第42話 地獄のA級ボスラッシュ
「オウガイさん、ちょっとここで待っていてください。いいですか? 知らない人に声をかけられてもついて行ってはいけませんよ?」
メアは子供をあやす母親のようなことを言いながら、入り口脇のデッドスペースに俺を置いて奥へと消えて行った。
え……まさかの放置?
普通ここは俺の冒険者登録イベントがあるんじゃないの?
登録時にスキルがバレて、魔法スキルが複数あるのに驚かれたりとかなんとか、そういうやつ。
ザ・異世界ファンタジーな光景に爆上がりしていた俺のテンションが行き場をなくして宙を彷徨う。
いやまあ、この後のことを考えれば時間が惜しいのは分かっているんだけども。
それにしたって登録すらさせてくれないとは思わなかった。
……ちょっとくらいなら探検しても許されるかな。
メアには待っていろと言われたが、冒険者ギルドといういかにもな異世界を前に好奇心が抑えられそうにない。
俺はメアが受付嬢と話し込んでいるのを確認しつつ、何故か中腰になりそっと歩き出す。
その時だった。
「——っつったあ!?」
何やら顔に固い衝撃を受け、俺は尻もちをつく。
「すまない、平気か少年」
声がした方に顔を上げると、そこにいたのは美女だった。
全身すっぽりと黒いポンチョに身を包み、目深にフードを被った美女。
褐色の肌をした、凛々しい印象を受ける美女。
けれど当然、フードを被っているから周囲からはそうは見えていない。下から見上げる格好になっている俺だけの特権だ。
俺は彼女から差し出された手を取り、引き上げてもらう。
顔の印象通り、彼女は力強かった。
「おお、これはまた素晴らしいものを……」
引き上げる勢いでポンチョの隙間から覗いた光景に、俺は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
彼女が着ていたのは所謂ビキニアーマーだったのだ。
先ほどの固い感触は彼女の胸だったのだろう。
もしかすると、この世界では一般的な装備なのだろうか。
だとしても、ポンチョの下にビキニアーマーというのは裸コートに通ずるエロさを感じる。
目の前の、初対面の、どう考えても前を見て歩いていなかった俺が悪いというのに手を差し伸べてくれた優しい美女が、俺には痴女に見えてならなかった。
「大丈夫そうだな。君も今後は気を付けて歩くと良い。こういうことはトラブルになりやすいから」
褐色美女はそれだけ言い残すと、4人の同じ黒ポンチョを着た仲間を引き連れてギルドの奥へと歩いていく。
喋り方まで気品があって凛々しい。ボーイッシュなエロも、俺は大好物である。
というか彼女たちもポンチョの4人組か。謎の親近感があるな。
あれ。でも俺たちがポンチョを買った理由って確か――
「オウガイさん、お待たせしました」
何かに気付きかけた俺の思考は、メアによって遮られた。
「ちゃんと、いい子で待っていたみたいですね」
褐色美女とぶつかったおかげで、結果的に俺は殆ど動いていない。
そんな俺を、メアはよしよしと頭を撫でて褒めてくれた。
なんか今日扱いが子供じゃない?
