肉生き物係

上雲楽

生首

 僕は呪われていてママに殺されても動き続けていたと信じていたのだけど、拾ってきた生首が語りかけるので呪われているのは僕ではなくこの土地なんだな、と知った。こんな気持ちサンタクロース以来。

「日焼けするからやだ」

生首を百円ショップで買ったプランターに入れて出窓におくと文句を言われたので学習机に移動させたけど、この位置だと宿題とかしていたらずっと監視されるから嫌だから場所はそのうち変える。

 生き物を育てるのはすごく苦手で、学校で育てていたトマトも水やりを面倒がって生長を遅れさせ、おかげで一人だけカラスに食べられずに済んだのでラッキーだった。生首も僕が殺人事件を起こさずゲットできたのでラッキー。フジモトさん(生首の名前)を生首にしたのは学校の近所にあるスーパーの店員のおっさんで、独り言ばかりのブキミな人でクラスのみんなは、やっぱりこいつが犯人ねって納得していたけど、フジモトさんは、あんな真面目な人がこんな残酷なことするなんてねえと口を尖らせるので大人相手には対応を変えていたのかもしれないと知ったけどそういうところも嫌だなって感じ。

 生首の髪型を整えているとママがご飯だから降りてこいと叫んだ。

 今日の晩ごはんはお麩のからあげと味噌汁。ママはビーガンだから気が付かなかったけど、生肉とか持ち込んだら生首みたいに動くのかなって思った。

「あんた、隠し事してるでしょ」

ママが食器を食卓に置きながら言ってドキッとしたけど視線の方向は妹でほっとした。妹は一回も殺されてないから贔屓されている。

 妹はリビングに放りっぱなしのランドセルから算数のテストを出して恐る恐る見せたのは72点だった。ママは

「ふーん、もっとちゃんとしな」

と言ってご飯をよそったけど、本当に妹が隠しているのは鼻くそを食べる癖が抜けてないって知っている。

「パパ小屋にも持ってって」

とお盆に一食分乗せて僕に渡してきて、めんどくさいので

「えー」

と言って見るけど包丁を投げてきて怒ったのでしょうがなく従った。

 パパ小屋は渡り廊下を渡った離れの二階にあって、糞尿と藁の臭いが増して食欲失せるからテキトーにご飯を投げつけておいたらヒヒーンってパパが喜んだ。

「カナモトさんヤバいね。バラバラ殺人よ?痛そう」

食卓に戻るとママがもぐもぐしながら言った。

 ここではバラバラ殺人はご法度だった。バラバラ殺人というのは人を殺して身体のパーツをたくさん分割して、色んなところに捨てたり埋めたり沈めたりすることだ。近所迷惑だしみんなから嫌がられていた。

 僕はへーと知らんぷりした。ママは珍しい形の石もデカい消しゴムの練りカスもダンゴムシも汚いと言って捨てたから、フジモトさんのこと教えたら絶対捨てなさいって言うに決まっていた。

 テレビがちょうどバラバラ殺人のニュースに切り替わった。カナモトさんがいるスーパーが映って、近所だなってあらためて思った。アナウンサーが何か言っているが、何語か未だにわからない。モザイクのかかったカナモトさんが映った。

「ですから、反省してますよ……他のパーツはちゃんと六芒星の位置になるように置きましたから……。星辰に影響はないですってば」

「声変えてても誰かわかるもんだねえ」

とママが箸をしゃぶりながら言った。

 実際、僕が声変わりをしてもママは僕が僕だとわかったので、声以外の要素で人を判断しているらしい。人を見かけで判断してはいけないよ、とフジモトさんは言っていたけどそういうことなのかな。フジモトさんは首が繋がっている間は近所の公園で犬(名前はあんこちゃん)を散歩させている人だった。あんこちゃんは人懐っこくて、僕もよく指を食いちぎられた。あんこちゃんはクラスでも人気だったから食うには困らなかった。フジモトさんもたまにあんこちゃんのおこぼれに預かって、食いっぱぐれなかった。

