第74話 ハーレム計画
「鷗外さん、私と最初に出会った日の事を覚えていますか？」
メアがゆっくりとそう問いかけて来た。
「もちろん覚えてる。湖で月に濡れたメアの全裸……あれはエロかった」
「……そこですか？」
「冗談だ。いやまあエロかったのはほんとだけど」
あの時の光景は今も俺の脳裏に焼き付いている。
……その後死にそうな思いで避けた雷と一緒に。
「私、鴎外さんを初めてじっくり見た時頭にビリビリっと電流が走ったんです。この人が運命の人だと本気で思いました」
メアは思い出を慈しむかのように、うっとりと話している。
いやビリビリ来たのは俺に雷ぶつけて来たからじゃ……とは内心思ってもシリアスな雰囲気なので言わないでおいた。
それに、俺にも覚えがあるのだ。
ナナに裏切られ傷付き、他人を二度と信じないと思っていた俺がメアに触れたのは、まさしく運命というか、本能というか、そういう部分で強く惹かれた気がしたから。
「そうだな。俺もメア以外だったらどんなに全裸の可愛い子でも、あそこまで心を許せたとは思えないし」
全裸の美少女なら多少はデレデレするだろうが、裏切られるのが怖いというのが先行して心の深い部分には決して立ち入らせないだろう。
だからやっぱり、メアが特別だったのだ。
「えへへ……やっぱり通じ合ってるのを確認できるのは嬉しいですね」
照れたようにメアが笑い、そのまま俺たちはしばらく熱視線を交わし身を寄せ合う。
「……すみません。話が逸れてしまいました。それでええと……私があの日言ったことを覚えていますか？」
「言ったこと……？」
なんだろう。色々言われた気がするけど。一番うれしかったのは「オウガイさんはカッコいいです！！！」ってやつだな。二番目は……
「ストップ！ それじゃないですからっ！」
どうやら口に出ていたらしい。
メアが顔を真っ赤にして照れている。可愛い。天使。
「それじゃなくて、私の事情の事です。一緒に戦ってくれる強くてかっこいい旦那様を探してるって言いましたよね？」
「あー、そんな事言ってたな。確かその流れで「オウガイさんはかっこいいです！」ってやつを――」
「それはもういいですから！」
メアが照れながらも真剣な目で見てくる。
どうやらおふざけはここまでらしい。
「その、鷗外さんの事をかっこいいとは言いましたけど、なんで強くてカッコいい人を探してたのか。その理由をきちんとお話していませんでした」
「あれ？ それってラスダン一緒に行って欲しいからってのじゃなかったか？」
「それはそうなんですけどね。……本当はもう一つ理由があったんです」
メアは心が締め付けられそうな程に寂し気な笑みを浮かべて、続く言葉を述べた。
「強くてカッコいい人を探していた本当の理由は……ハーレムを作ってもらう為だったんですよ」
切なく告げられた隠し事。
けれど俺は、まだ何を言われているのか理解できずにいた。
「ラストダンジョンは通常、王族とその伴侶だけが挑むことが出来ます。——けれど一つだけ例外があるんです。王となるものが男性である場合に限り、側室も同行することが可能なんですよ」
そこまで言われ、メアが言わんとしていることを察した俺は、どうしたらいいか分からず目を伏せた。
「私が強くてカッコいい夫を見つけ、その夫に強力な女の人を集めてハーレムを作ってもらい、大人数でラストダンジョンを攻略する。……それが、私の本当の計画だったんです」
「……それで、浅海たちをけしかけたわけか」
ようやく、色々な事に合点がいった。ここまでのメアの不可解の言動の全てに。
だが同時に一つ疑問が残る。
「それならもっと早く言えばよかったんじゃないのか？ ノルミナの街に置いて来た女子たちの中にも候補がいたかもしれないし――」
「……言い出せなかったんですよ。鴎外さんの事、誰にも取られたくないって思っちゃったから」
メアが自嘲気な笑みを浮かべる。
