鉄血の神もどき
書鳳庵カルディ
第1話 日常喪失
ある夏の日のこと。
仙台市内の街に建てられたとある高校に向かって、歩みを進める一人の少女がいた。
彼女の名前は、
夏らしく涼し気な恰好の制服を身に纏い、黒髪にピンク色のメッシュという特徴的な髪をしている彼女は、今年で十七歳になる女子高生だ。
いわゆるギャルに分類されるタイプの人間で、小悪魔を彷彿とさせる装飾が付いたリュックサックを背負っている。
「咲ちゃんおはよー」
「彩華ちゃんおはよう。今日提出の英語の課題、ちゃんと終わらせた?」
「あ、忘れてた。三時間目までに急いで終わらせなきゃ」
そんな風に、通学路で出会ったクラスメイトとたわいもない会話をしながら、彩華は学校に行く。
そうして、何事もなく学校に到着した彼女は、一時間目の授業が始まる前にトイレへと向かった。
異変が起きたのは、ちょうどこの時だ。
用を足して手を洗おうとしたところで、彩華は隣に立っているクラスメイトの少女の様子がおかしいことに気がつく。
というのも、その少女は虚ろな目をしたまま洗面台の前で固まっていたのだ。
「ちょっと、咲ちゃん大丈夫? ぼーっとしてるみたいだけど」
「……たい」
「え?」
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
彩華が話しかけると、少女は突如として自身の頭を掻きむしり始め、そのように絶叫する。
また、それと同時に少女の頭部から四角い鉄の結晶が生えてきた。
意味不明だが、事実として彼女の頭部の皮膚から鉄の結晶が飛び出してきたのだ。
肉を引きちぎって出てきたその銀色の結晶は、瞬く間に少女の頭部を覆っていく。
そして、少女の頭部は血にまみれた鉄の結晶によって完全に包まれてしまった。
おぞましい姿になった少女の惨状を目の当たりにして、彩夏は思わず後ずさりする。
「は……? 何がどうなってるの? さ、咲ちゃん、生きてる?」
頭部が鉄の塊になってしまった少女に対して、彩華は震えた声でそう声をかける。
すると、少女だった化け物はゆっくりと彩華の方を向き、彼女に対して殴りかかった。
突然の異常事態で半ばパニックになっていた彩華は、この攻撃を避けることができず、無防備な腹部を殴られてしまう。
「かはっ! な、なんで……こっちに来ないで!」
痛みに喘ぎながら彩華はそう叫ぶが、目の前の化け物はまるで意に介さない。
拳を構え、続けざまに二回目の殴打を行おうとしている。
躊躇いなく振り下ろされた拳は、彼女の顔面へと向かった。
対する彩華は、咄嗟に顔の前で腕をクロスさせて防御を試みるが、それもあえなく破られてしまった。
腕ごと顔面を殴り飛ばされた彼女は、後ろにのけぞり後頭部を壁に打ちつける。
これによって、彩華は脳震盪を起こしてしまったようだ。
意識が段々と遠のいていく中、後ろの壁にもたれて力なく座り込んだ彩華は、最後に思考を巡らせる。
(私、こんなところで死んじゃうんだ。わけわかんない目に遭って、馬鹿みたいな鉄頭てつあたまの化け物に襲われて。あぁ……せめて最後くらいは、コイツに一矢報いたかったな)
なんて事を考えながら、彩華は最後の力を振り絞って目の前の化け物に手を伸ばす。
そして間もなく、気力を使い果たして彼女が気絶すると同時に、鉄の槍が化け物の胸を貫いた。
++++++
「んぅ……あ、あれ? 生きてる?」
気絶してから五時間ほど経過したところで、彩華はようやく目を覚ました。
身体のあちこちを動かしてみたり、頬をつねったりしてみるが、何もおかしなところはない。
それどころか、殴られたはずの腹や頭の痛みまですっかり消え去っている。
(あの鉄頭は、立ったまま死んでる。胸に何か刺されたみたい)
元クラスメイトの死体を前にしても、彩華は驚くほど冷静だった。
死体の胸に突き刺さっている鉄の槍を何の遠慮もなく観察した彼女は、すぐにその正体に気がつく。
(これ、洗面台の蛇口が変形して、こいつの胸を貫いたんだ。それで、鉄頭は死んで私は助かった。……でも、一体誰がこんなことをしたんだろう)
かつて蛇口があった場所から、鉄頭の胸に向かって伸びる鉄の槍を見て、彩華はそのように考える。
それですぐに、彼女はある可能性に思い当たった。
(まさか、私? 鉄頭に対して手は伸ばしたのは確かだけど、私にそんな超能力なかったよね?)
そんな事を考えながら、彩華は二つある洗面台のうち、変形していない方の蛇口に手を伸ばす。
すると、その蛇口がミミズのようにウネウネと動き始めた。
それを確認した彼女は、口を大きく開けて溜息をつく。
(もう、いちいち驚く気も失せちゃった。仕方ないから、ちょっと自分の能力を試してみよう。今の私なら、この蛇口を自在に操れるのかも)
ウネウネしている蛇口に対して、彩華が"刀になれ"と念じてみると、蛇口は刀身の形にあっさり変形する。
そんな実験を何回か繰り返して、彼女は自身の能力をおおよそ把握した。
簡単に言うと彩華は、鉄または鉄を含む金属を、自身が念じたように変形させる能力を手に入れていた。
手を伸ばすという動きも実は不要で、彼女は念じるだけで自在に鉄を変形させることができる。
ただし、鉄頭に生えている鉄の結晶は例外で、あれは何故か変形させることができないようだ。
かくして、能力の検証作業を終えた彩華は、次に何をするか考え始める。
(いい加減、ここから出よう。トイレの外に出たら、意外といつも通りの世界が広がってるかもしれないし。……ちょっと、望みは薄いけど)
それなりに長い間気絶していたにも関わらず、誰も助けに来なかったという事実から、彩華は外がどうなっているのかをおおよそ察していた。
人がたくさんいる学校であるにも関わらず、外からは人の話し声も物音も聞こえてこない。
少なくとも、まともな状況ではないことは確かだった。
トイレの外に出た彩華は、誰もいない廊下を歩いて自分の教室へと向かう。
そして、教室のドアを開けるとそこには、制服を着た元クラスメイトの鉄頭たちがいた。
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