「そういうところがスーパーは嫌だったのかなあ。スーパーは食べ物を売るところだから、食べ物が多すぎるといやだよねえ」

食事を終えて部屋に戻るとフジモトさんがそうこぼした。

「でも、農家のヤマウチさんは生きてんじゃん」

と言ったら

「そうね」

と言った。

 クラスにフジモトさんを持っていきたかったけど、前に女子が喉飴を持ってきていたら先生が没収したから駄目かもしれない。

「カナモトさん、めっちゃ店長に怒られてるの見たよ。ウケる。カナモトさん、怒られてるときもブツブツ九九唱えてた」

次の日、隣の席のショウノちゃんがこそこそと話しかけてきた。

「スーパー行くんだ?」

「食べ物にお金を払うことってない?」

「添加物はビョーキになるよ?」

「あそこのスーパー、オーガニックなんだよね」

ショウノちゃんが誇らしげに言った。おつかいによく行かされているそうだ。おつかいに行ったらお菓子を一つ買っていいらしい。

「ここにもお菓子が入っているの。見たい?」

とポシェットを指さした。ショウノちゃんは僕のことが好きだって噂で、気をひこうとして断面を見せたこともあったから、興味ない素振りをして、窓の外のハトが内側も蛆虫にまみれているね、って教えた。

「あのハト、ずっとこの木にいるんだよね。ハトにも未練とかあると思う?」

「未練は見れん」

って言ったら近くにいた男子がゲラゲラ笑って僕の背中をバンバン叩いてムカついたら、

「ムカつかない方がいいよ」

って僕が言っていることに気がついて、

「これは、ほほえみよりも、おおきなよろこびです」

と男子は手を合わせてウィンクし平謝りした。

 朝の会になって、日直が前に出て、フジモトさんの身体を見つけたらすぐに自治会に教えて下さいって伝えた。担任は腕を組んで睨むように日直を見ている。日直が席に戻ろうとすると担任が立ち上がった。

「朝の会が終わる前に、すごく言いたいことがあります。生き物係さん、ちゃんとお世話してないですよね。このクラス、とっても臭いです。臭い。ゲロウンコの臭いがします。生き物係さんは手を上げて下さい」

 僕は指を揃えて手を上げた。

「臭そうだと思った。生き物はゲロ吐いたりします。ゲロとは食べたものと胃液とか色々混ざったものです。あなたのご両親だって、生き物でしょ?食物連鎖を知るための生き物係ですからきちんとして下さい。臭いのは本当によくない。カナモトさんに笑われます」

担任が眉をひそめた。クラスのみんながくすくす笑ったので、担任は

「黙れー!」

って叫んだのでみんな大爆笑した。

 生き物係のしきたりはすっかり忘れていたので反省しないといけない。毎朝のお祈りも禊ももずっとやってなかったからごめんって思った。フジモトさんは許してくれるかなって思ったけど、フジモトさんがまだ生首で話すならちょっとくらい生き物係の仕事はサボっても呪いは尽きないみたい。

 授業が終わって、朝サボっていたお祈りをしてから家に帰った。生き物係としての自覚を持とう、とさすがにね。

 黄色い帽子を被って通学路を通る。通学路以外の道で帰ると方角がよくないから、最初は必死に覚えた。

「その帽子、学校の子?」

後ろから声が聞こえて振り返るとカンノさんがいた。

「カンノさん。こんにちは。こんにちは。星辰に乱れはありません。すべての生き物に感謝します」

「私はカンノではないの。カンノの身体を借りているけどね」

「カンノさんじゃない人が何の用事ですか?」

「自治会からクレームが来ているの。呪いの気脈が緩くなっているって。今の生き物係さんが誰か知ってる?」

「知らないです」

「じゃあ、いいです」

カンノさんじゃない人はそう言ってひょこひょこと通学路じゃない路地を歩いて曲がり角で振り返って僕を見たあと、左に曲がった。

 家に帰って手を洗い、清めてからプランターの生首の髪型をまた変えてみた。

「カナモトさん大丈夫そうだった?最期に会ったとき怖いよーって言っていたから」

「わかんなーい」

僕は髪型をいじるのに夢中でフジモトさんの話は聞いていなかった。それに、生首は心臓からの距離が遠くて呪いの集中する要因だから、生き物係の一員としては取り込まれない方がいいかなって思った。

