第26話 告げられた最悪②

「単刀直入に言います。我々が転移した女性たちを隷属させようとするのに、手を出さないでもらいたいのです」



 上手いこと町の情報を流し、彼らの意識を誘導出来たと安心していた矢先。


 ――唐突に、インテリ坊主が計画を明かした。


 ……いやいやいやいや。

 おかしいだろ。え、どういうこと?

 やっぱり俺たちの逃亡計画がバレたのか?


『オウガイさん、落ち着いてください』


 目に見えて動揺している俺に、メアが念話で心配の声を掛けてくる。

 

 そうだ、落ち着け。

 まだ俺たちの動きがバレたと決まったわけじゃない。


「えっと……それ、何の冗談ですか?」


 苦笑を浮かべて呆れた風に。

 努めて冷静に、俺は奴の真意を探る。


「冗談ではありませんよ。現在私たちは、共に転移した女性20余名を隷属させる計画を進めております。ですが、その過程であなた方の存在は非常に目障りでして。なので、食料調達ももう結構です。ただ我々に今後一切関わらないでいただきたい」


 インテリ坊主は冷静だった。

 冷静に、淡々と、狂気としか言えない計画を進めようとしていた。


「一体なぜ、そんなことを」

「そこまでおかしなことでもないでしょう。大昔、人類が狩猟によって生計を立てていた時代は強い者、獲物を狩ってこれる者が全てを支配していました。ならば、力を持った我々が絶望し縋るだけの女性たちを支配するのは道理というものでしょう? この世界には憲法も法律もない。よって当然人権もないのですから」


 何をふざけたことを、と思う。

 こいつらの言う力とやらは、別に女性たちだって持つことが出来るのだ。

 単に存在を隠され、可能性を模索する気力すらも奪われているだけで。


 しかしこいつは何故、このタイミングで計画をバラしたんだ?

 仮に俺たちが奴隷化計画を知らないと思っているなら、そんなのデメリットしかないはずだ。

 ならやはり、逃亡計画がバレているのだろうか。


 ……とにかく今は何も分からないんだ。

 下手なことを言わないように気を付けつつ、探りを続けるべきだろう。


「そう言われて、俺たちがはいそうですかって引き下がるとでも? その20余名の中には俺の友人も含まれている。到底看過出来るものではありませんが」


 少し強気に、しかし奴隷化計画なんてふざけたことを聞かされれば思って当然の事を言う。

 揺さぶりとしては十分だろう。


「それでしたらご心配なく。石紅さんの身柄についてはあなた方にお渡しします。そうすれば憂いも無くなるでしょう? ああ、それから――」


 けれどインテリ坊主はあっさりと石紅を諦め、次いで「おい」とドスの聞いた声を出す。

 すると、ログハウスの中から五人の男たちが姿を現した。

 男たちは乱雑に何かを引き摺っている。

 なんだ……人か?


「ちょ、痛いって。腕掴まないでよ!」


 聞こえて来たのは噛みつくように攻撃的で、俺の聞き覚えのある声。

 

「ナナ……!?」


 そこにいたのは、クソ元カノこと晴野七海だった。

 二人の男に磔のように両腕を掴まれている。


 彼女の存在を確認した途端、メアがきゅっと強く俺の手を握って来る。


 前に俺が手を握っててくれって言ったのを守ってくれているのか。

 全く律儀というか可愛いというか可愛いというか。

 うん、俺の嫁は最高だな。そこのクズとは比較にもならない。

 

 俺も心配ないとばかりにその手を強く握り返す。


「聞けば、葛西さんは彼女に恨みがあるそうで。手付金代わりに差し上げようかと思い連れて来ました。どうぞ、煮るなり焼くなりお好きにお使いください」


 満面の笑みを浮かべて、インテリ坊主はそう告げる。

 

 こいつ、こんなことで俺が喜ぶと本気で思っているのか?

 やっぱり狂ってやがる。


「ちょ、綾小路! このクソメガネ……話が違うじゃない! 私はしゅう──」

「おい、黙らせろ」


 インテリ坊主が短く言うと、男の一人がナナの腹を思いっきり殴った。

 ぐぇ、とか変な呻き声を漏らしたきり、ナナはその場にうずくまり何も喋らなくなった。

 的確に肺を殴ったのだろう。魔法はともかく、こいつらは確実に暴力に慣れているな。


「どうでしょう。石紅さんと晴野さん、二人の身柄で手を打ってはくれませんか? それともこのまま我々と敵対……いえ、敢えてこう言いましょう。をしてまで、知りもしない相手を助ける義理が、あなた方にありますか? 葛西さん、あなたは私と同じで、損得で物事を判断できる賢い人間に見えますがね」


 ここまで言われて俺は理解した。


 そうか……こいつらにデメリットはないのだ。


 俺たちが正面切って敵対することを選ばない限り、彼らには奴隷化計画をバラすデメリットはない。

 むしろ、明かす事ではっきりと俺たちを拒絶できるというメリットさえある。

 彼らは恐らく、今日までの関わりの中で敵対して来ることはないと見切りをつけたのだろう。あるいは初日に暴れたメアの力から予測して、俺たちは完全な脅威ではないと思えるほど力を付けたのかもしれない。 


