第2話 蠢く鉄

(なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりか。これじゃあ、私がホラー映画の世界にいるみたいじゃん)


 教室にいた十数名の鉄頭たちを目の当たりにして、彩華はのんきにそんな事を考える。

 対する鉄頭たちは、教室に入ってきた彩華に顔を向けると、すぐさま彼女に襲い掛かった。


「こうなったら、仕方ないよね」


 そう呟くと同時に、彩華は自身の能力を行使し始める。

 すると、教室にある机や椅子を構成する鉄パイプが鋭い槍のように変形し、鉄頭たちを片っ端から串刺しにし始めた。


 不死身というわけではない鉄頭の化け物は、心臓を貫かれるとあっさり絶命した。

 鉄頭が力尽きて倒れる度に、鉄の結晶が地面とぶつかり「ドゴン!」という音が鳴り響く。


 ……最終的に、彩華は顔色一つ変えず、軽々と鉄頭たちを全滅させてしまった。

 辺りで凄惨な光景が広がっているのとは対照的に、彼女は返り血すら浴びずに済んだようだ。


 安全を確保した彩華は、死体を避けて自分の席へ向かうと、置いてあった自分のリュックサックを回収する。

 そして、その中にしまってあったスマートフォンを取り出した。

 彼女は、自分のスマホを回収するためにこの教室を訪れたのだ。


(取り敢えず、警察に電話してみよう。世界が終わって無ければ繋がるはず)


 一縷の望みをかけて、彩華は110番に電話をかける。

 しかし、悲しきかなその電話は繋がらない。

 スマートフォンの画面を見てみると、電波の状態が圏外になっていた。


(な、なんで? まさか……あれが原因?)


 彩華の視線の先、教室の窓の向こうに見える街並みの中に、異様な存在が映りこんでいた。

 血のように赤黒い壁が、天高くそびえ立っていたのだ。


 この壁はいわゆる結界で、仙台市の都市部を包み込むように円状に展開している。

 彩華の予想通り、この結界が外部との通信を完全に遮断していた。


(それじゃあ、次はどうしよう。あの壁の近くに行ってみたら、何か分かるかな)


 なんて事を、彩華が考えていたその時。

 突然、辺りにバン、バンと二発の銃声が鳴り響いた。

 これを聞いた彩華は、少し悩んだ後に銃声の方へと向かうことを決める。


(鉄頭は銃なんて使えないだろうし、たぶん人間だ。私以外にも、鉄頭にならずに済んだ人がいたのかも)


 早速、彩華は銃声が鳴ったと思われる一階に降りる。

 すると、一階に到着したところでまた銃声が一回鳴り響いた。

 これによって、銃声の発生源をほぼ特定した彼女はその場へと向かう。

 そうしてたどり着いたのは、一年二組の教室だ。


「来ないで!」


 教室の後ろ側の扉の前まで行くと、そう叫ぶ女性の声が彩華の耳に入った。

 ただ、それでも彼女は特に焦ることなく、落ち着いて扉を開けて教室の中へと入る。

 ここで彩華は、黒板の前に立つ生存者を発見した。


 件の人物は、ブロンドの長髪にキリッとした顔立ちを持ち合わせている、大人の女性だった。

 水色のワイシャツに黒色のタイトスカートを身に纏い、その上には白衣を羽織っている。


 その白衣は血で汚れており、ストッキングに至っては穴だらけだ。

 よくよく見てみれば、靴すら履いておらず顔色も悪い。

 どうやら、相当苦労してここまで来たようだ。


 そんな彼女は現在、迫ってくる数人の鉄頭たちに対し、震える手でリボルバーを構えていた。


(見たことない人だ。白衣を着てるけど先生じゃないだろうし、何者なんだろう? 銃を持ってるし、明らかに普通の人じゃないよね。ま、とにかく今は助けてあげなきゃ。助けたら協力してくれるかもしれないし)


 そんな考えの下、彩華はまたも自身の能力を行使し、机と椅子の一部を鋭い槍に変形させる。

 そして間もなく、槍は教室にいた鉄頭たちを一人残らず刺し貫いた。

 

 鉄頭を倒し、周囲の安全を確保した彩華は、ゆっくりと歩いて教卓へ向かう。

 対して、白衣を着た女は青ざめた顔のまま、リボルバーのリロードを行っていた。


 女の目の前までやってきた彩華は、教卓に両手で頬杖をついて彼女に話しかける。


「ねぇ、お姉さん。ちょっと聞きたいことがあるの。助けてあげたんだし、協力してくれる?」

「……あなたは、あの化け物の仲間じゃないのね?」

「もちろん。私の頭に鉄が生えてるように見える?」


 そう言って、彩華は可愛らしくころころと笑った。

 それを聞いた女は、ようやく安堵の表情を浮かべる。


「あなたが来た瞬間、机と椅子の鉄パイプが動き出したから、あなたを新手の化け物だと思っちゃったの。ごめんなさい。それから、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。取り敢えず、保健室に行ってその傷をどうにかしなきゃ。お話はその後で!」


 そう言って、彩華は女の手を引き保健室へと歩き始める。

 白衣の女は、そんな彩華に大人しく従っていた。


 そうして、一行は何事もなく保健室にたどり着く。

 幸いなことに、保健室の中に鉄頭はいなかったようだ。


 ここで彩華は、保健室の棚を手当たり次第に漁り始める。 

 そして、ガーゼや消毒液などの医薬品を見つけると、拙い手つきで女の傷の手当てを始めた。

 

「それで、お姉さんは何者なの? 学校の先生じゃないでしょ?」

「それが……私、記憶喪失なの。気がついたらこの学校の傍の裏路地に倒れてて、学校に行けば誰か助けてくれるかもしれないと思ったんだけれど、その結果がこれよ。だから、私も自分が何者なのかよく分からない。ただ、財布の中にこんなものが入っていたわ」


 手当てをしながら話す彩華の質問に対して、女はそのように答える。

 そして、ポケットの中から財布を取り出すと、その中から一枚のカードを取り出してみせた。

 どうやら、彼女の身分証明書のようだ。

 日本神仏信仰研究所職員、山吹やまぶき美穂みほと書いてある。


「美穂さん、って呼べばいい?」

「ええ。良ければ、あなたの名前も教えてちょうだい。それから、あなたがどうやって生き残ったのかも話してくれると助かるわ」

「もちろん、いいよ。私の名前は赤丹彩華で、今はこの高校の二年生。こんな事になっちゃったのは、今日の朝からで――」


 という流れで、彩華は美穂にこれまでの自分の経験を話した。

 それを聞いた美穂は、自身の感想を口にする。

 

「そんな事があったの……。それにしても、あなたは勇気のある子なのね。特殊な能力を手に入れたからって、あんな化け物を打ち倒すのは簡単なことじゃないわ」

「そんな、非常事態なら誰でもできるよ」


 そのように、謙遜の言葉を発する彩華だが、内心ではある疑問が浮かんでいた。

 自分の行動に対する素朴な疑問だ。


(あれ? 言われてみれば、どうして私はあんなにあっさり鉄頭を殺せたんだろ? ちょっと前まで虫すら殺せなかったのに……)


 そこまで考えたところで、彩華はこの疑問を一旦頭の中から振り払う。

 今はそれよりも、考えるべきことが大量にあった。

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