勉強しよ!

古野ジョン

勉強しよ!

 最近、幼馴染によく勉強を教えている。高校に入って数か月、どの科目も難しくなってついていけなくなったそうだ。別にそこまで彼女の成績が悪いとも思わないのだが、やたらせがまれるので放課後によく教えている。


 俺は科学部に入っているので、部活が終わったあとに勉強を教えている。理科室を自習室代わりに使えるから、便利だ。


 ある日の勉強中、彼女が話しかけてきた。

「ねえ、化学ってなんで『化ける』って漢字なのかな?」

たしかに、なぜだろう。気にしたこともなかったな。俺は適当に返す。

「昔の人からしたら、化学反応なんか『化ける』ように見えたんじゃないか?」

「ふーん、たしかにそうかも」

それを聞いた彼女は、また勉強に戻った。


 次の日、いつものように部活をしていると理科室の前で彼女が待っていることに気づいた。そうか、いつもなら部活が終わる時間か。「もうちょっと待ってろ」と身振り手振りで伝えると、彼女はむすーっと頬を膨らませた。


 なぜいつもより時間がかかっているのかというと、今日は実験をしているからだ。溶液から結晶を取り出す実験をしているのだが、これがなかなか難しい。結局、いつもより一時間ほど遅くなってしまった。


 他の部員が皆帰ったあと、彼女を理科室に招き入れた。

「遅いよ!もー」

「悪い悪い、でも見てくれよこれ」

俺はそう言って、作った結晶を彼女に見せた。

「たしかに綺麗だけどさー、待たせすぎだよー」

「いやあ、こんなに綺麗なら良いじゃないか」

我ながら良い結晶が出来たなあ、と心の中で自画自賛した。彼女はまた、むすーっと頬を膨らませた。


 それから数日後の昼休み、教室で女子に声を掛けられた。

「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだい?」

「放課後、勉強教えてるって本当?」

あ、見られてたのか。

「まあね、アイツは幼馴染だから」

「私にも教えてくれないかな……? 最近、全然授業が分からないの」

なんだ、そういうことか。別に一人だろうが二人だろうが変わらないしな。

「全然いいよ、それくらい」

俺は何時に部活が終わるのか教えてあげた。


 その日の放課後。先に来た幼馴染に勉強を教えていると、例の女子がやってきた。

「あの、失礼しまーす」

「おう、いらっしゃい」

俺が彼女の挨拶に返事すると、幼馴染が戸惑っている。

「ちょ、どういうこと?」

「勉強教えてくれって頼まれたからさ。別に断る理由もないし」

「……ふーん、そうなんだ」

またまた、頬を膨らませた。


 幼馴染と違って、例の女子は本当に成績が悪いようだった。どうやら、しっかり教えないといけないみたいだな。日に日に、幼馴染よりも彼女に勉強を教える時間の方が長くなっていった。幼馴染は不満げにしていたが、頼まれたからにはしっかり教えないとだしなあ。


 数週間後、幼馴染がこんなことを言いだした。

「ねえ、教えてほしいことがあるんだけど」

「なに?」

「ずっと前に見せてくれた結晶、私も作ってみたいな」

「え?」

「だからさ、やり方教えてよ」

化学に興味を持ってくれたのか。それは嬉しいな。先生に実験道具を使う許可を得て、実際に教えることにした。


 そして、幼馴染に実験を教える日々が始まった。例の女子には勉強を教えつつ、その合間に実験に付き合ってやっている。

「じゃ、次はこれとそっちを混合するから」

「オッケー、これね。ふふっ」

「なんだよ、急に」

「子どもの頃にこんな感じでおままごとしてたなあって」

「おいおい、おままごとと一緒にするなよ」

「いいじゃない、楽しいんだから」

まあ、嬉しそうだから良いか。


 最初はうまく結晶が作れていないようだったので、何回も手伝ってやっていた。けど、何回も実験するうちに上達したようで、徐々に大きい結晶を作れるようになってきた。よし、もう手伝わなくても大丈夫そうだな。俺は再び、例の女子に勉強を教えるのに時間を費やすようになった。


 ある日の放課後、俺は幼馴染と二人きりになった。なんでも、例の女子は用事があるらしい。相変わらず幼馴染は実験をしているようだが、いやに時間がかかっている。なんだか今日は特に気合いが入っているみたいだな。


 しばらくすると、彼女はビーカーから大きな結晶を取り出してきた。

「おお、すごいな」

「でしょう?私一人でも、こんな大きいのが作れるようになったよ」

これはすごいな。こんなに真面目に実験を繰り返して、大したものだ。うちの科学部に入部してほしいくらいだ。


 なんだか、少し感動してしまった。俺はその気持ちを彼女に伝えようとする。

「なんていうか、『化けた』な」

「なにそれ~?」

「最初は小さい結晶だったのに、少しずつ練習してさ。お前すごいよ」

「だからって化けたなんて言うことないでしょ~?もー」

「いつだったか、化学の『化』は『化ける』の『化』だって話したじゃないか。ハハハ」

俺はそう笑った。


 机に手を置き、彼女の作った結晶をもう一度見直した。ん?なんだかコーンみたいな形だな。わざわざ長い時間をかけていたのは、この形にするためだったのか。

「なあ、どうしてこの形なんだ?」

俺がそう尋ねると、彼女は結晶を手に取った。

「ああ、これはね――」


 次の瞬間、彼女は結晶を俺の手の甲に突き刺した。

「ッ……!?」

俺は思わず声を上げ、後ずさる。彼女は血に染まった結晶を持ったまま、さらに近づいてきた。

「化けたのはね、結晶だけじゃないよ。だって――」


「私も『化けた』もの」


 間もなく、結晶が俺の胸に突き刺さった。

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