 食糧調達でなんとか友好関係を保てているかと思ったが、とんでもなかった。

 彼らはこうして、俺たちを切り捨てられる機会をずっと伺っていたのだ。

 

 一応、唯一のデメリットは石紅とナナという、頭一つ抜けて容姿の整った奴隷を失うことだが、言い換えればそれだけだ。

 それだって、絶望する気配がなく女子たちのまとめ役で反乱の種となり得る石紅と、どう見ても扱い辛そうなナナだ。

 むしろ俺たちを封じると共に厄介払いまで出来る、この上ない良手といえるだろう。


「どうしますか? 二人を引き取って我々と関わるのを止めるか。それとも、正面切って対立するか。……はよ選べやゴラクソガキ」


 最後にはもう、本性を隠す事さえ辞めていた。

 こうなってしまえば俺たちに選択肢などないと確信しているのだろう。


『オウガイさん、どうするんですか?』

『こいつらの提案に乗るのは癪だが……しかし、今敵対してもいいことはないだろうな……』

 

 別に、ここでもう関わらないと約束したところで大した意味はない。

 ここまでの話は単に俺たちに関わるなと釘を刺す為のもの、というだけで、逃亡計画自体を察知されてないのなら、従順なフリをして水面下で動けばいいのだ。

 

 こいつらは俺たちが念話を使えることを知らない。

 魔法の練習はやり辛くなるだろうが、浅海たちと連絡さえ取れれば逃亡計画自体は問題なく進められるはずだ。 


「分かりました、俺たちは手を引きますので――」

 

 そう、俺が承諾しかけた時だった。


「あん、た……後悔、するわよ? あたしにこんなことして、修司がなんて言うか……」

 

 ようやく喋れるようになったのだろう。

 不意にナナが、きっと激しくインテリ坊主を睨みつけ絞り出すような声を出した。


 俺の人生をぶち壊したクズが何を喚こうがどうでもいい。

 スルーしてさっさとこいつらに帰ってもらいたい。

 

 そう思っていたのだが、一つ、聞き逃せない単語が飛び出した。


「待て。……修司も、ここにいるのか?」


 修司。それは、かつての親友の名前だ。

 つまり、ナナが俺を裏切って浮気をしたその相手である。


「ああ、そうでした。修司様から、あなたに伝言です。情報一つ持って来れない傲慢女はもう用済みだ、と」

「なっ、あいつ――!」


 再び大声を上げて喚き散らそうとしたナナに、すかさず容赦ない腹パンが下される。

 ナナは呻き、今度は完全に動かなくなった。


「おい、修司がいるってのは本当か? それなら……それなら何故、俺は一度も会っていない?」


 もはや敬語とかどうでもいい。


 修司がこの世界にいる。

 それが事実なら、俺は――


「彼は大体狩猟に出ているので単純にあなたの来訪と被らなかった、というのもありますが……それより、合わせる顔がないと、そう言っていました」

「いや、まあそりゃそうだろうが……」


 むしろのんきに挨拶とかされたら出会い頭にぶっ殺す自信がある。


 とはいえ、事態は最悪だ。

 俺の感情がぐっちゃんぐっちゃんで動悸がするのもそうだが、何よりあいつとは付き合いが長い。高校三年間ずっと一緒にいたのだ。

 三か月くらいしか付き合っていないナナとは比較にもならない程、あいつは俺のことを、俺の考えを理解している。

 

 恐らく、俺たちを遠ざけたのもメアの暴走のせいではなく、俺の存在を知った修司の入れ知恵だろう。


 ……くそ、ダメだ。

 衝撃が強過ぎて頭が回らない。

 もしメアがずっと手を握ってくれていなかったら、あの時のように倒れてしまっていたかもしれない。


「それで、答えの方を聞かせていただけますか?」


 インテリ坊主が畳みかけてくる。

 思考が上手く纏まらないが、相手に修司がいるというのならここで即決してはむしろ怪しまれるかもしれない。

 それなら――


「……今すぐ決めるには、20人の命は重過ぎる。少し考えたい。明日、ツノを取りに行った時に答える感じでいいか?」

「構いませんよ。石紅さんに身支度をさせてお待ちしております。ああ、答えがどちらにせよ晴野さんは差し上げますので」


 混乱し切った俺を見て、勝ちを確信したのだろう。

 インテリ坊主は見下すような笑みを浮かべてそう言うと、男たちを伴って去って行った。


 かがり火を掲げて、夜の森を迷わず進んで行くインテリ坊主たち。

 あいつらは多分、俺たちが思っている以上にやり手だ。

 正直心のどこかでメアもいるし、魔法戦なら負けることはないだろうと思っていたが……少し、考えを改める必要があるかもしれない。

 

 そうしてこの場に残されたのは、混乱した俺と、不安げに俺を見つめるメア。それから、気を失ったままのクソ女という三すくみ。


「……とりあえず、この状況どうしよ」


 何もかもに疲れ切って、俺は呆然と呟いた。


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