第43話 女子の覚悟と本の虫

 結果的に言うと、俺はメアの言っていた残り3体も含め、森にいたA級の魔物を全て討伐する事が出来た。

 なりふり構わずいろんな魔法を試した結果、攻撃して意識を引きつつ上からゴーレムを落として組み伏せ、動きが止まったところで口内に風魔法を叩き込む、という倒し方を確立したことでなんとか倒し切ることが出来たのだ。


 そんな俺を見たメアは、またも微妙な顔をしていた。


「自分の魔法だけで倒してる分前回よりはマシですが……なんでそう毎回力でねじ伏せるんじゃなくて発想力で倒しちゃうんですか!!!」


 どうやらメアは純粋に俺の戦闘力を上げたかったらしい。

 個人的には、こういう戦闘経験というか、戦略の幅が広いタイプの方が相手をするのが嫌だと思うんだが。

 どんなに地力が高くとも、応用力がないBOTみたいな奴は怖くないしな。


 何はともあれ依頼完了ということで、俺たちはノルミナの街へと戻り、冒険者ギルドで報告をする。

 報酬は一件あたり金貨5〜8枚で、合計金貨32枚。

 まだこの世界の物価相場がよく分かっていないが、メア曰く「これだけあれば全員で2ヶ月は宿暮らしが出来ますよ」とのことだったので、少なくとも日本円で100万円以上の価値はありそうだ。


「っと、もう夕方過ぎて殆ど夜になっちゃったな……」


 報酬を受け取り外に出ると、もう辺りは暗くなり始めていた。

 俺たちは駆け足で石紅と決めた集合場所の検問所前へと向かう。


「あれ……誰もいなくない?」


 検問所の付近をメアと右往左往して探すも、見知った顔はどこにもいない。

 約束の時間に遅れたから、戻ってしまったのだろうか。


「でも、あいつらだけじゃギリギリ2,3日泊まれるくらいの金しか持ってないはずだし、帰るわけないよな……」

 

 最悪身一つで生きていける俺やメアより彼女たちの不安は大きいはずだ。

 

 と、頭を悩ませている時だった。


「痛てえなこのアマ!」


 探し回った末に入り込んだ路地の奥で、何やらドスの効いた声が聞こえてくる。


「す、すみませんっ! けど、あなたたちが無理やり連れて行こうとするから……」


 不思議に思った俺とメアが様子を見に行くと、ザ・異世界のチンピラといった風貌のスキンヘッドと無駄な筋肉、タンクトップの三重奏で深みをマリアージュした3人の男が、一人の少女を取り囲んでいた。


 小柄で、おさげの黒髪にちょっとおしゃれな縁の細い眼鏡をかけた少女だった。

 元々は全身すっぽり覆える鈍色のポンチョを着ていたようだったが、男共によってひっぺがされ、今にも弾けそうなメロン大の巨乳が揺れまくっている。

 男共も、俺も、視線はその一点に釘付けだ。


「オウガイさん?」


 隣から殺気を感じたので、ひとまずメアの平らな胸を見て深呼吸を一つ。

 巨乳は友達、餌じゃない。と一瞬ニモに出てくるサメ風に窘めようかと思ったが、後で本当にあのサソリ蛇の毒針を盛られそうなのでやめておいた。

 というか、


「仁科じゃねえか。何してんのお前」


 チンピラ共に囲まれている巨乳眼鏡は、俺たちのよく知る人物だった。

 名前は仁科 夕夏(にしな ゆうか)。

 修司たちの下から逃げ、このノルミナの街まで一緒に来た転移者の一人である。


「あっ、葛西さん……」


 仁科は俺たちの顔を見ると心底ほっとした顔で安堵する。

 すると当然、チンピラ共のヘイトは俺たちに向くわけで。


「んだてめえ、この女の男か? ああ?」


 いかにも分かりやすい感じでガンを飛ばしてくる。

 だがまあ、それはこの場において禁句だ。


「オウガイさんは私の男ですけどなにか?」


 苛立ちと共にメアの手が閃き、雷撃がチンピラ共に降り注ぐ。

 彼らは抵抗すら出来ずに思い切りそれを浴び、その場に倒れ伏した。


「遅くなって悪かったな」


 彼女が絡まれたのは俺たちの遅刻が原因だろう。

 そう思って、俺は誠心誠意頭を下げた。

 だが、


「あ、いえ、私が悪いんです。お二人のことを本を読んで待っていたら、面白い本があるけど見たい? って声を掛けられて、興味を惹かれて付いて行ってしまって……怖くて魔法で反撃したら、こんなにお怒りに……」

