第3話 魔法②
「ん……」
目を覚ますと、雨は上がっていた。
木々の隙間から陽光が漏れる、気持ちのいい朝だ。
「じゃねえよ! 夢の中で寝起きしたのか俺は。なんか気持ち悪いな……」
目が覚めれば流石に現実に戻っているだろうと思っていたが、どういう事だ?
何かがおかしい。重要な用事をすっぽかしているような、そんな気がする。
「ま、まだ魔法で遊べるわけだしいいか!」
別に現実に戻りたいわけではないし、むしろ喜ばしいことだ。
昨日はぶっ続けで魔法を使い続け、気付いたら寝落ちしてしまっていた。あるいはあれが魔力切れという奴なのだろうか。
「よし……行くか!」
一応森林火災とか怖いので燻る薪に土をかけてから、俺は立ち上がった。
火の維持をしなくてもいいってのは地味に大きい。
俺は少し歩いて、人間大の木の前で止まる。
「ふっふっふ、さて、昨日遊びまくった成果をお見せしよう」
誰に話すわけでもなく笑い、大仰に手を広げる。
我ながら気持ち悪いが、今はいい。なにせ、俺はこの夢の中では念願の魔法使いなのだ。少しくらい、自分に酔っていたい。
そして俺は、格好つけてピシッと決めた右手を振り下ろす。
「風ぇえええっ!」
右手を起点に風の刃が飛び出し、いい体格の木の幹が半分くらいまで抉れた。
切り口は広く鋭く、まさに斧で打ち込んだそれだ。
「おっしゃ、ぶっつけ本場だったけど上手くいったな」
俺はガッツポーズと共にもう一発打ち込み、完全に木を切り倒した。
「どうよこの魔法! 伊達に魔力切れまで遊んでたわけではないだろう?」
問いかけるもしかし、答えるものはいない。
だが、これぞまさしく昨日の成果だ。
色々試した結果、使える魔法は火だけではなかった。
風、水、土、雷。明確なイメージを持つことが出来る魔法は、ある程度使う事が出来たのだ。
因みに影とか光とか、変わり種だと魔力をそのまま放出する無属性とかは出来なかった。
まあ、その辺は影がデバフ特化だとか、作品によって効果がまちまちだしイメージしづらかったのだろう。
あ、それと風!って叫んだのは苦肉の策だ。声に出した方が気持ち威力が上がるのだが、流石にウインドエッジだの、カッターだの、技名まで叫ぶ厨二メンタルは持ち合わせていない。そんなところを万が一人に見られたら恥ずか死してしまう。
「ともあれ、これで建てられるな……念願のマイホームが!」
昨晩、俺は一つの目標を立てた。
家だ。マイホームだ。こんな森の中、せめて頑丈で屋根のあるところじゃないと寝る度に神経を擦り減らしそうだ。
その為に、昨日は他の属性を放り出して風ばかりを練習したのだ。
「そんじゃ、じゃんじゃん切っていくか」
一度コツをつかむと、木を切り倒すのは結構簡単だった。
切り口が先細りになるから、出来るだけ刃を分厚くしてスパッと鋭く切る感じだ。
おかげで最初の方は何発か無駄打ちしたり、自分の方に木が倒れてきて死にかけたりしたが、何とか10本の丸太を手に入れる事が出来た。
「魔力もあまり無駄に出来ないからな……なるべくミスはしないでいきたい」
一応、昨日は小規模な魔法を40発くらい打てたので、多少上手くなっていてもその辺りが限界だろうと睨んではいるが……実際のところ、ステータスを見てもMPの項目は追加されていなかったので自分の魔力量というのは分からない。
だが、代わりにスキルの欄に【風魔法Ⅱ】【火魔法】【水魔法】【雷魔法】【土魔法】と、俺が一度使った魔法が追加されていた。
使用頻度によって数字が変わっている辺り、ここは熟練度制の異世界のようだ。
「しかしまあ、熟練度か」
昨日と、今日。どう考えても早すぎる魔法のレベルアップから、俺の中に一つの仮説が浮かんでいた。
実はこれ、《純粋無垢》さんのおかげなんじゃね?と。
《純粋無垢》の『努力次第でなにものにもなれる』という説明文。それが魔法の成長率に作用しているのであればこの急成長にも説明が付く。
もちろん俺自身試行錯誤は重ねている。魔力の集め方や、形成の大きさ、威力、出来る限り細かく調整を重ねている。
だからといって、こんなにすぐコントロール出来るようになるかといわれると違和感があるのだ。
なんというか、バスケを始めた翌日にダンク、とはいかないけど綺麗なフォームでジャンプシュートが打てるようになった感じというか。
野球を始めた次の日にカーブでストライクが取れるようになった感じというか。
本来積み上げなくてはいけない過程を数段すっ飛ばして努力が実になっている。そんな感じがするのだ。
「まあ、事前知識の有無ってのもあるんだろうが……」
俺はオタクだし、異世界系の小説を書いたりもしている。アニメも漫画も小説も人より読んでいるだろうし、創作用にファンタジー世界辞典なんて物も持っていたりする。
そのおかげで、イメージするだけじゃなくて、魔法一つ一つを微調整したり、簡単なものだと空気中の水分を集める、みたいな、所謂魔法に対する裏付けが考えられるのだ。
だからこの世界の人に比べて魔法の発動要件が緩くなってる、みたいな。
まあ、今のところ一番使える風が一番理屈が分からないから違うかもしれないが。
「実際風魔法よく分からんしなぁ。一番近いのはかまいたちだけどあれ真空らしいし。なら刃の形になってになって飛んでくのもおかしいもんな」
考えても分からなかったので、この世界の風魔法はそういうもの。と割り切ることにしている。
「ま、夢の中だしな。別に何が起きても不思議じゃないか」
願えば何でも叶う夢、なんてのも珍しい話じゃないだろう。
努力の過程をすっ飛ばしているのも原理が不明なのも、夢と思えば納得もいく。
「ふぅ……まあこんなもんか」
色々考えている間にも手を動かし、俺は風魔法で突き出た枝を落とし、切り込みを
入れて木の皮を剥ぎ、そのままだと長すぎるので半分の大きさにカット。
するとどうでしょう。一気にホムセンで売ってるような丸太材の完成だ。
「後はこれを並べて行けば……」
腰が壊れそうな重みと戦いながら丸太を並べてみて――気付いた。
「ぜんっっっっっっぜん足りねえ!!!」
小屋作りというものを完全に舐めていた。
圧倒的に材料が足りていない。今のままじゃ、屋根なしでギリギリ人が入れるくらいの長方形を作るのが精いっぱいだ。
大型犬の犬小屋の方がマシかもしれない。
「これ、風呂トイレ無しのワンルーム作るだけで後100本くらい必要なんじゃ……?」
一度現実を見てしまうと、なんだかどっと疲れが出た。
と同時に漫画みたいな大きな音で腹の虫が鳴る。
「そういや、丸一日何も食ってないからな……」
飲み水は魔法で何とかなったが、食べ物は別だ。
別に普段も執筆とかゲームに熱中してたり、単に面倒くさかったりすると一日くらい食わない事もあるが、昨日は拠点を作ったり森を歩き回ったり、結構派手に動いた。
サバイバル動画曰く、一日を目安にカロリーを、出来ればタンパク質を摂取しないとめまいとか体温低下とか、体に異変が起こるらしいからな。
「よし! 食料探すか!」
俺は仮組みした丸太小屋をそのままに、食料を求めて再び森を歩きだした。
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