「昨日はからあげだったよね。スーパーの半額のやつ?動くでしょ?胃でも動くでしょ?止まるときがわかる?わかんないからいっつも吐いちゃうんだよ。聞いてる?吐いちゃうんだよ。からあげ食べたいよ。口は動くんだもん。それで、舌はからあげの味がわかるから。でも、首から下がないから動くのわからず吐かずに済むと思うの」

「うん」

「あんこちゃんは元気?」

「見てない」

「見てきて」

 僕はため息をついて公園に行くことにした。なんせ生き物係なのは家に帰ろうとずっとだもん。

 公園には西日が入り込んでいて、ブランコの影が時刻を教えた。ベンチの下にはあんこちゃんがうずくまっていて、安心した。

 砂場ではちびっこ二人が砂の城を作っていて、ベンチに座ったマキノさんがそれを監視していた。

「君、学校の子だよね」

マキノさんに話しかけられて、しまった、帽子を着けたまんまだった、と思い出した。

「マキノさん。こんにちは。こんにちは。星辰に乱れはありません。すべての生き物に感謝します」

「ありがとう。ありがとう。呪いの子。忌むべき星辰に感謝します」

マキノさんが普段通りでほっとした。カンノさんはきっと食生活が悪かったんだろう。

「私が、学校の子に述べたいことは、呪いの気脈について自治会が問題視することのことです」

「ヤバいですね」

「バラバラ殺人は身体が遠くなるでしょ?すごく悪いのはわかって?」

「探してるんですけどねー」

「でも、あなた臭いよ」

「……趣味の園芸でかも?」

「じゃあ、そのへんも見守ります」

まずい、マキノさんに目をつけられたクラスの子はおねしょが治ってないのもバレたし、パパ小屋に火をつけたのもバレたし、オナニーを一日五回することもバレたのだ。

「嘘です。趣味はテレビを見ること」

「でも、臭くって、臭い」

 僕はベンチの下のあんこちゃんを抱き上げた。

「あー!」

マキノさんはそう悲鳴をあげてたたらを踏み、滑り台の下へ駆け込んだ。

「ほら、この臭いでしょ?あんこちゃんはかわいいのです」

「かわい臭いわ」

 僕はあんこちゃんのお腹に鼻を押し当てた。言われた通り、かわい臭いのでわりとハッピーだし、フジモトさんも喜ぶな、って思った。

 ブランコが揺れて、一瞬時刻を錯覚したとき、砂場のちびっこが倒れているのを見つけた。マキノさんはびっくりして二人ににじり寄った。

「大変!ちびっこは呪いの変化に敏感だから!早く自治会に電話して!」

 僕もびっくりしてしまって、言われた通り自治会に電話する。マキノさんはアナウンサーと同じ知らない言葉で世界を呪う。

「はーい。自治会ですけどー」

電話からユキノさんの声が聞こえた。

「ちびっこが呪いの変化にあてられて倒れてちゃったんです。場所は公園」

「ちょっと待っててね」

そう言って電話が切れた。

 僕は手持ち無沙汰になってマキノさんの言葉を聞きながらベンチに座ってあんこちゃんを撫でていた。あんこちゃんが牙をむいて唸り声をあげた。

 しばらく待って黒い軽自動車が公園の側に停まった。窓はマジックミラーになっていて中の様子はわからなかったが、すぐに白い防護服をつけた人が後部座席から三人出てきて歩いてきた。誰かわからなかったが、二歩目を一歩目より前に出さず、三歩めを二歩めの足で踏み出す歩き方をしていたから、確実に自治会の人間だとわかった。

 マキノさんは一度語るのを中断して、防護服に状況を説明すると、防護服は即座にちびっこの手を背中側に回し、親指同士を結束バンドで固定し、担いで軽自動車のトランクに入れた。あんこちゃんが噛みつきに行こうとしたので撫でて抑えつけた。