しかしその瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「……ほんと、予想外でした。一番最初、出会ってすぐの時は強い人を見つけた、くらいの気持ちだったのに。言葉を交わして、キスをして。気付いたらもう、どうしようもないくらいに鴎外さんのことを好きになってしまっていたんです。それこそ、祖国の未来よりもあなたとの時間を優先してしまうくらいに」
そこまで言うと、メアは遂に泣き出してしまった。
メアが口ではエルフは時間にルーズだからのんびり強くなればいい、何て言いながらも国の事を心配しているのは俺も分かっていた。
その証拠に、指名手配され大陸を追い出されて尚、彼女は国に戻ってラストダンジョンへ挑むのを辞めて逃げてしまおうとは言わなかった。
むしろ指名手配されたことで、魔族の大貴族から圧力をかけられている自分の国をずっと心配していたように思う。
「あなたとの時間が楽しくて、幸せで、言わなきゃいけないと思いながらずるずるこんなところまで来てしまいました。……けれど、今回鴎外さんを失いかけてはっきりと決めたんです。鴎外さんを独り占めする事よりも、鴎外さんを失わないことの方がずっと大切なんだって」
泣くのを止めたメアの瞳は、強い決意に満ちていた。
きっと、俺が下層にいる間に沢山悩んで、後悔して、今より長い時間泣いたのだろう。
「——だから鴎外さん。ハーレムを、作ってください」
言われて、俺はしばし考える。
そして、
「まあ確かになぁ。もしラスダンにまた転移罠とかあったら石紅いないとお手上げだし、浅海もポテンシャル超高いし、理にかなった選択ではあるよな」
俺は感心したように頷いて見せる。
「そう、なんですよ。しかもお二人とも可愛いですし、鴎外さんに好意を持っています。……これを加えない手はないと、思うんですよ」
「まあ異世界で美少女ハーレムってのは男のロマンだしな。浅海は巨乳だし、下層でメアとは出来ないプレイを色々させてもらったがあれは中々よかった。石紅も入れて4ｐとかするのも楽しそうだよなぁ」
「——っ、そ、それは何より、です。そんな風に、この計画は鴎外さんには何のデメリットもないんですよ。 だから、一緒にハーレムを作りましょう……？」
俺の言葉に同意し、ハーレムに加えることを勧めてくるメア。
——けれど、その無理をしたような笑みが俺はどうしても見ていられなくて。
「ああもう限界だ！ やだよ、嫌だ。俺ハーレムとか作りたくない」
「え……？」
敢えてメアを追い詰めるのに限界を感じた俺がはっきり断ると、メアが困惑した顔を浮かべる。
「そりゃ俺も男だし、性欲的には4ｐとかやってみたい気持ちもあるけどな。……でも、無理だ。俺はメアにそんな顔させ続けてまでハーレム作りたいとは思わない」
「私の事なら気にしないでください。きっとその内に慣れて――」
「あのなぁ。今の自分の顔、鏡で見て見ろよ。俺は今後もメアのそんな顔を見続けるのは死んでもごめんだ。……俺はもう、今更メア以外の奴を好きにはなれないよ」
確かに俺は一度浅海を抱いた。だがあれは彼女の心を守るために必要だったことだ。だから、後悔はない。
俺はメアが好きだ。どうしようもなく好きだ。
それこそ、他の誰かなんて考えられなくらいに。
自分でも言ってて呆れるが、毎日が初恋のようにドキドキされ、どんどんメアの事が好きになっている。
だから――
「ハーレムは作らない。未来永劫、俺が好きなのはメアだけなんだよ」
そう言って、俺は強くメアを抱きしめた。
メアはしばらく「でも、私は国の為に――」と俺の腕の中でもがいていたが、やがてワンワンと大声を上げて泣き出してしまった。
国の事とか、浅海たちをけしかけた罪悪感とか、色々と辛いのだろう。
事情は分かる。ハーレムを作った方がラスダン攻略の難易度は下がるのだろうとも思う。今回の事だけじゃない。ピンチに陥る度、俺も自分の力不足を痛感している。
だからこそ、考えなしにハーレム計画を蹴ったわけではない。
そうしてメアが泣き止んだ頃、俺は一つの疑問を口にした。
「ていうか思うんだけどさ……あいつらには別に普通に頼んで付いてきてもらえばいいんじゃね？」
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