みんなで異世界ロールプレイ〜最強TRPGの伝説

みこがみ明

第1話 テーブルトークロールプレイゲーム

 さあいよいよ週末だ、E&Eを遊ぶ時間がやってきた。

 今日は冬休み前の土曜日、友達3人とE&Eというゲームを遊ぶ日なのである。

 僕の名前は鍋島和彦なべしまかずひこ、九州の某大学に通う二年生だ。

 E&Eというのはテーブルトーク・ロールプレイゲームの略称で、正式にはエルダードラゴンズ&エルブズという名前である。

 コレは模擬シミュレーション戦争ウォーゲームから派生した遊びらしく、戦闘の際にはチェスの駒のようにミニチュアの金属人形メタルフィギュアを動かすのが楽しい。

 金属人形は無くても遊べるんだけど、おはじきや消しゴムの代理駒を使うだけではこのゲームは少し味気ないものになってしまう。

 だから僕は公式に販売されている金属人形を買って遊んでいる。

 ただミニチュアの公式人形は値段が高いので僕もそれほど多く持っているわけではない。

 赤鬼ゴブリンなどがたくさん出てくる場合には、仕方なくおはじきなどで代用している。

 このゲームの画期的な点は従来のシミュレーション・ウォーゲームに物語性を加えたところにある。

 紙に鉛筆で結果を記録し判定にサイコロを使う。そして会話をしながら物語を進めていくという、ルールのあるごっこ遊びみたいなゲームなのだ。

 この革新的なゲームを考案した創作者の名前は、ゲイン・ガイバックス。

 ダン・ケインという親友と一緒に、このゲームを産み出したといわれている。

 僕が世界で最も尊敬する人物の一人だ。

 このゲームのプレイヤーは剣と魔法が支配する幻想世界の住人となり、人間の種族なら戦士、盗賊、神官、魔術士の四種類の職業から一つを選ぶ。

 種族は人間の他にも三種類の妖精族エルブズがいる。

 美形で頭が良く耳の長い大妖精アーブ

 男は髭を生やし少し背が低く筋骨隆々の中妖精ドワーフ

 大きな猫が二本足で歩いているような姿の素早い小妖精ケットシー

 この妖精の三種族はマルチクラスと呼ばれ、アーブは魔術士と戦士を、ドワーフは僧侶と戦士を、ケットシーは盗賊と戦士を兼ね備えた強力な種族になっている。

ただ妖精族は寿命が長く二つの職業を持っている代わりに、人間よりも成長が遅いという欠点もある。

 ゲームの序盤では強力なキャラクターで、プレイヤーが二人や三人など少ない人数で遊ぶ時には使い勝手のいい種族でもある。

 このゲームではプレイヤー達はおとぎ話の主人公として邪悪な怪物や巨大なドラゴンと戦い、さらわれたお姫様を救出するためにドラゴンを倒すために強い武器を地下迷宮に探しに行くというような冒険の旅に出かけることになる。

 楽しめる物語は用意されたシナリオによって様々だ。

 基本的には危険な冒険が多いが、中にはコメディのような冒険や謎解きのような冒険もある。

 プレイヤー達が様々な問題を解決するために協力するのがこのゲームの目的であり、冒険中にプレイヤーは自由な想像力を発揮し、問題解決に取り組むことができるのがこのゲームの最大の魅力だ。

 普通のゲームはオセロや将棋のようにプレイヤー同士で勝利を競うのだが、このゲームでの勝利はむしろ仲間同士が知恵を出し合い、いかに協力してゲームで与えられた問題を解決するかが勝利するための重要なカギになっている。

