぎが付いていたのだろう。もう話すことも無いし、軽く頭を下げてから颯は学校を出た。

 

 

 「金子君、だよね…やっぱり、優しい人だったね」

 ミオは受け取ったうさぎに話しかける。ふふっ、と笑いながらうさぎをバッグに入れるとミオも学校を後にした。


 

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