第71話 ここで死ぬくらいなら
下層生活2日目。
昨日の結果を踏まえ、俺たちは一つの結論を導き出した。
「これはもうあれだ、転移しまくる以外に道はないな」
上にも下にも進めないのなら、転移を移動に使うしかない。
挑みまくっていればそのうち慣れて転移の罠を見分けられるようになるかもしれないし。それに、10層より上に転移する事が出来れば探しに来たメアたちと合流することも出来るだろう。
因みに最初にやった風圧で身体を浮かせて進むというのは現実的ではないから却下した。ダンジョンの中を進み続けるには魔力を使いすぎるし、あの状態で戦闘を繰り返すというのも難しい。
それに、実はアルメリアの街に辿り着くまでの半年間、飛行魔法の開発は移動中ずっと取り組んでいたのだ。
風の魔法が使えるのなら空を飛んでみたいと思うのは全オタク共通の夢だしな。
……だが、結果は芳しくなかった。
原理的には風によって走力を強化する身体強化魔法に近いと思っていたのだが、浮くのも加速も旋回も、全てのアクションを自分の筋力を使わずに魔力のみでするというのはかなり難しかった。
一応飛ぶこと自体は出来たが、魔力消費は大きいし飛ぶのに集中し過ぎて空中戦なんてとても出来ない、なんともお粗末な魔法となってしまった。
正直これを食料の備蓄が尽きるまでの1月の間に完成させられるかというと……10層より上に転移することに賭けて試行回数を稼ぐ方が現実的だった。
と、そんな風に転移の罠に挑み続けて更に10日が過ぎた。
「……クソ、マジで石紅はどうやって罠を見破ってたんだ?」
この10日間、ひたすら転移の罠へのアタックを続けたが俺も浅海も見分けられる気はまるでしなかった。
転移の罠は踏んで光るまで普通の床とまるっきり同じ見た目をしていて、他の罠のように床が不自然にもっこりしていたり、よく見ると微かに割れ目があったり……みたいな兆候もまるでないのだ。
こんなの、スパイ映画の赤外線センサーにゴーグル無しで挑むようなものである。完全に無理ゲーだった。
一方の10階層より上への転移に期待する、というのも今のところ結果は振るわなかった。
というのも正直ダンジョンの構造が似すぎていて、転移すればするほど全部同じに見えてくるのだ。最初こそ注意深く色々と観察していたのだが、ゲシュタルト崩壊を起こして頭の中がぐちゃぐちゃになったのでやめた。
出現する魔物で当たりを付けようとも思ったのだが、それもダメだった。
下層は決まったテーブルの中からランダムな魔物が配置される仕組みのようで、例えば6層に出て来た魔物が9層に出て来たリする。酷い時は10回転移して10階とも目の前に同じ魔物がいた。
一応滅茶苦茶下の方っぽい場所では雰囲気が変わってクソ強い魔物が出てくるのだが、大半の階層は何回か転移すると同じ魔物が出てくるので見分けはつかなかった。
まさに、下層の仕組み全てが転移の罠を踏んだ者を徹底的に惑わせる為に存在しているかのようだ。
「「……」」
今日も1日下層を彷徨った末セーフゾーンに何とか滑り込んだ俺と浅海。
それから食事をし、魔法でお湯を作って身体を洗い、寝袋を並べて寝る支度まで終えたのだが……その間、俺たちの間には一切会話が無かった。
浅海は相変わらず俺の近くに寄ってきているが、それだけだ。
最近はもう俺にも浅海を気遣う余裕があまりなくなってきていて、ただただ1日を無駄にした徒労感と、目減りする食料への不安を押し殺すので精いっぱいだ。
……いっそ今からでも転移に挑むのを止めて、完全な飛行魔法の開発に専念するべきだろうか。
そんな風に一度諦めた選択肢に縋りたくなるほど、俺もどうしたらいいか分からなくなっていた。
それでも、俺たちは翌日もそのまた翌日も、必死に転移の罠に挑み続けた。そうする事しか出来なかった。
