第38話 エピローグ 村のはずれで
目を覚ますとそこは、知らない森の中だった。
「ん……?」
辺りを見回すも、人の姿はない。
これってもしかして……
——パシャっ
不意に遠くから水音が聞こえて、俺の全身に緊張が走る。
……万が一危険な獣だったらまずいからな。
これは是非とも確かめに行かなくては。
決して味を占めてラッキースケベを狙っているわけではない。うん。
俺はハチミツに引き寄せられるプーさんのように、頭を突きだしてふらふらとした足取りで音のする方へと向かう。
「おはようございますオウガイさん……どこへ、行くつもりですか?」
——するとそこには、全裸の超絶美少女エルフがいた。
発情して息が荒くなるほど綺麗な体のエルフさんは、氷点下の笑みを浮かべて全裸で仁王立ちしていた。
まるで、俺の進路を阻むかのように。
「め、メア……ただ俺は、水音がしたから獣か何かだったら危ないなぁと思って見に来ただけで……」
「その言い訳で覗きを許すのは私だけですよ?」
メアの指先から電撃がバチっと弾ける。
……ここは大人しく従っておいた方がよさそうだ。
「冗談だよ。目を覚ましたら誰もいないから少し不安になっただけだ」
俺は苦笑を浮かべて踵を返す。
違うんだ、特定の相手の裸が見たいんじゃなくて、男は女湯という響きに憧れる生き物なんだ。
なんて言い訳をしても異世界人であるメアさんには通用しまい。
さらば俺の理想郷。
「全く、そんなに女の子の水浴びを覗きたかったんですか? ……やっぱり、私のカラダでは満足できませんか?」
メアが控えめな胸に手を当てて悲しそうに呟く。
「そんなわけないっ! 同人誌でもAVでも、メアほど綺麗な体は見たことがない。その貧乳は誇るべきステータスだ!」
「……貧乳?」
あ、ダメだこれ。
メアさんすっごい怖い顔をしてらっしゃる。
ほんとすいません許してください寝起きでまだ頭回ってないんです。
「ま、いいですけどね。オウガイさんが私にぞっこんなのは普段の反応を見てれば分かりますし」
怯える俺に対し、メアは優し気に微笑んだ。
よく分からないが許されたらしい。
こうして、俺の淡い覗きへの憧れは一瞬で潰えたのだった。
いやまあ、森の中でメアにバレずに覗きなんて出来るわけないってのは最初から分かっていたんだけれども。
結果的には全裸のメアが見られたので大満足だ。
そんなこんなで、俺たちは最初に目を覚ました森の中の少し開けたところに戻ってきた。
因みにメアは何故か全裸のままだ。
修司やインテリ坊主との戦いを終えた俺たちは、その後丸二日馬車を走らせて村の近くにある森の開けた一角に拠点を構えた。
当初の予定では運転できるのが俺一人だったのでもう少しかかるはずだったのだが、石紅と交代で進めるようになったので早く到着したのだ。
ただそのせいで休憩は最低限しか取れなかった。一応追手の可能性もあるので、出来るだけ早く森に入りたかったのだ。
そうして森に到着した後は、分厚い壁を立てて防御を固め、土魔法で雨風を凌げる家を建てよう。
そんな風に思っていたのだが……流石に限界が来た。
馬車を降りた瞬間一気に緊張が解けて、俺はそのまま倒れてしまった。
なので、今の状況がどうなっているのかはよく知らない。
「俺が倒れた後、何か問題はあったか?」
「ありませんよ。もう森の中ですから、何かあれば私が気付きます。強いて言えば、オウガイさんの可愛い笑顔をみんなにも見られてしまったことが不満なくらいでしょうか」
何かあればこんな風にのんびり話してはいられないだろう、とは思いつつも、やはり不安はあって尋ねる顔は強張ってしまう。
そんな俺を見かねたのだろう。
「オウガイさん、ここ、寝てください♪」
メアはおもむろに地面に座ると、悪戯っぽい笑みを浮かべて自身の膝をポンポンと叩いた。
「……おまっ、汚れるぞ」
「そのくらい手で払えば落ちますよ」
有無を言わせぬ雰囲気に、俺はため息を吐いて彼女の膝に頭を預けた。
しばらくぶりの膝枕だ。
「これは中々……」
目の前に広がる景色に、俺は感嘆の声を漏らした。