いやまあ初めての異世界の街ってことで子供っぽくテンション上がってる自覚はあるけど……
「さて……それじゃ、行きましょうか」
ひとしきり撫で終えるとメアは俺から離れる。
そして、謎の紙束をひらひらさせながら意味深な笑みを浮かべたのだった。
***
「ちょ、タンマタンマタンマ! メアさん何そいつなんで新しいの連れて来てんの!? 死ぬっ! これほんとに死ぬやつだから!!!」
深い森の中に、俺の本気の絶叫が溶けていく。
街を出て、再び森へと戻ってきた俺を待ち受けていたのは巨大な蛇だった。
サーペントスコーピオンとかいう名前の、尾針だけサソリみたいな4メートルくらいある魔物だ。
「大丈夫ですよ~、刺されても即死はしませんから。私の治癒魔法で何とかなる範疇です。まあ、ちょーっと全身が死ぬよりもきつい痛みに襲われるくらいですよ」
そんな激やば蛇と戦っているところに、今度は馬鹿でかい爪がけばいギャルみたいに伸びまくったモグラの魔物を引き連れてきたメアは、離れた木の上で慌てふためく俺の様子を楽しげに観察している。
「それは絶対嫌だけどそっちじゃなくて、せめてこのモグラの弱点を教えろっ!」
俺は息も絶え絶えになりながら両者の攻撃を躱しつつ、メアに怒鳴る。
「その子も蛇と同じで全身の装甲が厚いタイプですね。なので、雷魔法とかで痺れさせるのが有効です」
「俺メアがいると思ったから雷魔法の練習辞めたんだけど、それ知ってて言ってるよな!?」
俺がこんなにも必死に逃げ回っている理由こそ、メアが言った通りこの二体の装甲の厚さにある。
その防御力はすさまじく、修司たちを防御の上からねじ伏せた全力の風魔法も皮膚を浅く切り裂くに留まっているくらいだ。
なぜならこいつらは、
「なんでいきなりA級の討伐依頼、それも掛け持ちでやらせるかなぁ!!!」
ノルミナクラスの大都市の冒険者ですら手を焼いているA級の魔物なのである。
一体なぜこんなことになっているのかというと、
「早く倒さないと時間無くなっちゃいますよ~? みんなの宿代、稼ぐんじゃなかったんですか?」
ニヤニヤしながら茶々を入れてくるメアの言う通り、俺がこんなことをしているのは街での生活費を稼ぐ為だ。
20人近くが宿に泊まり、食事をし、生活用品を買わなくてはならない。
それはもう、かかるお金も膨大である。
ある程度金が貯まるまで全員で働く、という手も考えたが、それでは本来の目的まで時間がかかり過ぎてしまう。
よって、最も効率よく稼げる高位冒険者のメアの依頼を手伝って生活費を捻出しようという事になったのだが。
「それなら手伝ってくれればいいだろうが! 二人でなら、こんな奴らすぐ片付くだろ!?」
メアさんは受けてきた依頼の一切を自分ではやらず、俺にやらせてきたのだ。
というのも、
「ダメですよ。そうしたらオウガイさんの訓練にならないじゃないですか。ラストダンジョンに入ったら、こんなのがゴロゴロいるんですからね」
およそ一月以上ぶりの、メアによる俺の育成が始まったのである。
俺を強く育てる、というメアの目的は女子たちを助けることですっかりおざなりになってしまっていたからな。
その分が一気に爆発したのだろう。
聞けば、前回のでかツノ猪ことキングマジックキラーボアの討伐ランクがBとのことだったので、いきなりAランクを複数体絡めてくる辺り本気を感じる。
しかし、どうしたものかな。
こいつら、風魔法じゃ倒し切れる気がしない。
かといって後俺が使えるのは土魔法くらいだし、あれは攻撃力が高いものでもない。
もう少し時間をかけて、明確な弱点を見つけ出すしかないか?
それとも上手いこと誘導して同士討ちとかさせられないだろうか。
モンハンの乱入的な感じで。
と、攻めあぐねている俺が考え込んでいると、
「この森には後3体討伐対象がいますからね。早くしないともう一匹追加しちゃいますよ?」
メアがしれっと、恐ろしいことを言って来た。
ただでさえ、今のままでも手一杯どころか余裕でキャパオーバーしてるというのに、これ以上増えたら本当に死んでしまいかねない。
いや、メアのことだから絶対俺を死なせはしないのだろうが、逆に言えば死ぬ以外、さっき言ってた死ぬよりきつい痛みとかは許容してくる可能性がある。
「チクショウ、やってやろうじゃねえかこらぁああああああああっ!!!」
俺は最悪の未来を回避する為、覚悟を決めて雄叫びを上げ、A級の魔物へと決死の攻撃を仕掛けるのだった。
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