「いやそんなの今時小学生だって付いて行かんわ……」


 昨今はちょっと身なりが悪いだけの気のいいおじさんでも、小学生に挨拶するだけで通報される世の中である。

 つい先日男の食い物にされかけたばかりだというのに、もう少し警戒心を持ってもらいたいものだ。


「すみません、私どうしても本のこととなると理性が利かなくなってしまって」


 確かに、彼女だけ荷物に辞書くらい分厚い物語やら、実用書やらが幾つも入っていた。

 この華奢な体のどこにあれだけの本を持ち歩くエネルギーがあるのかは永遠の謎である。

 まあ、スマホの電池はとっくに切れているし、娯楽に飢えていた女子たちにとってはいい暇潰しになっていたようだが。

 因みに俺はラノベが一冊もなかったのでスルーした。


「いやというか、そもそもこの世界音声言語は同じだけど文字は日本語じゃないから、本なんて見せられても読めないぞ」


 俺もさっきメアから討伐依頼書を見せてもらって知ったのだが、この世界、言葉は同じでも文字はオリジナルだった。

 イメージ的には曲線の多いハングルみたいな、記号に近い感じだ。

 いくら仁科が本好きとはいえ、知らない言語の本を貰ってもどうしようもないだろう。


「知らない言語……未知の歴史……読んたことのない本!!!」


 だが、逆に仁科は目を輝かせていた。

 

 ……これは、何を言っても聞き入れなさそうなタイプだなぁ。

 後で石紅にそれとなく事情を話して注意しておいてもらうか。


「まあ襲われたことは一旦いいから。とりあえず宿に案内してくれ」


 俺たちは仁科の案内で宿へと向かう。


 案内された宿は木造で、少し古そうな感じだった。所々塗料が剥げている。

 和のテイストはないが、修学旅行で泊まった旅館みたいだ。


 名前はうさぎの足跡亭。

 名前の通り、看板にはでっかくうさぎの細長い足が描かれていた。


「あ、葛西! メアさん!」


 中に入ると、石紅が顔を綻ばせて駆け寄ってきた。

 どうやら、宿屋の一回に併設された酒場で夕飯を食べようとしていたらしい。

 女子たちも全員着席していて、俺たちだけで店の半分を占拠している。


「お疲れ様、大丈夫だった?」

「おう、バッチリ稼いできたぞ」


 メアの名義は借りたものの、実際に戦ったのは俺なので自身を持ってそう報告する。


「そっか……ありがと。これでみんな、自分のことに集中できるよ」

 

 不意に浮かべられた石紅の優しい笑みに不覚にもドキリとさせられながらも、俺たちは食事を摂る。

 宿屋のランクはそこまで高くないらしく、パンとスープ、何かドロッとした煮込み料理という簡素な献立だったが、久々の落ち着いて食べられる食事にみんな無言で一心不乱に食べていた。


「みんな、ちょっといい?」


 食事が終わったところで、石紅がみんなに声を掛ける。


「葛西とメアさんのおかげで、当面の生活費は心配しなくてよくなった。この街も、思ったより規模が大きいし私たちみたいなのが居てもそんなに浮かない良いところだと思う。……というわけで」


 石紅が真剣な口調で話している。

 それをみんな、真面目に聞いていた。


「予定していた就活だけど、もう明日から始めよう」


 それは、最初から決めていたことだった。

 俺とメアの目的はラストダンジョンの攻略だ。

 メアは時間はあると言っていたが、この世界には残念ながらルーラもなければそらをとぶもない。

 街から町へ、国から国へと移動するだけで、数か月、長ければ1年以上と時間がかかってしまう。


 恐らく通るだけでも危険な場所だってあるだろうし、メアの指名手配もいつ実装されるかは未知数だ。

 そんな中、女子たちを引き連れて大所帯で進むわけにはいかないし、正直俺の実力じゃそんな余裕もない。


 だから、彼女たちにはこの街で自立してもらう。

 俺とメアは旅の準備をしながら出来る限りそれを手伝う。

 この場の全員で事前に話し合って、そう決めていた。


「別に、そんなに急がなくてもいいんじゃないか? 数日くらい街の雰囲気を見てからでも――」

「葛西は、私たちを甘やかしすぎだよ」


 引き留める俺に、石紅が苦笑を向けてくる。


「この先、私たちは自分たちの力で生きて行かなくちゃいけない。元の世界でだって、生きる為に働くのは当たり前のことだった。その為に、ここに来るまでの間も自分たちで色々やってきたつもりだよ?」


 浅海も、ののあも、静さんも。その場の全員が、石紅の言葉に頷いていた。

 道中、俺に何も手伝わせてくれなかったのはそういうことか。

 どうやら、とっくに覚悟は決まっていたらしい。


「そっか……じゃ、頑張れ」


 こうなっては俺に出来ることはあまりない。

 むしろ何かする方が彼女たちの決意の邪魔になる。


 だから俺は、短いエールだけを残して酒場を後にした。

 気分は寅さん。ついつい調子に乗って背中越しに手とか掲げてしまった。


 ……のだが、


 かなり格好つけて去った俺だったが、部屋番号を聞き忘れていたので酒場にはまたすぐ戻る羽目になりました。


 俺ってどうしてこう毎度締まらないんだろう……

 その後俺は恥ずかし過ぎて部屋のベッドの上で小一時間ほどゴロゴロ転がって悶えていた。

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