 バラバラ殺人が伝わったのは次の日だった。例のちびっこは解体され、同じく六芒星の位置に置かれていたらしい。

 相変わらずニュースは何を言っているかわからなかったが、公園だけじゃなく僕もカメラに映っていてめっちゃ嬉しい。ママには

「そんなふらふら遊んでないで勉強でもしときな。生き物係もちゃんとやれって学校から電話来たからね」

と言われたが、行かされたのはフジモトさんのせいだって言いたかったけど秘密にする。せっかくだしちびっこのパーツもどっかしら見つけて、フジモトさんと合体させたりしたらかっこいいかもと思ったけど、残念ながらちびっこの身体があったところは自治会がすぐに祈りと封印を施して安定した呪いの供給の礎となってしまった。こんなことならあんこちゃんに食べさせておけばよかった。

 パパのブラッシングをしながら夕食をまた渡すが、臭すぎて自分も防護服がほしくなってくる。藁の交換だって一苦労だ。ゴワゴワした体毛で、硬いブラシもずいぶん古びてしまった。生き物じゃないものはすぐに古びてしまうから不便だ。どうして生き物だけが呪われるんだろう。

「生き物が生き物を呪うからだよ」

とフジモトさんは言った。今日の夜ご飯はからあげじゃなくて豆腐と人参のハンバーグだったけど、フジモトさんはおいしそうに食べた。咀嚼され、嚥下されたぐちゃぐちゃの物質が食道からぼとぼと落ちてきて、プランターを汚した。

「フジモトさん、ここに置いているけどやっぱり怒られるかなあ」

フジモトさんの額をつんつんしながらつぶやいてみる。

「だめだよー。あるべきものはあるべきところに、ってのが自治会の信条だよ。すっごく怒られると思うな。でもご飯はおいしいし、いいんだけど。胃がないから食べ放題だし」

「いいなあ。食べ放題。満腹って楽しいけどお腹痛いから」

「呪われるから別に食べなくてもいいんだけどね。生首になってから食べまくれるなんてちょっと逆説的」

とフジモトさんが自嘲のように笑ったが、目下の問題は食べ終えたぐちゃぐちゃの処理だった。

 思いついたのは、プランターを土で埋めることだった。首の下だけ少し首周りよりも小さな穴を開け、そこに、食事跡が入るようにする。

 だけどそれはすぐ臭くなったので失敗だった。けっきょく食事前にポリ部を首の下に配置し、そこに入れて貰うのが一番楽な処理方法だった。

 呪いはみんなに平等に降りかかるが、フジモトさんの食欲旺盛ぶりを見ると、やっぱりフジモトさんとか僕の家に集中しまくっている気がする。妹も嘔吐を繰り返して痙攣したりしていたし、生き物係の活動をサボるのはもう辞める、と決意した。

 その朝は誰よりも早く登校してお祈りした。学校にある首塚の石碑も綺麗に水で洗った。ちゃんと清潔を保っていればもう少し石碑も呪いも大きくなって、今頃熟していたはずなのだが、こじんまりとしていて、気脈も薄い。微妙に苔とか生えていたのでちゃんとブラッシングした。パパを思い出してちょっと嫌な気持ちになった。

 だけどそういう場当たり的な対処は無駄だったみたい。呪いの乱れでクラスの子たちも腐敗したり削げた肉が戻らなかったりしたので、生き物係の僕が、悪い者扱いされた。実際悪いから反論できないが、ショウノちゃんだけが、

「絶対、呪いはぐちゃぐちゃになってたんだって。フジモトさんのとかはその原因じゃなくて結果だよ。しょうがないって」

と味方してくれたが、みんな、うるせーって感じだった。

 そのうちカンノさんもバラバラ殺人された。犯人はわかってないけど、たぶん自治会なんじゃないかなってクラスではもっぱらの噂。先生は、

「噂に惑わされるのはよくないです。噂は生き物へのメッセージです。メッセージは生き物が放ちます。光とか物音とか、メッセージっぽくてもそう見えるだけなんで、惑わされないで下さい」

