正体


火茂瀬 真斗:「飲み物いりますか……?」


四方木 梓:「いや、要らない」


僕は上質な革のソファーに腰掛ける。


広々としたリビングに、対面式のキッチン。


茶色や白など落ち着いた色合いの家具。


部屋の隅に置かれた背の高い観葉植物。


一人暮らしにしては部屋数が多い。


やはり誰かと暮らしているのだろうか。


部屋を観察していると、火茂瀬が口を開く。


火茂瀬 真斗:「……あの、俺を捕まえないんですか?」


柔らかな絨毯の床に正座した火茂瀬は、僕を見上げ怯えている。


四方木 梓:「事情聴取みたいなもんだ。まず、お前は最初から殺すつもりであの場所に行ったのか?」


火茂瀬 真斗:「……はい」


火茂瀬は床に敷かれた絨毯を見つめる。


四方木 梓:「今までの執行人のコピーキャットもお前だな?」


火茂瀬はコクリと一度だけ首を縦に振った。


四方木 梓:「何でコピーキャットなんてしてる? そもそもどうやって桑月を呼び出したんだ」


火茂瀬 真斗:「……これから話す事、信じてくれますか?」


一体どんな事を話すというのだろうか。


四方木 梓:「……内容による」


正座をしている火茂瀬の目を見る。


火茂瀬 真斗:「俺……今まで頼まれて犯人を殺してたんです」


四方木 梓:「誰に?」


少しの沈黙のあと、ごくりと喉を鳴らし、ゆっくりと口を開いた。


火茂瀬 真斗:「……、たちです」


またしても、僕は自分の耳を疑った。


火茂瀬 真斗:「俺、昔からすごい霊感あって……姿も見えるし、声も聞こえて。だから女の霊が寄って来て俺に殺してくれって頼むんです」


俺は黙って半信半疑で聞く。


火茂瀬 真斗:「俺自身、人を殺して生きてるやつ許せないし……だから引き受けてたんです」


四方木 梓:「……無償で殺っているのか?」


幽霊からは何も受け取れない。


何かの情報が目的か?


それとも、理由を正当化しようとしてるだけで、殺しが好きなのか?


火茂瀬 真斗:「えっと……それは……」


火茂瀬は僕をチラッと見上げてすぐに目を伏せると、バツが悪そうに、少し頬を赤らめた。


四方木 梓:「……なんだ?」


火茂瀬 真斗:「冗談抜きで……殺された女たちにヤらせてもらってるんです」


四方木 梓:「は!?」


開いた口が塞がらなかった。


聞いている僕の方が恥ずかしい。


四方木 梓:「霊感は信じられるが、さすがにそれは……嘘にしか聞こえない」


火茂瀬 真斗:「嘘じゃないですって!!」


首を横に振ると、正座をしていた火茂瀬は興奮気味に立ち上がると僕の隣に座った。


火茂瀬の勢いに少し体が反る。


四方木 梓:「わ、わかった……」


信じてもらえる事に安心したのか火茂瀬は嬉しそうに笑った。


だが、その顔はすぐに曇る。


火茂瀬 真斗:「あの……聞きたいんですけど……」


火茂瀬の次の言葉を待つ。


火茂瀬 真斗:「何で……俺がコピーキャットだって解ったんですか? そもそも執行人のコピーキャットが存在するなんて話、出てませんよね!?」


確かに警察はコピーキャットが存在する事を知らない。


証拠すら無いのだ。


コピーキャットの犯行も執行人の犯行と処理されてしまっている。


火茂瀬が疑問に思うのも無理はない。


四方木 梓:「信じられない事もあると思うが、順を追って説明しよう」


隣に座る火茂瀬を見ると、複雑な表情で見つめ返してきた。


四方木 梓:「まず、コピーキャットの存在は前から知ってたよ。もちろん僕だけね。お前がコピーキャットだと知ったのはさっきだけど」


火茂瀬 真斗:「見回りしてた四方木さんに見られて……いや、ちょっと待てよ!? 真綾が霊力使って結界張ってたんです! だからあのビルに入れるわけ……」


火茂瀬は考え込んでしまった。


四方木 梓:「その結界は……普通の人は入れない?」


火茂瀬 真斗:「今までこんな事無かったんで解んないッスけど……多分、入れないと思います」


四方木 梓:「じゃぁ僕は普通じゃないから入れたんだな」


自分の秘密を言わなくても良かった。


“何でだろうね?”と知らん顔をしていても問題は無かった。


でも、火茂瀬の秘密を聞き出して、自分は何も言わない事に罪悪感を感じ、彼に伝える事にした。


“信じられない事もあるかも”と言っている時点で最初から火茂瀬に話す気でいた事に気付き、自分に苦笑いをした。


火茂瀬 真斗:「……それどーゆー意味ですか?」


警戒する火茂瀬は眉を寄せた。


四方木 梓:「僕には死体に触れることで犯人が解り、死に至るまでが見える特異体質なんだ。そしてその犯人の気配を感じ取る事も出来る」


上手く伝わっているのだろうか……。


火茂瀬 真斗:「ビジョンが見えるって事ですか? ……それで俺が殺した死体に触れて、コピーキャットが俺だと解ったんですね」


僕のサイコメトリーの力についてはそれなりに伝わっている様だが、少し勘違いをしている。


四方木 梓:「さっきも言ったが、君がコピーキャットだったのは知らなかったんだ。僕がコピーキャットの存在を知ったのは、もっと簡単な理由だ」


ナゾナゾを解く様に、唸りながら悩む火茂瀬を見て、思わず笑ってしまった。


全く解らないという顔をしている火茂瀬に、心臓が高鳴りながら答えを教えた。


四方木 梓:「だからだよ」


ゆっくりと答えを理解した火茂瀬は顔を恐怖や驚きで歪ませた。


僕にはその表情が可笑しくてしかたなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る