 ロールプレイゲームはお互いにいがみ合うことなく、みんなで和気合々と遊べるという点で今までにない画期的なゲームなのだ。

 僕はこのゲームで最も重要なゲームマスターという役割をやっている。

 このゲームはコンピューターゲームのRPGと区別するため日本ではTRPG、

テーブルトークロールプレイゲームと呼ばれるのが一般的だ。

 その名のとおり、登場人物を演じて楽しむごっこ遊びのようなものだ。

 ただし、普通のごっこ遊びではゲームにならない。

 映画が役者だけでは成立しないように、このゲームには監督や演出家のような存在が必要なのだ。

 冒険者達に状況を説明したり、彼らと戦う怪物達を動かしたり、プレイヤー達に見えないようにサイコロを振って攻撃の成否を判定する審判のような人間が。

 それがテーブルトークRPGにおけるゲームマスターである。

 ゲームマスターなんて簡単だという人もいるが、それはプレイヤーしかやったことがないか、真剣にゲームマスターをやったことがない人間だから言えることだ。

 ゲームマスターは一人で何役もこなさなければならない。

 はっきり言ってブラック職業である。

 映画監督のようにゲームマスターは、もっとプレイヤーから尊敬される仕事であるべきだ。僕はそう考えている。

 では話を続けよう。ゲームマスターは語部や脇役を演じ、物語を進めていく進行役を務めている。

 ただこのゲームはほとんどの場合、ゲームセットを買った人間がゲームマスターをやることになる。

 購入したゲームに入っているゲームマスター用ルールブックには、プレイヤーが本来知ってはならない情報がたくさん書かれているからだ。

 モンスターの能力や体力点の情報などもそれらの一つだ。

 それにゲームに参加するだけのプレイヤーと違い、ゲームマスターは遊ぶ前に準備をしなければならない。

 市販のシナリオを使うならば事前に下読みを行い、モンスターや宝物の配置、罠などをチェックして冒険用の資料を作成する。

 ゲームマスターの仕事はプレイの時だけではなく、むしろプレイの前準備の方がたいへんだといえる。

 そして我が家の冒険者達は3人しかいないので、このゲームで想定された英雄の人数には少し足りない。

 E&Eでは通常5人から7人のプレイヤーが理想とされている為だ。

 さらに販売されているE&Eのシナリオでは、それに合わせて難易度が設定されており、まともにやれば簡単に冒険者が全滅するようにできている。

 まさに恐怖のシナリオである。

 ただでさえ想定より少ない人数でシナリオに挑んだのでは、冒険者達が知恵を絞っても無事に生還することは難しい。

 しかしすぐに死んではゲームが面白くないので、ゲームマスターの僕は魔法の宝物を本来よりも多めに出したり、出てくる敵の体力を低めにしたりして調整している。

 プレイヤーに甘いようだが、そうしないとたった四人しかいないパーティはあっという間に全滅してしまい、ゲームそのものが成り立たなくなってしまう。

 プレイヤーにとってせっかく育てたキャラクターを失うのはつらい経験だ。

 それをきっかけにロールプレイゲームという素晴らしい遊びを辞めてしまうかもしれない。

 最初の冒険ルールブックでは死者を復活させる魔法は無いので、途中で死んでしまったキャラクターはゲームマスターとしてもどうすることもできないのだ。

 ただしプレイヤーが愚かな行為や邪悪な行為に出た場合は別である。

 その時は閻魔大王のように僕は無慈悲な裁定を下す。

 反省を催す機会を与えるため、たいてい殺すまでにはいたらないのだが……

 まあそうやってゲームに緩急をつけている。

 ゲームマスターはゲームを面白くするために、少々ルール変更をしても許される。

 僕はこのゲームをそう解釈している。

 しかしプレイヤー達にはそういう行為を絶対に秘密にしなければならない。

 ゲームマスターが手心を加えていると知られると、せっかくのゲームの緊張感が台無しになるからだ。

 とはいえ映画だってゲームだってハッピーエンドの方が気持ちいいはずである。

 俗物的だが僕はそういうハリウッド映画的な物語が好きなのだ。

 ヨーロッパ映画のような悲劇的な最後も悪くはないが、残念ながら僕の趣味ではない。

 このゲームで大事なことは参加したみんなが楽しい時間を過ごせることだ。

 E&Eのゲームにはキャラクターのレベルに応じて複数のルールブックが用意されている。

 最初は冒険級ルールブック、次にレベルが上がった人のための英雄級ルールブック、そして伝説級ルールブックの三冊である。今回のゲームで使っているのは、二冊目の英雄級ルールブックだ。