と言った。僕は蛆虫に食い荒らされたハトもメッセージだと思っていたのでドキッとしたけど、ハトも蛆虫も生き物だからちゃんとメッセージだよね。相変わらずショウノちゃんがポシェットの中身を見せようとするから仕方がなく見てあげたら、カンノさんの右腕が入っていた。

「よくこんな大きいの入ったね」

「伸縮素材なの。ほしい?」

「いやーまあー」

「じゃ、お願いがあるんだけど」

 僕はやっぱりカンノさんの右腕がほしくてショウノちゃんに付き合わされてスーパーでデートの約束をした。ママからは入っちゃだめっ言われているけど、ママの言う事ばっかり聞いてられないもん。

 スーパーの手前でショウノちゃんが待っていて手招きした。中に入るとスーパーの室温はキンキンに冷えていて少し寒かった。まず野菜が目に入り、その奥で水の跳ねる音とうめき声が聞こえた。ショウノちゃんがそちらの方にツカツカと歩いていくので追いかける。

 水の音は跳ねた魚とか魚介類だった。わりと呪われていたから産地直送というより蘇ったらしい。うめき声は精肉コーナーからだった。精肉コーナーはウィンドウに蠢く肉片がたくさんあって、それはやっぱそうなんだなって感じだけど、奥の調理室で悲鳴とうめき声が聞こえた。

「ここで捌くから新鮮でいいものが安く買えるんだよね」

ショウノちゃんが自慢げに言った。

「それで何をしたらいいの?」

「これパパなんだけど、買い占めたいの」

ショウノちゃんが指さした肉片のブロックには顔写真が添えてあって、確かにショウノちゃんパパだった。

「出荷されたんだ?食べきるの大変じゃない?」

「でもパパのこと嫌いじゃなかったし、ずっと呪われていてるのかわいそう。だからこの自治会から肉片を出して動きを止めたいの」

 そんなエゴに付き合わされるのもウザいなって思ったけど、カンノさんとフジモトさんを合体させたい気持ちには敵わなかった。お金は持ち合わせていないので肉を捌いていた人をとりあえず殺しておいて、ビニール袋にショウノちゃんパパを入れた。ビチビチ動いて邪魔くさい。

 店から出ようとすると、カナモトさんが肩を叩いた。

「ありがとう。ありがとう。呪いの子。忌むべき星辰に感謝します。君たち、商品を持ち出されると困るよ」

「カナモトさん。こんにちは。こんにちは。星辰に乱れはありません。すべての生き物に感謝します。でも、これパパなんですよ。バラバラなのって難儀」

カナモトさんは肩をすくめて鼻息を漏らした。

「自分も試したけどさ、この自治会からは出られないよ。せいぜい六芒星の位置に配置して星辰をちょっと乱すのが関の山。そんだけパーツがあったらいろんなメッセージを作れるかもしれないけど、自治会にはノーダメだよ」

「メッセージ?」

つい僕は問いかけてしまった。

「そ、生き物から生き物へのメッセージ。頑張れってメッセージだよ」

「フジモトさんもそうだったんですか?」

「だいたいそうかな。自分、あんこちゃんに嫌われていたからフジモトさんの方をバラすしかなかったんだよね。自治会への儚いレジスタンスだったけど、呪いが急激に落ちていって誤算だったな。生首なんて適当に投げといたからすぐ見つかると思ったもん」

「あのー、そろそろいいですか?パパを外に出さないといけないので。邪魔するなら殺すんですけど嫌じゃないですか、お互い」

「うん」

「だから、さようなら」

と言ってショウノちゃんはツカツカと出ていってしまった。僕とカナモトさんは目を合わせて苦笑いすると、僕もショウノちゃんの後に続いた。

「ちゃんとルートは決めてあるの」

と言ってショウノちゃんは街の地図を広げた。スーパーから伸びている赤い線は常に通学路を通って、地図の外側まで続いていた。

 ショウノちゃんに先導されて通学路を進んだが、少しでも曲がり角を間違えたらアウトなので僕も一応地図や場所を確認していた。路地も極力見ないようにして、進み続けて、あとはこの直線を進んで左折するだけになった。ショウノちゃんがスキップしながら直進していく。僕は駆け足でついていく。曲がり角に差し掛かって左折すると、そこには出発したスーパーマーケットがあった。カナモトさんが店の前を掃除していて僕たちを見かけると、力なくはにかんだ。