きらきらと、風に揺れる穏やかな木漏れ日に照らされるのは二つの山。
山というか丘くらいな気がするが、下から見上げるといつもより大きく見えるから不思議だ。
そして、頂点には鮮やかな桃色が広がっている。こんなのが富士山のバリエーションにあったような、なかったような。
などとアホなことを考えて居られたのも束の間だった。
頭を預けて一息つくと、すぐに遠く望んでいた山々がぐっと近づいてきて、視界の暗闇と引き換えに顔中が心地よい柔らかさに包まれる。
「……よく、頑張りましたね」
それがメアに抱きしめられたのだと、俺はすぐに分かった。
いつかもこんな風に慰めて貰った気がする。
「そうだな……今回のは、だいぶ疲れた」
こうなってはもう誤魔化しなど通用しない。
俺はただ本心を口にした。
ナナを貶め、修司を殺し、そして綾小路たちも全員殺した。
もちろん復讐したいとは思っていたし、綾小路たちを逃がすわけにはいかなかった。
実際に復讐したらスカッとしたし、ようやく過去と完全に決別出来た気がする。
他の奴らも全員殺されて当然のクズではあったので、選択自体は後悔していないが……ただあれ以来ずっと、やけに頭が重い。
こういうのを、心が疲れたというのだろう。
「まあでも、こうしてメアが慰めてくれるからな。ちょっと休めば、俺は大丈夫だよ」
やらなければならないことはまだまだあるしな。
守るべき相手がいて、甘やかしてくれる嫁がいれば、折れることはないだろう。
俺がそう言うとメアは抱きしめるのを止める。
再び視界に映ったメアは心配そうに俺を見つめていて、どうしようもなく愛おしくて、俺はその頬を優しく撫でた。
そのまま俺たちは、どちらからともなく顔を近づけていき――
「え、ちょ、二人とも何してるの!? 真昼間から全裸でナニをどこにいれてどうする気!?」
その瞬間、石紅の叫び声が響き渡った。
というか石紅だけじゃなく、水浴びを終えた女子たちがぞろぞろと戻ってきている。
見れば、メアが悪戯っぽく舌を出して笑っていた。
こいつ、気付いてて言わなかったな……
思わず許してしまいそうなくらい可愛いけどそんな顔してもダメだ。
「よく見ろ、裸なのはメアだけだ。俺は服を着てるだろ? つまり悪いのはメア。俺は無実だ」
「メアさんだけ脱がして楽しんでってこと!? いつの間にそんなマニアックな性癖になったの!?」
あれ……?
なんかこれ何を言っても俺が悪者にされる気がする。
「おい石紅、お前とは中学時代散々猥談しただろ。大体メアから聞いて俺の性癖も知ってるはずだ。頼むから一旦落ち着いてくれ」
「へぇ~、オウガイさん、ミクと猥談していたんですか」
「元凶は黙ってくれないかなぁ!」
さっきからずっと女子たちから冷ややかな視線を向けられているのだ。
このまま誤解が解けなければ、今後この集団での俺の立ち位置が危うい。
「葛西君……ヘンタイ」
そんな俺の心配も虚しく、浅海の一言で俺の立場は完全に決定付けられてしまった。
女子たちが全員汚らわしい物を見るような目で自分の身を抱いて、後ずさりしている。
「あーもう、お前ら絶対楽しんでんだろ! そのくらいの余裕が持てるようになってよかったなチクショウが!!!」
やけくそ気味に立ち上がり、俺は叫ぶ。
女子たちの気力をなくした死んだような目がただの蔑みの目に変わったなら、まあ、これも悪くない犠牲だろう。
こんな風にぎゃいぎゃいと騒いでいられるのはきっと平和だからだ。
思っていたのとはだいぶ違うが、これはこれでよかったと思う。
「オウガイさんオウガイさん、なんか良いこと言おうとしてますが、そんなにおっきくしてたら何言っても逆効果ですよ?」
と思ったのも束の間。
メアの指摘にその場の空気が氷点下まで凍り付く。
お願いだから俺の感傷を返して……
そんな俺の心の叫びがみんなに届くことはなく。
彼女たちは時折俺の方を見て悲鳴を上げながら、楽しそうに女子トークを始めるのだった。
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