 ゲームマスターとしては、早く強力な魔法や怪物の出る伝説級ルールルブックを使って遊びたいのだが、伝説級を遊ぶには冒険者達のレベルがまだ足りない。

 そのためにウチの英雄達には、もっと冒険をこなしてもらう必要がある。

 では我が家の冒険者達を紹介しよう。

 英雄達は人間の戦士、盗賊、魔術士の3人だ。

 ただ三人ではパーティとして少ないのでNPC、いわゆるノンプレイヤーキャラクターを1人加え、足りない回復役の職業である神官をお供として一人つけている。

 ノンプレイヤーキャラクターというのは、ゲームマスターが使用するプレイヤー用のお助けキャラクターで、プレイヤーから指示がない限り基本的には自分の意志では動かない。

 ただゲームが行き詰まった時には、プレイヤー達にヒントを提案する重要な役割も持っている。

 そしてこのゲームにはゲームの経過を書き留めるために冒険記録用紙がある。

 冒険記録用紙にはキャラクターのレベルや能力、体力点、持ち物、所持金、それに手に入れた経験値などを書き込むことができる。

 ゲームの度にプレイヤー達がこの用紙に記録するので、この用紙はゲーム中プレイヤーの手元に置いておくことになる。

 いわば成長の記録である。

 プレイヤー達は全員が男のせいなのか、肖像画を描く記録用紙のスペースには、なぜかアニメ顔の可愛い女性キャラクター達が並んでいる。

 まあかくいう僕もお供のNPCの神官を可愛い女性のキャラクターに描いているので他人の事をとやかく言う資格はない。

 このようにゲームでは紙と鉛筆を使って遊ぶので、海外ではペーパー&ペンシルロールプレイゲームとも呼ばれているようだ。

 さてこれで説明を終わりにしよう。

 ようやくゲームを始めることができる。

 いや待て待て、大事なものを忘れていた。

 ジュースとポテトチップスも用意しておかないと。

 長いゲームになるから夜食用のカップラーメンもいるかな。

 僕は必要になりそうなモノを炬燵の上に用意する。

 そうなると台所の電気ポットに水を入れておかないと。

 さて、そろそろ約束の時間だ。

 僕はそう思って壁の時計を確認した。

 時計の針は夜の8時を少しまわった頃である。

 時計を見ながらそわそわして待っていると、玄関の呼鈴がカン高い音で鳴り響く。

 ようやく待ちに待った冒険者達が到着した。

 僕は部屋着姿で慌てて玄関へと、みんなを出迎えにいく。


「鍋島ーっ、待たせたね」


 ドアを開けて最初に入って来たのは同じK大の友人、小畑晶おばたあきらである。


「遅れてごめん……」


 続いてばつが悪そうに入ってきたのは、同じくK大の西山啓一にしやまけいいち


「よう! 今日もよろしく頼むぜ」


 最後に元気よく入ってきたのが、同じくK大の倉橋望くらはしのぞむだ。

 彼ら三人が僕のE&E物語の大事な冒険者達なのである。

 外はあいにくの雨模様だったらしく、みんなは雨合羽姿だった。

 雨がひどかったのか思ったよりずぶ濡れである。

 アパートの玄関が狭いので寒い中、申し訳ないが外で合羽を脱いでもらう。

 その間に急ぎ風呂場からバスタオルを持ってきて彼らに一枚ずつ手渡した。


「いやあ、ひどい雨でずぶ濡れだぜ。このままじゃ風邪を引いちまう……」


 倉橋が真っ先にバスタオルを手に取り自分の身体を拭いた。

 僕はみんなの濡れた雨合羽についた水をなるべく外に落とし、風呂場の空いてるハンガーにかける。ゲームが終わった頃には乾くだろう。

 みんなが愚痴を言いながら濡れた身体を拭き終わった頃、遠くでドーンと大きな雷の音が鳴った。

 こんな寒い時期に雷なんて珍しいな…… 

 不思議に思いながらも、僕はとりあえずゲームを始めることにした。


「さあさあ、みんな座ってくれ」


 僕のかけ声で三人が炬燵のまわりに集まってくる。

 もう十二月なので炬燵を使えるようにテーブルには掛け布団がかけてある。

 みんなは逃げ込むように布団の中にそれぞれの身体を潜り込ませた。


「いやあ、生き返るねえ」


「えう~っ、暖か~い」


「やっぱ、冬は炬燵に限るぜ」


 三人が炬燵でぬくぬくとくつろいでいる間、僕は部屋の隅にある石油ファンヒーターのスイッチを入れる。

 すぐにボッと火が付き灯油の燃える匂いが漂ってくる。

 今はそれほど寒い訳ではないが、これから寒くなりそうだから風邪を引かないための用心である。

 みんなが座ったのを確認し、先週に使ったばかりの冒険記録用紙を手渡す。

 炬燵には升目の入った碁盤の中央に前衛の戦士と神官、後衛に盗賊と魔術士の金属人形が二人ずつ並べて置かれている。

 この四体の小さな金属人形が戦闘の際に冒険者の位置を示す駒になる。

 みんなが冒険記録用紙を確認している間、僕の隣に座った小畑が気を利かしてコップにジュースを注ぎ始めた。


「おい西山、まだポテチはまだ食うなよ? オレだって食いたいんだからな」


 倉橋がこっそり袋を開けようとする西山に警告する。


「ボクは、お腹が空いてるんだよう~」


「食べるのはゲームが始まってからだ」


 倉橋が西山の欲求を容赦なく切り捨てる。


「えうーっ」


 西山は悲しそうにそう嘆くと、名残惜しそうに袋を元の場所に戻した。

 プレイヤーが3人というのはこのゲームのバランス的には少ないが、炬燵でロールプレイゲームを遊ぶにはちょうどいい人数である。

 炬燵の四辺に僕を含めてちょうど一人ずつ座れるからだ。

 それにプレイヤーが3人程度だと、みんなが暇にならずゲームで活躍できる。

 プレイヤー達からシナリオやサイコロの目を見えないようにするため、僕はテーブルに進行用衝立マスタースクリーンを立て、事前に用意しておいた資料とサイコロをテーブルの下に置いた。

 雨のせいで時間はもう八時半をまわっている。

 残念ながら予定開始が少し遅くなってしまった。

 今日も長い夜になりそうだ。

 外の雨音はさらに激しくなり、しばらく止む気配は無さそうだった。

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