「ね?地球って丸いでしょ?」

とカナモトさんはポリポリと頬をかいた。

「そうみたいですけど、じゃあ、パパってどうしたらいいですか?パパ小屋に戻したら元に戻ります?」

「たぶんね。というかバラバラになってもどんどんそっから生長するよ。ちゃんとお世話すればね。すごく呪われるだけ」

「そうなんですか……すみません。迷惑かけて。これ返しますね」

とビニール袋のショウノちゃんパパを取り出したが、カナモトさんはサービスだよ。店長にはナイショだよと言ってこっそりプレゼントしてくれた。

「思ったんだけど、あれカナモトさんじゃなかったよね」

 帰り道、ショウノちゃんがビニール袋を振り回しながら尋ねた。僕もそれは感じていた。カナモトさんはもっと人の話を聞かないし仕事はサボるし独り言ばかりのキモい人だった。

「カンノさんも肉体とカンノさんが分離していたし、ちょっと呪いがあれなのかも」

「カナモトさんであってカナモトさんじゃないってこと?」

「だいたい区別つかないならどっちでもいいんじゃない?」

「それもそっか」

 そう言ってショウノちゃんと別れた。ショウノちゃんはお礼だよと言ってカンノさんの右腕をくれた。カナモトさんの言う通り、少し伸びている気がした。

 自分の家に近づくとコロッケと呪いの香りがした。肉片をずっと持ち歩いていたおかげか、パパ小屋の臭いはあまり気にならなかった。

 ただいまおかえりを言って手を洗い、清めた。

 フジモトさんはけっきょく出窓に置きっぱなしだったから、顔の左側だけ軽く日焼けしていて、かわいそうだけど笑ってしまった。

「プレゼントだよ。合体させようよ」

と言ってカンノさんの右腕を見せた。そういえばカンノさんの右腕はすぐに伸びたのにフジモトさんの生首は全然生長する気配がない。

「くっつける場所ないよ」

とフジモトさんに言われてテンション下がった。仕方がないので花瓶にカンノさんの右腕は入れておいた。右腕は何も食べないから育てやすい。

「生き物育てるの苦手でしょ?」

そうフジモトさんが唐突に言うので目を見開く。

「育てるコツは呪いのコントロールだよ。生首ってすごく呪われているから難しいんだけど、ちゃんと育てていけば今頃胴体くらいはあったよ」

「そうやって増えるからバラバラ殺人ってご近所迷惑?」

「ちょっと大人になったね」

フジモトさんがにっこり笑った。

 それからしばらくしてカンノさんはカンノさんになったらしく、勝手に家を出ていった。通学路上にある道を歩くことになって不安だったけどカンノさんなら大丈夫だと思う。

 フジモトさんは相変わらず生首のままだった。呪いの乱れはずっと収まらず、クラスのみんなはどんどん腐敗していった。フジモトさんは

「自然の摂理だねえ」

と悲しそうに言った。僕は生き物係としてちゃんとお祈りも禊を欠かさずするようにしたけど、状況は変わらなかった。ハトはいつの間にか綺麗な羽を広げて、その周りにハエがたかっていた。

 自治会はまだフジモトさんを探しているけど手遅れでかわいそうだった。防護服も役に立たないくらい呪われちゃっているそうだ。

 ママがご飯に呼んだ。今日のメニューはなんだろうか。なんか終わりが近づいているのかもしれないけど、いまさらフジモトさんの四肢が合体しても意味ない気がしてきた。

 僕はフジモトさんの髪型をまた綺麗にしてあげると、ウキウキとダイニングに向かった。

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肉生き物係 上雲楽 @dasvir

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