……だが、それもやがて終わりが訪れる。
下層に囚われてから15日目。
溜まり続ける心と身体の疲労に、遂に浅海が限界を迎えた。
「……浅海、そろそろ時間だぞ」
時刻は朝9時。
重たい身体を引き摺るようにして、俺は何とか立ち上がり浅海に声を掛ける。
けれど、彼女は動こうとしなかった。俺の言葉に反応することなく、全てを拒絶するように膝を抱えて丸まっている。
「……今日は、止めとくか」
そんな彼女を見て、俺は短くそう言った。
何もしないのもあれなので、浅海の邪魔にならない程度に飛行魔法の研究をする。
狭いセーフゾーンの中で、とりあえず壁から壁に飛ぶのを繰り返す。だがやはり、上手くはいかない。水泳のターンのように壁を蹴れば魔力消費はだいぶ抑えられるが、魔力だけでやろうとすると途端に制御が怪しくなる。
俺が飛ぶのを止めて悩んでいると、浅はいつものように無言で俺の隣にすり寄って来て、眠ってもいないのにひたすら丸くなって目を瞑り続けていた。
今の彼女の状態を俺は知っている。
何をしてもだるくて、何もしないのはそれはそれで不安になるが、かといって何かをしたいとは思えない。
心が、壊れ始めているのだ。
というかこうも手詰まり状態が続けば、俺とて精神から来るだるさ自体は感じている。
それでも動いていられるのは、一度その状態を経験し、メアと出会って乗り越えたからだ。
どれだけ追い込まれてもメアの事を考えればどうにかやっていける。
尤も俺とて食料が尽きた後は正気を保っていられるか分からないが。
やがて時刻は夜となり、とりあえず温かいものを食べさせようと俺は保存食を加工してスープを作った。
絶品とはいかないが、干し肉の塩気が利いていて中々美味い。
浅海は黙ってそれを飲み干すとほっと一つ息を吐き、
「……やっぱり、葛西君は優しいね」
そう言って儚げな笑みを浮かべた。
戦闘時以外で、久々に浅海の声を聞いた気がする。
相変わらずアニメキャラにいてもおかしくないくらいの甘く耳心地の良い声だ。
そのまま浅海はしばらく俺のことを見つめ続けて、やがて意を決したように立ち上がると、俺の方へずんずんと歩いて来た。
これまでも無言ですり寄って来ていたので、近くに来るだけかと思ったが今日は様子が違う。目がやたらギラギラと輝いている。
「浅海……? ちょ、浅海さん!?」
そのまま無言で俺を押し倒し、腹の上に馬乗りの姿勢で跨る。
「……ずっと、我慢してた」
浅海がハァハァと荒い息を吐きながら、俺の顔を見下ろす。
俺はパニックになりながらも、彼女の潤んだ瞳に視線が吸い寄せられる。
「葛西君にはメアさんがいるから、この気持ちは隠さなくちゃいけないって。メアさんの事も大好きだから、二人の関係を壊したくなかった」
押し当てられた彼女身体から熱さが伝わって来る。
彼女の指がゆっくりとブラウスのボタンへ向かう。
「ほんとに、言うつもりなんてなかったんだよ? 心の奥にしまって、死ぬまで絶秘密にしておくつもりだったんだから。……でも、もういいよね? ここで死んじゃうなら、地上に帰れないなら……もう気持ちを隠す理由は何もないんだから」
ブラウスのボタンが一つずつ外され、メアとは比較にもならない大きな胸が露わになる。
半月以上禁欲していた俺の身体は勝手に反応してしまい、その煽情的な動作から目が離せない。
「ねえ葛西君……死ぬ前に1回だけでいい。あたしのこと、抱いてくれないかな……?」
柔らかな身体が覆い被さって来て、耳元で熱く囁かれる。
ダンジョンの底で同じ生活をしているはずなのに、不思議と甘ったる香りが俺の鼻腔を満たす。
そして、貪るように強引に。
——浅海奏は俺の唇を奪い去った。
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