第08話 地下の箱庭

「ここが…箱庭? 都市ではないのか?」


 魔王は箱庭だと答えるが、勇者の目にはどう見ても地下に広がる都市にしか見えない。


「いや、箱庭だよ、勇者…よく見てみるがいい」


 魔王はそう言って箱庭に手をさし伸ばす。


 勇者は魔王に警戒しつつも目を凝らして箱庭の詳細を眺め見る。すると街並みの中に魔族の姿を見付ける。



「魔族!?」



 魔族の人影を見つけた勇者はすぐさま剣をとり、魔王に向き直る。


 

「魔王! こんなところで魔族の都市を作り、虎視眈々とこの星を制覇することを企てていたのだな!!」



 勇者はキッと魔王を睨みつける。だが、そんな勇者を魔王は涼し気な…いや、寂しげな表情で見る。



「よく見るのだ勇者よ… ここには生きるものは私と勇者しかいないのだ…」


「何をそんな嘘を…」


 

 勇者は魔王にそう答えつつも、再びチラリと街の様子を見る。



「えっ!?」


 

 あるものを見つけ勇者の目が見開く。



「うそだ! そんなもの!!」



 勇者は街並みをチラ見した時に、人族の姿を見つける。そして、魔王に対しての構えを解き、改めて街の様子を確認する。



「えっ? どういう事だ? もしかして…」



 人の姿を見つけた勇者、都市を見下ろす高台から身を乗り出して確認する。

 人の姿もある… 魔族の姿もある… それぞれ数多くの人影があるが、まるで時間を止められたかのように誰一人としてピクリとも動かない… 



「だから、言ったであろう… ここは私の箱庭で、ここにいる者たちは全て私が作った石像だ…」



 魔王も都市…いや箱庭の様子を眺めながら説明する。



「な…なんでこの様な物を…」



 勇者が呟くように声を漏らす。



「寂しかったのだよ… 一万二千年という年月は余りにも長すぎた… だから、寂しさを紛らわせる為に、この様な箱庭を作ったのだよ… 最初は外に作っていたのだが、すぐに砂に埋もれたり、風化したりするので、この様に地下に作り上げたんだよ」


「いや、その様な事を聞きたいのではない! どうしてお前の箱庭に人族の姿まで存在するのだ!!」



 勇者が魔王に向き直ると、既に魔王も勇者に向き直っていた。



「共存する為…いや、共存と…贖罪の願いを込めた石碑だよ…」


「共存?贖罪? 魔王であるお前が人族と共存したいというのか!!」



 勇者が困惑と混乱で動揺しながら声を上げる。



「そうだ…私は人族の理解…共存を願っている…」


「そんな事…信じられない…」



 勇者は迷いごとを振り払うように頭を振る。



「信じられないもの無理はない… 一万二千年前は、人族も魔族も互いの存在を許容できないほどいがみ合い、憎しみ合っていた…」


「それは知っている…私もそう学んだからな…」


「人族も魔族も死に絶え、それどころか全ての生命がこの星から消え去った… この重大さに漸く気が付いた私は、何日も何カ月も何年も…生存者がいないかこの星の上を探しまわった…」


「もしかして…見つけた生存者を石像に変えたのか?」


 

 魔王を信用できない勇者は再び剣を構える。だが魔王はゆっくりと首を横に振る。



「いや、誰一人として見つからなかったよ…人族も…魔族も…」


「やはり…そうなのか…」


 魔王の言葉に勇者は残念そうに目を伏せる。


「あぁ… だから、いつの日かこの星を覆う死の瘴気が晴れて、再び生命が芽吹いた時、この場所を見つけた者が人族も魔族も共存できると分かってもらいたかったのだ…」


 魔王は願い、懇願するような顔つきで語る。


「だが、人族が死に絶えたのも、死の瘴気がこの星に蔓延して、生命が死滅したのは魔王! お前が張本人ではないかっ! その張本人が今更何をいう!」


 そう言って勇者は魔王を指差す。


「確かに勇者のいう通りだ。私は自分の民である魔族を誰一人として守ることが出来ず、その魔族を皆殺しにされた報復として人類を滅ぼし、そしてその影響で死の瘴気を生み出した張本人だ… だからこそ… 贖罪の意味を込めて、この石碑を作り上げたのだよ… 勿論、私自身の寂しさを紛らわせる意味もあったが…」


 魔王は本当に罪を認めているのか? 


 勇者は魔王が嘘を言っている様には見えなくなってきた。魔王はそんな勇者に言葉を続ける。


「勇者よ、君は以前、私に罪を贖う為に死ねと言ったな?」


「…あぁ…言った…」


 勇者は躊躇いがちに答える。



「その時、私は暫く考える時間が欲しいと言った… そして私は考えた…」



 勇者は魔王が何と答えるのか聞く為、ゴクリと唾を呑む。



「答えは…私の質問に答えてくれるのであれば…死んでもいいだ…」



 勇者は魔王の答えに目を大きく見開く。



(死んでもいいだと!? どういう事だ!?)



 勇者は魔王に警戒しつつも尋ねる。



「私への…質問とは…何だ? 魔王…」


「では、質問をする前に勇者に見せたいものがある…ついてきてくれか?」


 

 魔王はそう言うと、勇者の返答を待たずにくるりと背中を向けて歩き出し、背中を向けたままで話し出す。


「もし、私が信用できないと思うのなら、いつでも背中から突き刺してくれ… これは勇者に私の質問に答えて貰う為、信用して貰う保証だよ」 


 そう言って無防備な背中を向けて歩き出す。


「分かった…しかし、少しでも怪しい行動をとれば…躊躇なく突き刺すぞ!」


「あぁ、構わない」


 そう言って魔王は長い階段を降りて魔王が箱庭だという地下都市へと降りていく。そして都市の中心を貫く大通りに入り、都市の中央にそびえる神殿へと向かう。


 上からは都市の中に散在する石像の詳細な姿は確認することが出来なかったが、こうして都市の中の大通りを歩くと石像の詳細な姿を確認することが出来る。


 勇者はその石像の姿に呆気に取られる。


 石像たちの表情はどれを見ても笑顔を浮かべており、尚且つ、人族も魔族も昔からの友人のように共に喜び合って生きている様に見えたのである。


「何なのだ… これは… 人と魔族が笑みを浮かべて共存しているなんて…」


「だから、言っただろ? ここは私の願いを込めた石碑であり箱庭なのだよ… 神殿に着いたぞ勇者…目的地はこの中だ」


 魔王に言われて前に向き直ると、そこは都市の中央にあった神殿の玄関前であった。


「魔王が作った神殿にしては…禍々しくないな…」


 勇者はそんな感想を漏らす。


「いや、一万二千年前の私の城や、魔王領も禍々しくはなかったぞ、こんなものだ」


 魔王はそう答えて神殿の奥へと進む。そして、神殿の中央で魔王は立ち止まる。


「目的地はここだ。そして勇者に見てもらいたいものはこれだ」


 そう言って魔王は祭壇に設置されたものを指差す。



「そ、それは… ば、培養器…なのか?」



 そこには勇者の本拠地もあるような大きな培養器があった。






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